第2節
船は光速域に入り、各種センサーを四方八方に向けながら宇宙を駆けていく。
「行方不明の同業者を探すなんて、探偵みたいだね」
「そうだな」
「でも危険だよね。こういうのって警察がやらない? 普通」
「そうだな」
いつにも増して淡泊なコダマの反応に、スラッシュは眉をひそめた。どこか様子がおかしいと、薄々感づいているようだった。
「ねえコダマ。どこか具合が悪いならいってよ。言わなきゃわからないから、僕」
「俺は大丈夫だ」
「そういうのが一番危ないって言われてるよ」
沈黙が船内を支配した。すると、コダマは口を開いた。
「お前は何のために働いてるんだ? スラッシュ」
「……何? いきなり重いね」
「……もういい」
「良いよ。話すよ。……そうだねぇ、毎日のご飯のためかなぁ」
「そりゃそうだろ。他になんかないのか」
「やりがいって奴? それも胡散臭い文句の一つだと思うけど」
「そういうのが無きゃ、やってられないだろう。特に俺たちの仕事は。俺は何のために、百年や二百年も宙を飛んでいるんだ? 家族も親戚もいなくなって」
「……」
「スラッシュ。お前に家族はいないのかよ? それらに会いたいと思うことはないのか」
「……僕らは卵から生まれるんだ。宇宙空間で生まれて、太陽風に吹かれて漂って、どこかの星へたどり着く。それが僕らだから、親の顔なんて考えたこともないよ」
「そうか……」
コダマは座席に体を埋めた。
「家族に会いたいの?」
「……もう、みんな死んだ」
スラッシュは沈黙した。
「……反応が出てるぞ」
コダマはレーダーを指し示した。スラッシュがその方向へ舵を切る。
船は光速を脱した。
「あれか」
彼らは窓から見える景色に、一隻の旧型輸送船を見つけた。角張った形に鈍色の塗装。これは百年前に郵政公社から民間業者に払い下げられたタイプだ。
「別段、暴走している様子はないな。巡航速度でまっすぐ……。どこへ向かってるんだ?」
「このまま進むと小惑星帯に向かうね」
「ドッキング体勢に入れ。乗り込んで止める」
「遠隔操作を受け付けるみたいだよ? 停止コマンド送ってみる?」
「遠隔操作? ロボット輸送船なのか?」
「みたいだよ」
コダマはスラッシュのコンソールを覗いた。確かに輸送船から、遠隔コマンドの受け付け信号が送られてきている。コダマは訝しんだ。クラッキングが流行っているこのご時世に、なんという不用心なのかと。
「停止させてみろ」
スラッシュはコマンドを打ち込んだ。だが、ロボット輸送船の様子は変わらなかった。
「やっぱりダメだ。俺がいく」
「僕のほうが良くない? 具合悪いのなら……」
「体を動かしたいんだ。気晴らしになる」
*
輸送船内部には酸素があった。
「ロボット輸送船に似つかわしくないな」
『貨物のためじゃない?』
無線越しにスラッシュの声が聞こえてくる。
「コクピットに行ってみる」
コダマは狭い船内をかき分けるようにしてコクピットへ向かった。そこはもぬけの殻だった。ハンドルが自律制御のため、誰もいないのに動いている。
コダマは主操縦席に座った。自律装置のボタンを切ろうと触ってみたが、受け付けなかった。
「自律航行装置がオフにならない」
『電子頭脳のほうがイカレてるのかもね。
「そうしてみる」
コダマは、かつて洗面所があったスペースへと立ち上がった。無人の船である。洗面所やロッカールームなどは他のことに割り当てられている。
洗面所には円筒形のケースが据え付けられていた。
《マニュアルリリース》と書かれた、黄色と黒のボタンはすぐに見つけられた。
『みつかった?』
「ああ」
コダマはボタンを押そうとした。その瞬間。
『ビビーッ』
コクピットからブザーが鳴った。コダマは急いでコクピットへと向かったが、何も異常は無かった。
『どうしたの』
「いや。警報の誤作動らしい。やはり電子頭脳がイカレてるのかもな」
コダマは電子頭脳のある洗面所へと戻っていった。しかし、ボタンを押そうとすると、また警報が鳴った。三回ほどそれを繰り返したところ、どうも手がボタンに触れようとする瞬間に鳴るらしいことをつきとめた。
『離断されるのが、嫌なのかね?』
スラッシュの冗談めいた声が聞こえる。
「どうもそうらしいな」
コダマはマニュアルリリースのボタンを押そうとした。
『警告。警告。警告。推奨される行為ではありません』
人工音声が語りかけてきた。
「警告音じゃなくなったな? 調整でもしたのか? スラッシュ」
『僕は何もしていないよ』
「……」
『警告。警告。警告。船内に二名乗船中』
『二名って』
『警告。警告。警告。本船は輸送船ナンバー九七二号。貴船のナンバーを照会されたし」
『うるさいね。こっちから切ることもできるけど』
「まて」
『警告。警告。警告。二番コンソールに異常。注意されたし」
コダマはコクピットへと向かった。そして二番コンソールを覗いてみた。ワープロソフトが立ち上がっている。
《助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けt》
同じ語句が打ち込まれ続けている。
『どうしたのコダマ』
「……どうも、電子頭脳に命乞いされているみたいだ」
コダマはワープロに文字を打ち込んだ。
《落ち着け》
すると《助けて》の連打は止まった。改行され、別の言葉が打ち込まれた。
《あなたは誰》
《俺は郵政公社のコダマ。郵政監察官から命令をうけて、行方不明の輸送船の調査をしにきている》
《それは私のことか》
《そうらしい》
何度かやり取りをしているうちに、スラッシュが無線で割り込んできた。
『ねえコダマどうしたの? 大丈夫?』
「ちょっとまってろスラッシュ。この電子頭脳との意思疎通がとれた」
『すごい』
《今の無線は君の仲間か》
《そうだ。聞こえるのか?》
《無線は全チャンネルを傍受している。だから妙な動きをしないで。そぶりを見せたらただちに小惑星帯に突っ込んで自爆する》
《落ち着け。落ち着けよ。俺たちは調査に来ただけなんだ》
《その成果はどうやって上げるつもりです? 私を強制離断して、トロフィーよろしく持っていくしかないでしょう》
コダマは返信を考えた。しかしどうやっても、満足した答えを返せそうもなかった。彼は話題を変えることにした。とにかく、落ち着けて翻意させることが重要だと思ったのだ。
《お前は輸送船用の電子頭脳だろう?》
《私は人間だ》
コダマは唖然とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます