第二十四話 そして保健室は、未体験ゾーンへと移り変わる。


瑞希みずきさん、おめでとう」


 保健室の先生は、そう言った。以前もお世話になった先生だ。


 ……それでもって、ここは保健室。


 あっ、保健室の先生がいるから、言うまでもなく保健室。

 そんなことを言うほど、状況は未だ呑み込めないままで、

 わたしはベッドに寝かされ……


 二人は傍……たえちゃんと智美ともみ先生はベッドの横で、パイプ椅子に座っている。



「あ、あの……どういうことですか?」


 妙ちゃんは、わたしより先に質問する。またしても……

 でも、


「詳しくは、智美先生に聞いてね」


「ち、ちょっと、浩子ひろこ、急に振らないでよ」


 と、アタフタな趣で、智美先生は顔を赤くする。

 それから保健室の先生の氏名は、安田やすだ浩子。智美先生とは大のお友達だ。


 ……恥ずかしいのかな?


 わたしのはだかんぼを見られて恥ずかしいように、大人でも恥ずかしいことなのね。



「ねえ、妙ちゃん」


「なあに?」


 ……こんな顔していたのね。

 わたしの顔、妙ちゃんの瞳に映っている。


「……瑞希ね、もう子供じゃないんだね」


「どうしたの? 急に」


「妙ちゃんに、甘えてばかりだったね……」


「そ、そんなことないよ」

 と、妙ちゃんはしっかりと、それでいて優しく手を握ってくれて、


「瑞希ちゃんは、いつもあたしのこと守ってくれた」


 ……そう言ってくれたのだ。


『嬉しかった。

 わたしは妙ちゃんを、守れてたんだ』



「瑞希ね、何となくだけど、わかったような気がするの」


「瑞希……ちゃん?」


「だからね、もう大丈夫だよ」


 笑顔のつもりだった。……でも妙ちゃんは、心配そうな顔のまま、


「あ、あの、智美先生、何ていうのか……」

 と、話しかけるなり、さっきとは異なり、智美先生は穏やかな表情で、


妙子たえこさん、瑞希さんはね、これから心も体も大人になっていくのよ。今日はその第一歩を迎えたの。先生と一緒に祝ってあげましょうね」


 と、その言葉に……

 妙ちゃんは少し、戸惑ったようだけど、


「う、うん」

 と、まずまずの笑顔になった。



 そして、わたしは……


「ねえ、智美先生」


「なあに? 瑞希さん」


「瑞希たちのこと、いつも守ってくれて、ありがと」


「どうしたの? 急に改まって」


「今、授業中でしょ、智美先生のクラスの子たちに迷惑かけてない?」


 すると、智美先生はクスッと笑った。


「ありがとう、心配してくれてたのね。でも大丈夫。今は自習時間で、しっかり者の男の子がいるのよ。その子がクラスをまとめてるから大丈夫よ」


 ……そう。

 イメージは、ガッチリとした大柄な子。少し怖い感じの……でも、気は優しい子。


「瑞希と違って、いい子なんだね」

 と、言ったら、智美先生は、わたしの頬に触れて、


「何言ってるの。

 瑞希さんも素直で、とてもいい子だよ」


「えへへ……」


 少し、目が潤んでくるのを感じた。


「それから瑞希さん、

 今日は妙子さんと一緒に、もう帰りなさいね」


「えっ? あ、あたしも、ですか?」


 妙ちゃんは驚いていた。訊く、訊き直す、智美先生に。


 すると、智美先生は、


「そうなの。瑞希さんが大丈夫と言っても、無理させちゃいけないの。平田ひらた先生には、わたしから話しておくから、一緒にいてあげてほしいの」


 と、お願いした。パッと、妙ちゃんの顔に笑みが浮かんだ。


「は、はい!」


 と、妙ちゃんの……その返事の直後だ。



「そして瑞希さんは、このこと絶対にママに言うのよ」


「何で?」


「瑞希さんには、まだまだわからないことが、いっぱいあるの」


「……大人って、色々難しいのね」


「そうよ。女の子の体は、とってもデリケートなのよ」


「うん、ママに言うね」


 上半身は、もう起こしていた。上布団は、下半身を覆っているだけ。


 もうお馴染みの『ウェストミンスターの鐘』の調べは、中休みの始まりを告げた。


 同時にもう、プールの時間も終わりを告げることとなる。……妙ちゃんは何だか、少し残念そうな表情で。……そんな趣だから「ごめんね」と、そっと心の中から告げた。



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