第2節

「なんで? なんで六百年近くも……」


「ワームホールだ」


「ワームホール? なんでワームホールで……」


「分からん。ただ俺たちは光速度で、負の物質で満たされたワームホールに突っ込み、その出口が六百年前の宇宙につながっていたって、そういうことだ」


「そういうことって! 雑すぎない!」


「得てして事故ってのは雑なもんだろ」


「ねえなんでそんなに落ち着いているのさ。僕ら、タイムスリップしたんだよ? 大昔に」


「俺たちの乗ってる船はなんだ?」


「光速船」


「そうだ。光速に近い速度で飛ぶことで相対的な時間の流れが緩くなる。未来への片道のタイムマシンだ。何も恐れることはないってことだ」


「……ねえ。まさかそれでお終い?」


「お終いだ。とっとと元の時間に戻るぞ」


「……どのくらい飛べば元の時間に戻るのさ」


「一ヶ月ぐらいだな」


「一ヶ月も!」


「不満か?」


「不満だよ! 一ヶ月も宇宙食ばっか食べていたくない! せめて今からでも、この時代の郵政基地に戻って食堂で何か腹に入れていこうよ!」


「そんなモタモタしてられっか。俺たちは荷物を……」


 またも衝撃が船を襲った。今度は激しかった。殴られたかのような揺れが船全体を襲い、くぐもった衝撃音が船内に響き渡る。


「今度はなんだ!」


 コダマが苛立った声をあげた。


「船が二隻! 武装してる!」


「クソッ! そういや六百年前って、まだ盗賊がウヨウヨしていた頃だったな!」


「逃げるよ!」


 光速船は光速域に飛び込んだ。だが盗賊の船も追い打ちを仕掛けてくる。コダマの船はあっという間に装甲を剥がされてしまった。


「重力シールドダウン。光速で飛んでいられないよ!」


「クソッ! 通常航行だ!」


 通常航行に戻るなり、コダマは無線のスイッチを入れた。


「メーデー・メーデー・メーデー! こちら光速郵便船一二八号! 盗賊による襲撃を受けている!」


妨害ジャミングされるんじゃないの?」


「六百年後の通信装置だぞ! この時代のチンピラにジャミングされてたまるか!」


 すると、雑音混じりの返答が返ってきた。


「ザザッ……。こちら郵政基地管制塔。貴船の位置を確認した。直ちにパトロール艇を送る。持ちこたえて欲しい。なお、貴船の登録ナンバーを確認できない。登録ナンバーの確認をされたし。オーバー」


「九二七三—A—五四」


「すまないが確認出来ない。もう一度確認されたし」


「クソッ!」


 三度悪態をついたとき、後ろから激しい衝撃がした。コダマはシートベルトを外して貨物室へと向かった。

 そこは火の海だった。敵船の攻撃が貫通して、貨物に火を点けたのだ。それでコダマは確信した。奴らは盗賊ではなく、ただの襲撃者、愉快犯だと。


「アイツら気が狂ってるぞ! 振り切れないかスラッシュ!」


「無理!」


 船は次々と被弾していく。そのうちに、パトロール艇からの連絡が届いた。


「……貴船を視認。持ちこたえられたし」


「持ちこたえろよスラッシュ!」


「だめだぁっ!」


 最後のミサイルがメインエンジンの横っ腹を穿った。燃料が漏れ、船はきりもみをしながら郵政基地プラットフォームへと突進していく。パトロール艇が襲撃者の船を追い払う素振りを見せると、満足したのか襲撃者の船は宙の果てに逃げていった。


「スラスターが効かない!」


「……郵便船一二八号。プラットフォームへ着陸されたし。こちらは貴船の不時着に対して万全の用意がある」


「そりゃどうも! スラッシュ、行けるか?」


「プラットフォームの中に墜落するってことでしょ! 震える手で針の穴に糸通すようなもんだよ!」


「やれるよな?」


「……ああもう!」


 船はきりもみを続けている。その状態で、宇宙に浮かぶ郵政基地プラットフォームの入り口へと真っ直ぐに墜落していく。スラッシュがエンジンの推力調節だけで姿勢を制御しているのだ。


「くぅぅぁぁああ!」


 スラッシュの咆哮が機内に響き渡る。そして船はプラットフォームの入り口へと滑り込んだ。


 船は床にワンバウンドして、制動柵に引っかかってやっと止まった。酸素を得たことによって、船は貨物室から火を噴きだした。消火装置が四方八方から消火液を吹き付け、船は瞬く間に白く塗りつぶされていった。

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