ゴールド・ウォーター~00007危機一髪!
澤田慎梧
ゴールド・ウォーター~00007危機一髪!
某国の凄腕諜報員00007は、悪の秘密組織「リーチン」が彼の母国の何処かに超強力な爆弾を設置したとの情報を受けて、捜索にあたっていた。
相棒の00006と協力しあい、時に
「フハハハハハッ! 一歩遅かったな00007! 既にカウントダウンは開始した――我々の勝ちだ!」
「――くっ!」
00007達の頭上を飛ぶヘリから勝利宣言を告げたのは、「リーチン」のボス・バイフーである。
場所は首都中心部にある、廃業した遊園地。00007は爆弾がここに設置されていることを突き止め、相棒の00006と共に駆けつけたのだが――時すでに遅し。
爆破までのカウントダウンは、もう始まっていた。起爆までに残された猶予は――たったの三分間。
「さらばだ、00007に00006! 運が良ければまた会おう! フハハハハハー!」
バイフーは何故か、ペットボトルのミネラルウォーターをがぶ飲みしながら高笑いする、という器用な真似をしながら、飛び去っていってしまった。
残された00007達に沈黙が落ちる。
爆弾は、遊園地に乗り付けられた大型トレーラーの荷室いっぱいに詰め込まれていた。
トレーラーのタイヤは全てパンクさせられており、自走させるのは不可能に見える。ここから動かすのは無理そうだった。
00007達の調べでは、この爆弾が爆発すれば、半径10キロメートル圏内が灰塵と化すはずだった。その範囲内には人口密集地もある――想定被害は甚大に過ぎた。
「ど、どうする00007!? どうする……?」
「落ち着け00006。三分間あればカップラーメンだって出来上がるんだ――俺達なら世界だって救えるさ」
――等と強がってはみたものの、00007も内心では途方に暮れていた。
爆弾の制御端末らしい、コップ型の小さな機械に映し出されたカウントダウン表示は、刻一刻と減っていっている。
「この制御端末らしい、コップみたいな機械をぶっ壊せば止まらないかな……?」
「恐らく無理だろうさ。この手の制御端末は、どこかにサブの制御系が隠されているもんだ。メインであるこちらを壊すと、残ったサブがカウントダウンを待たずに爆破実行……ってところだろう」
実際、彼らの先輩である00005は、「リーチン」の仕掛けた似たような爆弾の解除に失敗し、殉職していた。00006もそのことは重々承知だったはずだが、考えをまとめるためにあえて口に出したのだろう。
そしてその00006の言葉がきっかけとなり、00007は「リーチン」の時限爆弾に共通する、ある特徴を思い出していた。
「そうだ……確か連中の時限爆弾には、緊急停止システムが組み込まれていたはずだ」
「リーチン」はただのテロ組織ではない。彼らの目的は、あくまでも金儲けだった。
爆弾を仕掛けるのも金儲けの一環であり、時限爆弾の解除方法を「人質」に、金品を要求してくるのが彼らのセオリーなのだ。
今回も、水面下で政府に接触していたはずだが……先程00007達の上司であるMMから、「我らが敬愛すべき首相閣下は、間抜けにも『テロリストには屈しない』との声明を発表しやがったぞガッデム」という連絡が来ていた。
「リーチン」から爆弾の止め方を引き出すのは、もう無理そうだ。00007達が自力で見つけ出すしか無い。
「だが、00007。『リーチン』の爆弾の止め方は、ものによって全く異なるそうじゃないか。この短時間で見つけ出せるのかい?」
「やれるかどうかじゃない。やるんだ」
弱気な00006を鼓舞するように答えてから、00007は頭の中で今までの「リーチン」のやり口を
00006の言った通り、爆弾の止め方は千差万別だ。「赤色のコードを切る」だとかは、まだ序の口。中には「ドクロマークのボタンを『ポチッとな』と言いながら押す」だとか、「制御端末内に満ちた冷却液に指定銘柄のチョコレートを投入する」等という、ふざけたものもあった。
改めて目の前の制御端末を眺める。
少し大きめのコップにも見える金属の器――いや、もっと近い物を挙げるならばカップラーメンのカップだろうか――の中に、お湯で戻す前のインスタント麺のように電気コードがみっちりと詰まっている。
「フン、お湯を注いだら三分後にラーメンが出来上がりそうな形しやがって」
「00007、実は僕も同じことを考えていた――こんな時だが、お腹が空いてきたね、ハハハ」
――等と呑気に笑う00006だったが、カウントダウンは既に一分を切っている。最早一刻の猶予もない。
それこそ、もうカップラーメンを作る余裕さえないのだ。だが――。
「……待てよ? そう言えばバイフーの奴、去り際にペットボトルの水をがぶ飲みしてたよな……?」
「飲んでたね。それがどうしたんだい?」
「しかも、勝利宣言をしながら『運が良ければまた会おう』とも言っていた。爆弾が爆発すれば、俺達はまず助からないはずなのに……何か変じゃないか?」
「……言われてみれば」
言いながら、00007はバイフーとの数々の因縁を思い出していた。
国籍不明の東洋人・バイフー。彼と00007は十年近くに渡りしのぎを削って来たが……不思議と憎めない所のある男だった。
数々のテロを仕掛けてきた「リーチン」だが、一般市民が犠牲となったケースはごくごく僅かである。大概の場合は、金銭と引き換えに爆弾が停止されるか、爆弾処理班によって無事に爆弾が解体されるかで事なきを得ている(00005の件は、彼の自爆に近い)。
――悪党ではあるが、無差別殺戮を楽しむような人物ではないのだ。
そのバイフーが残した、意味ありげな行動と言葉……00007には、それが無意味なものであるとは思えなかった。
(もしや、奴は俺が爆弾を止めることを望んでいる……?)
