――私と真鶴は、その血筋を継ぐ女のことごとくを人ならぬ誰ぞに欲せられる、難儀な家系に生まれはぐくまれた。

 私はいままで幾度も幾度も、妖異や鬼や亡き者や、そういった恐ろしい怪異に遭ってきた。そんな感情を憶えるには早すぎるほど幼い時分から恋を求められてきた。時に拐かされかけてきた。くだんの犬神のことも、そうだ。

 その血筋であるのは真鶴も同じだから、私たちはずっといろいろなことを諦めて生きてきた。怯えずに育つことを諦めた。ひとなみの自由も、長じては恋をすることも。だって誰かを愛しても、じきに人ならぬものからの横槍が入る。そう親族らに嫌と言うほど心配され、実際に恐ろしいものどもから逃れつつ生きてきたのは、代々、私たちと血筋を同じくする女たちが皆おなじ道を辿ったから。

 あるねえさんは望み望まれて、西の稲荷にお嫁入り。またあるねえさんは、拒んで厭うて逃れきれずに、ほろび残りの鬼の棲家すみかへ籠められてしまったのだと、彼女らと同じ時間を生きられなかった男たちは語った。

 彼らはおばたちを、従姉妹を、姪を、そして時には記憶すらない赤子の頃に、家付き娘であった母親すらをも、人ならぬ身の上のものどもにわれわれては奪われている。そんな彼らに寄り添い、時には娘や孫や義姉妹を失った祖母や母や、兄嫁、いとこ嫁たちも、私たちに対してなにか思うところは大きいようだった。

 いまはまだこの場所を去らずにいられる私も、御山の神霊からの求婚を手向けられた真鶴も、そんな代々のねえさんたちと同じだった。御霊憑き、などと。由来も意味も、私たちにはもう察せられないくらい古い我が家の呼び名は、その不幸な血筋の長さを物語っているように思う。

 けれど真鶴の場合は少しだけ、私とは事情が違う。

 あの子は、昔々にやはり名のある神霊に恋い慕われて加護をいただいたご先祖様の名前を持っている。

 真鶴という古い名は、我が家に伝わるたった一つの魔除けの名前だった。かつての神霊の執着だか神威だか、そういったものがまだ影響してか。その名を正しく貰った我が家の娘はその名ならざる娘とは違って、幼い時分は怪異には遭わずにすむらしい。その一方で――彼女がこうして御山の神霊から求婚されたように、真鶴、という名前の恩恵にも、限りがあることは確かだった。

 私はそんな名前を、わずかな出生の時期の差で真鶴が貰ったことを嬉しくも、また憎くも思う。たとえ少女の頃だけであっても、これほどまでに怖い思いをせずに生きられるあの子は、ずるい。けれどそれでも、私の大事な大事な姪が、まだしばらくは恐れを知らずにいてくれるなら、と。

 ……さて、あの真摯で苛烈な人の子ならざる神霊からの求婚を、きよらな瞳の真鶴は、いたく厭うてはねのけた。私の願いとは反して。

「ねえさん、あたしあの方とは会いたい気分じゃない」

「でも、昨日も一昨日もそう言っていたでしょ。……それにせめて、家には帰らないと。父さんたちも心配する」

「いいの! あの方、べつに鬼神きしんでも荒魂あらみたまでもないんだから。おじいちゃんもいい加減、娘離れ孫離れしたらって思う。そんなことよりねえさん、あたし今日はタルトを食べにいきたいの。紅玉とね、カスタードクリームとカラメルの。ね、一緒に来てくれるでしょ?」

 そろって同じ私立高校にあがって以来、真鶴は放課後になればいつだって、綺麗に結い上げた黒髪を解いて私の手を取った。そして町のあちこちでどうやってか見つけてくる、とっておきの場所へふたりで駆けてゆこうとする。

 それは小さな雑貨店だったり、ワッフルのおいしい喫茶だったり、盛りの桜を眺めるのにちょうどいいベンチだったり、アイスクリームのキッチンカーがやってくる公園だったり、あるいは小さな映画館だったり、愛らしい猫を飼っている老夫婦の住まいだったり……彼女好みの『とっておき』ばかりだった。

 そして、真鶴が憧れるすべてからはかけ離れた存在である神霊に対して、彼女はけっして振り向かない。

 いっそ、恐れ知らずなほどに。

 けれど彼のことは存分に避け続けるこの子は、一方で同い年の叔母である私のことはことのほか慕ってくれるのだった。

 私たちはながく二人きりの同類だったから、きっと友情めいたものだって、お互い感じているのだろう。

 真鶴は、私があの御山の神霊から彼女への求婚のためのなかだちであると知りながらに、ねえさん、ねえさんと私と手を繋ぎたがる。そして私の腕にしがみつくように絡まってきては、穏やかな日々から離れたがらなかった。

 奇特にも人の重んじる手順をきちんと都度都度に踏みながら、何度、かの神霊が呼びかけようと。幾度あのうるわしのかんばせもかなしげに、気落ちあらわな彼が去ろうと。そしてまた訪なおうと。彼女の態度も生活もなにひとつ変わらずに、私たちは少しだけ齢を重ねていった。

 そのような日々が一年続き、二年続き。徐々に私にも、姪にも、彼にも、そして私たちの身の回りにも、ゆるやかな変化はしみ渡った。

 私と彼はあれからも何度か指切りを重ねたし、真鶴も時折なら彼と話して、またその贈り物を受け取るようにもなった。私と真鶴は相変わらず、放課後には街のほうぼうへと遊びに出かけた。一方で、やはり勉学に打ち込みもしたし、進学もした。また真鶴の父親よりもまだ私と歳が近い兄に娘が生まれ、私たちは親族のうち、たったふたりの女の子ではなくなった。ふたりめの姪を、私はひとりめの姪である真鶴とともにたいそう可愛がったし、やがて彼女もまた健やかな少女として育ち、どうにか幸せになってほしいと、そればかりを願った。穏やかな、季節のめぐりだった。

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