悟り黄色7サルベージ

サラマン

第1話悟り黄色7サルベージ

Nは目を覚まさなかった。

医師も両親も頭を抱えていた。

「手術は成功したんですよね?」

「はい。脳波にも異常は見られません」

Nは脳の外科手術を受けた。白い病院の個室で未だに目を覚まさずにいた。

一週間経っても目を覚まさないと見るや、両親はほうぼうに手を尽くし始めた。

奇跡や霊能というものに掛けてみようかという心持ちになったのである。

そして、この三人が見つかった。隊長Aと隊員BとCである。

隊長AはNの両親に告げた。

「Nはきっと精神世界の迷子になってるのですね。そういう人達が行き着く世界があるんですよ。悟りの黄色7階層、こいつはヒンドゥー教でいうハザ・コーラル体という次元と一致していましてね、そこに私らがいって、拾い上げてこようというものです」

Aは、BとCに合図した。

「アンカー用意!アンカー固定!」

三人は現実次元に精神の碇を落とした。

「なぁに。こうしないと元の次元に戻ってこれないんでね」

「では行ってきますよ」

一呼吸置いた後、三人はNの額の中に吸い込まれるように入っていった。


三人は悟りの階層を沈降していった。いうに悟りというものは、上に約10階層、下に約120階層あるという。今、三人は下の階層にある黄色7階層に向かって精神を落とし込んでいた。やれやれ、昨今では悟りを継承する技術が生まれたとかで、悟りの世界も色と番号で体系づけられている。その悟りの階層の中には、現実次元と微小にずれた実存する次元と一致するものが、今知られているだけでも三つあった。これは高僧たちを非常に驚かせた。こぞって高僧たちはこの三つの悟りの階層を研究したものである。

「赤1階層通過!」

アンカーの鎖を掴みながらBは報告する。

「黒7階層まで行ったら、減速しよう」

Aは二人の方を向いてコクリと頷いた。


三人は暗い駐車場にいた。広い駐車場だった。半分くらいは車が駐まっていた。

チン

エレベーターが開いた。なんの変哲もないコンクリートの壁が開いたのである。

三人はそれに乗り込んだが、乗り込んだ際にCだけ別のエレベーターに入ったようである。

1167。

Aはエレベーターの行先を押した。

Cは、1167cと行先を押した。

ごうんぐおん

エレベーターはかなりの速度で昇っていく。

いつの間にか他の搭乗者がAとBの背後に現れた。

1167階まで上がるのだから、これはきっと相当な速度に違いない。

Aは行先を通り過ぎやしないかと若干不安になった。

音もなくエレベーターは止まった。

AとBが降りたところは電車になっていた。

電車に乗り移ると、電車特有の揺れを感じた。

周りを見渡すと、満席のようである。

皆、穏やかな面持ちで電車に座っていた。

この電車はかなり幅が広く、中央にやや高さのある腰掛け椅子に似たものがずっと続いていた。だが、どうやらそこは腰を掛ける場所ではないらしく、座っている人は誰ひとりとしていなかった。

