第2話


「さっ来ォオーーい!」

眉下まで伸びた漆黒の前髪を揺らし、絢爛に施された座椅子から身を乗り出して

中腰になる地獄の門番・その名も閻魔大王。胡坐を掻くには少し動き辛い何十にも羽織る色鮮やかな着物は皺一つ無く日々清潔に保たれた衣装だが、その衣の重量感による肩凝りや腰の痛みが定期的に襲ってくる。然も毎日座りっぱなし。

閻魔が中腰になるのは、ストレッチ的な意味と退屈から来る気分転換である。

さながら、野球少年の構えを模しているのか。ある筈の無いグローブを表現する様に伸びた爪が特徴的な掌を股下で広げ、守備をしている。飛んでくるのは球では無く、人の魂。


趣向を定期的に変える事で、自らの退屈を自らで工夫し打破していた。


「まーた人間の真似してらァ。」

そう呟くのは閻魔大王の側近、司録。

小柄で蒼い髪、現世ではまだ少年と言った所の風貌か。そして頭には二本の角が生えている。角があるのは閻魔を含め地獄の住人には共通しているのだが、司録の角は他の者に比べて一回りも二回りも小さい。個体差はあれど、気にしているのか。元々そういった性格なのか。亡者に対しての扱いが冷たい。

その淡泊な態度は、閻魔に対しても然り。


語調に強弱の無い一定の声色で、閻魔の隣に位置して胡坐を掻く司録は己の主には視線を向けずに膝の上に乗せたノートパソコンで送られてきた亡者の記録を見ている。昔は巻物に筆を入れ帳簿を書き綴っていた様だが、保管にスペースを取るわ調査に時間を取られるわでアナログな遣り方は今の司録によって廃止された。一つの端末に無限大の情報を閉じ込めた司録は死者が増え続ける現代において、それこそ画期的だと今の代の閻魔に褒められたが大王同様、古くを知る住人達には余り良い目で見られていなかった。とはいうもの、先代の司録の意志を継いで就任した訳でも無くただ単純にパソコンが得意だったという理由だけ。後は何となく察した似た空気。それだけで、閻魔にスカウトされたのである。


永遠と終わる事の無い業務にリードタイム短縮を謳うつもりは無いしスパンが早ければ早い程一日の選定数が増える訳で、気が狂いそうになるほど詰まらなくなるのだ。それを知った上で、司録を雇ったのは単純に新鮮だったから。従来のやり方はもう見飽きた。そう、新しい要素さえ放り込めれば何だって良い。挙げ句に仕事が出来なかったとしても……いや、それは流石に困るか。


「さっきの子、まだ少年だったな。司録より幼く見えたぞ。」

「いや、俺ァ見た目がコレであって別に餓鬼じゃねェンで。登録完了、次行きます。」

「しっかし、新しい部署が完成してりゃコッチにいかせてたのになぁー…。」


先程選定した亡者は、中学生の野球少年だった。

不慮の事故で此処に運ばれたのだという。

もう一度家族に会いたい、野球がしたいと悔いるその言葉を制止しただ事務的に行くべき道を定められる。亡者の行列で混雑している日々の中で、一人一人の言葉に耳を傾ける訳にはいかないのだ。


生前の行いも何も、まだ十年近くしか生きていない魂の良し悪しを勝手に覗き込み、勝手に決めつけていいものか。若くして送られてくる魂を見る度、閻魔は思う。同情や哀れみでは無い、ただ然るべき道へ進ませる役割がある以上選択肢が少ない事に頭を抱えていた。


「天道、か……。」


裁かれた先に待ち受ける道は、六道の中のいずれか。

地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道。


その中でも天道は、生前善行を多く行った魂だけが行ける世界である。

所謂、一番のアタリで肉体的な痛みは伴わない道なのだが。


六道輪廻。この様に小さな魂ですら繰り返さなければいけない試練。


閻魔大王は溜め息と共に座椅子に腰を掛け直した。


「退屈って言っておきながら、一介の魂相手にまたそんな顔しちゃって。

 悩みがあるなんて素敵ね、暇しないんだから。」


アタシは超暇、と付け加えた声の主は閻魔を挟んで司録と同じ平行線に正座をしている。闘牛の様に大きな角が特徴的で、深紅の長い髪を揺らしながら手鏡を持つその姿は誰もが頷く程の美貌の持ち主で、どこか自信に満ちた表情は自身の風貌を眺めて満足をしているのか。


否、彼女が見ているのは亡者の生前の行いであった。








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閻魔様がおくりびと。 昭之ケイ @akimegumisan

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