――そう仮定した00007の脳裏に、電撃のようにある仮説が閃く。
「00006、水だ」
「え?」
「だから水だよ! バイフーの奴、これ見よがしに水を飲んでいただろう? 恐らくあの水自体が緊急停止のトリガーだったんだ。『もういらないから飲んじゃうよ?』って意味だったんだ!」
「え、ええ? どういうことだい?」
「だから――この制御端末に水を注ぐことが緊急停止のトリガーなんだよ!」
緊急停止に何か「物」が必要な場合、ギリギリまで現場にいたバイフー自身も、その「物」を持っていたはず。でなければ、何かトラブルが起こって脱出が遅れた時に、自らも巻き添えをくってしまう。
加えて、バイフーが見せつけるように水を飲んでいたこと。カップラーメンの容器に似た制御端末の形。そして過去の事例から、00007はそう結論付けていた。
00006もようやく気付いたのか、「ああ……!?」等と微妙に納得している。
「でも00007、近くに水なんて無いよ! この遊園地の水道はとうの昔に止まってるし、もちろん自動販売機もない。最寄りのスーパーマーケットは遥か遠くだよ?」
「……水がないなら、身体から絞り出せばいいだけだ」
そう答えると、00007はおもむろにズボンのチャックを全開にし――。
* * *
「ま、まさか本当に尿で爆弾が止まるだなんて!」
――数分後。なみなみと
00007の読み通り、爆弾を止める方法は「カップ型の制御端末の中に水を入れる」であった。彼は、水がすぐには手に入らないと悟るやいなや、自分の尿でそれを補ってみせたのだ。
通常、人間は極限の緊張下では、なかなか尿が出ないものだ。にもかかわらず、00007はカップを満たす程の尿を出してみせた。恐るべき胆力である。
――もっとも、ハニートラップを受けた際にアルコールを大量に摂取していたことも、尿をたくさん出せた一因なのだが。
「ああ。自分で言っておいて何だが、俺も驚いている。……しかし、報告書にはどう書いたものか? 『俺の尿が街を救った』なんて書いたら、MMに大目玉を食らいそうだな、ハハ!」
こうして、街は00007の尿もとい手によって無事救われた。
――だが、彼はまだ、バイフーの真なる恐るべき計画に全く気付いていなかった。
実は、爆弾が詰め込まれていたトレーラーには、各所に高解像度の隠しカメラが設置されていたのだ。00007と00006が爆弾を前に頭を抱える様子は余さず録画され、バイフーのもとへ送られていた。
バイフーの目的は、はじめから首都爆破等ではなかったのだ。
彼にとって、00007はまさに目の上のたんこぶであった。だが、バイフーは元来人殺しは好まない。憎き敵ではあるが、00007を殺したいわけではない。
そこで彼が選んだのが、「00007の恥ずかしい姿を拡散して、彼の諜報員としての権威を失墜させる」計画であった。
バイフーは00007の思考を綿密にシミュレートし、彼が隠しカメラの前で用を足すまでの道筋を作ってみせた。
事前に仕掛けたハニートラップも、廃業した遊園地という水場の無いロケーションも、全ては00007に尿を出させる為のお膳立てだった。
――まさに悪魔の頭脳である。
体よく「00007の恥ずかしい姿」の動画を手に入れたバイフーは、早速それをインターネット上に公開した。まさに鬼の所業である。
自らが尿を出す姿で終わる三分間の動画が、「変態放尿スパイ」というタイトルで全世界に拡散されていることに00007が気づくのは、もう少し先の話であった――。
(了)
ゴールド・ウォーター~00007危機一髪! 澤田慎梧 @sumigoro
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