「Nを探している。協力してくれないか?」

Aの呼び掛けに、乗客は一斉にこちらを向いた。

「特別なオーラを感じる。現実次元から来た人?」

「そうだ。昏睡状態のNを助けるためにここまで来た」

わあぁと乗客たちは活気づいた。

「いいとも!」

「いいとも!」

「いいとも!」

乗客たちは口々に叫んだ。

乗客は座っていた場所から飛び退いて、椅子の下の銀のパネルを取り外した。

そこからコンピューターのメモリーらしき基盤を取り外し、中央の腰掛け椅子に似たものの銀のパネルも取り外した。

中央のそれはコンピューターの中身のように複雑な機構をしていた。差込口がいくつもあり、小さな光が点滅しており、黒い色をしていた。

乗客は次々とメモリーらしき基盤を中央のそれに差し込んでいく。


同じ頃、Cも電車に到達していた。恐らく、この精神世界の住人たちはテレパシーでも使えるに違いない。せっせとNを助けるための作業をしていた。

Cは電車の上に乗り、架線とパンタグラフを思いっきり両手で押し付けた。

真っ赤な火花が飛び散った。

電車は飛び跳ねようとしていた。

「もう少しだ」


AとBは車掌にお願いしていた。

「Nを助けに来ました。Nの居るところに行ってくれませんか?」

「ううむ。線路を外れないといけないですな。近くで止まるなら・・・」

その時、電車は飛び跳ねた。

線路から外れて右へ右へと走っていく。

「これは調子が良い。このままNのいるところまで突っ走ろうぞ」

車掌ははしゃいで舵をとろうとした。

「心配することはない。念じて、速度器を持ってるだけでも、案外舵はとれるものですよ」


数十分後

電車はやや宙に浮きながら、木造の学校の二階に突っ込んだ。そこはNが勉学に通っている学校で、ちょうど、Nは他生徒とともに授業を受けていた。

教室の習字を貼ってある後ろの壁が轟音とともに崩れ去り、壁は電車と入れ替わっていた。

先生は呆れていた。

「こんな妙な事故聞いたことがない。物理法則でもいじり間違えたか?」

三人は電車から降りて生徒たちを見た。

「Nはいないかな?Nを探している」

「Nは私です」

「ご両親が探していらっしゃる。現実次元に帰れるよう迎えに来た」

他の生徒が騒ぎ始めた。

「現実次元から人が来た!」

「Nは帰れるの?」

先生は三人の元に駆け寄った。

「やあやあ、そういうことでしたか。良かったねぇN。高僧を紹介してあげましょう」

校長室で三人とNが待っていると、そこに高僧がやって来た。

「急いで来ましたよ。迎えが来ることなんて初めてですね」

高僧は三人とNをゆっくり順々に眺めた。

「Nはまだ現実次元で生きているんですね?」

「そうです。昏睡状態に入ってから三週間が経ちました。まだその程度です」

「早速、連れて帰りたいと思いますが、よろしいかな?」

Aに対して高僧は困った顔をした。

「碇は落としてきたのでしょうな?」

「もちろんです」

「三本の碇でNを抱えて帰還できますかな?途中でNがこちらの次元に引き戻されてしまう」

三人ははっとした。それほどまで第三者を引き上げるのは困難なことだったのだ。もっと強い引力が必要だ。

「よろしい。私につてがある。ロケットを作りましょう。ロケットで飛んで、Nと一緒にお帰りなさい」


高僧はハザ・コーラル体にいる職人を集めて、Nのことを話した。

「いいな。わたくしめも一度ロケットというものを作ってみたかった!」

職人は菜の花広がる平地で足場を組んで、次々切った木を運び込んできた。

「木で作ったロケットで飛べましょうか?」

「最初は木だが、後から鉄になる。まずは枠組みを作ることからですよ」

高僧は微笑んでいた。

「明日には大体できていると思うから、今夜は私の家に泊まっていきなさい」

三人とNは数十分牛車に揺られて、高僧の家に着いた。

「もうじき夜になります。この夜は私らの傑作でしてね、是非見ていってください」

夜になり縁側で足を伸ばしていると、月が七つ昇った。

大きな三日月に連なるようにして次第に小さな三日月なっていくのである。

お茶と茶菓子を持ってきた高僧は嬉しそうに話し始めた。

「気づいたかもしれませんが、この次元には太陽がない。いつも明るいのです。私らはそれが次第に嫌になりましてね」

Nはお茶は飲まずに茶菓子だけを摘んだ。

「光を吸収するものをね。作ったのですよ。大層時間がかかりました。でも、夜の安らぎを得るためには仕方がないことです」

「あの月も作ったものですか?」

「そうです。一人で作れる粘土の量は両手いっぱいまでですからね。大人数を動員して300年はかかりました。動かすための物理法則は偉い学者さんが毎日集まって作ってくれました」

「ホタル!」

Nは叫んだ。

高僧の庭にはたくさんのホタルが飛び交っていた。

「満月蛍です。これも力作ですよ」

どこからともなく涼しい風が吹き、五人は幸福感に包まれた。


次の日、ロケットは大方完成していた。上部と他一部だけが鉄になっていた。

「見ててください」

職人が木槌でロケットの壁を内部から派手にぶち壊した。

すると、飛び散った破片が元の箇所に戻るのと同時に鉄になったのである。

「最適化ってやつですよ」

「私もやってみても?」

Aは木槌を受け取り、振りかぶって壁に打ち付けた。爆音とともに壁が弾き飛び、しばらくしたら鉄になって戻ってきた。

「ほうほう」

高僧は感心しながら見ていた。

三人はロケット作りを手伝うことした。

「一度、全部鉄にしたら、もう一度砕くんです。そうしたら、もっと頑丈になりますから」

職人は木槌を渡しながら

「でも、砕く回数は同じにしないといけません。厚みに差があると壊れやすくなりますからね」

Aの熱心な様子を見ていた高僧は問うてみた。

「Aは実像主義かね?」

はっはっはっとCは笑って代わりに答えた。

「虚像であれ、観測できれば、それは実存するということですよ」

「ならば君たち三人は差し詰め観測者といったところかね」

Aはにっこりして

「それはあなたもですよ」

大人たちの話は難しいなぁとNは思った。


ロケットは完成し、四人を内部に入れて職人は説明した。

「ほら、ロケットの上が透けているでしょう。碇を辿りやすくしてあるんです」

「ここに席を用意しましたから、囲むようにお座りなさい」

「しかし、動力も何もないのでは?これでロケットが飛ぶのです?」

「大丈夫です。飛ぶと思えば飛ぶ。必要なのは皮だけですよ。精神世界はそのようなものです」

ロケットが飛ぶと聞いて、平地には大勢の見物客が押し寄せていた。

見送りにはNの学校の生徒や先生、高僧や職人が来ていた。

現実次元に持ってはいけないと分かっていながら、Nの同級生は花の冠を送った。

「さて、行きましょうか」

Aはアンカーの鎖を引いた。ずるずると音をたて、ロケットが少し宙に浮いた気がした。その後、ゆっくりであるがロケットが加速し始めるのを肌で感じた。

ロケットは猛スピードで天に向って走り始めた。

Aは叫んだ。

「自分以外をよく見つめるんだ」

CはNの手を握った。四人がそれぞれを見つめることで輪郭がはっきりするような気がした。とりわけNの輪郭は、気づいていなかっただけでよほどぼやけていたのだろう。三人に見られることで、その輪郭ははっきりと生き生きとしてきた。

ロケットは黒や赤の階層を超えて現実次元に到達した。


早朝であった。

病室で寝ているNの額からA,B,Cは勢いよく飛び出した。

隣で見ていた看護婦は医者に急いで報告しに行った。

近くのベッドで寝ていた両親は飛び起きてNの元に駆け寄った。

Nを見て、三人を見て、もう一度Nを見た。

Nはゆっくりと目を覚まし、両親に微笑んだ。

「ただいま!」


終わり

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