第二十話 ……そして語り手は交代する。わたしはもう大丈夫だから。


「ごめんなさい」


 との海里かいりさんの一声で、今まで囲んでいた景色が一変し……視界も縮まった。


 傍らには、大人の妙子たえこ


 それなら、わたしも大人。……もうすぐママになる二十六歳の女性。それが証拠に教え子の海里さん、その隣にはリンダさんが、向かい合わせで座っている。


 その間にある木製机、その上で開いている日記帳。

 一瞬で変わる、その日記帳の世界から現実の世界。


 それは、思い出という世界。

 わたしの思い出、小学生の頃の思い出だ。……拙い文面であっても、わたしは『旧校舎の魔法少女』を、その頃のわたしを、できる限りを再現してあげたい。



 そんな思いの傍らで、


「どうしたの?」

 と、優しさを意識しながら、訊いてあげる。


「わたしも雷が怖いけど、瑞希みずき先生が雷を怖がってたのと全然違うことなのね。……今まで同じことだと思ってたの」


 と、海里さんが、あまりにも申し訳なさそうな表情をするものだから、


「気にしなくていいのよ。もう大丈夫になったから」


「う、うん……」

 と、返事する海里さん。何となくだけど、少しは笑みが戻ったようだ。


 その視線の片隅で、

 妙子は不思議そうな顔をしながら、わたしを窺っている。


 だから……なので、


「妙子、どうしたの?」

 と、訊いてみた。妙子は少々血相を変えて、


「あなた、どうやって克服したの?」


「えっ、ええっと……わかんない」


 あっ、でも心当たりがあるとしたら、あのことかな……

 ちょっと恥ずかしいことだけど、「あ、あの……」と、話しかけようとすると、


「そうかもしれないね」

 と、遮られる。


「妙子?」


「いいのよ、瑞希が元気なら……」


 そして、わたしは、


「妙子ってお友達というより『お姉ちゃん』だね」

 と、言ってみると、


「そうね、今は姉妹だし。お誕生日は、あたしの方が先だもんね」



 クスッと、笑い込みの返事なので、

 ……以降の会話へと発展を遂げる。



「ごめんね、手間のかかる妹で……」


「ち、ちょっと、急にどうしたの?」


「こんなわたしだけど、これからもよろしくね、お姉ちゃん」


「何か変よ、……何というのか、瑞希に『お姉ちゃん』って呼ばれるのも、ちょっと」


 ――少し紅潮。

 妙子の顔、頬に熱が籠る。困った感を発揮させるから、


「ウフフ……ごめんね。ちょっと意地悪したくなったの」


「もう……」

 と、ふくれ面。


 わたしみたいな丸顔を、さらに丸く……しないとは思うけど、

 その代わりだけれども、少し笑みが浮かんでいた。



『本当は、ありがとう』


 ――これまでの、一連についてのその言葉。


 照れて、

 照れくさくて言えないだけで、


 やっぱり妙子は、わたしのお姉ちゃん。



 そして突然!


「瑞希先生、妙子さん、本当にありがとうございます」

 と、リンダさんが言うものだから、


「……えっ?」

 と、声が漏れる。その意味が理解できずなのだけど、


「リンダさん、こちらこそ『ありがとうございます』ですよ。あたしも瑞希と一緒にご協力させて頂きますので、また今後とも宜しくお願いします」

 との言葉……


 妙子には、わかるみたいだ。


『お腹の赤ちゃんが生まれて、

 ……生まれて、ママになったらわかるのかな?』


 と、その様なことを思っていると、


「瑞希、あとは任せるね」


「もう帰るの?」


「また今度、満さんと一緒に来るからね」


 妙子は立ち上がる。


「あっ、玄関まで送るよ」


 わたしも立ち上がろうとしたら、


「ここでいいよ」

 と、止める。


「お姉ちゃん?」


「瑞希ったら。今のは悪戯じゃないのよね」


「うん……」


「じゃあ、妊婦さんは無理しないで、体を大事にするのよ」


「お姉ちゃんも気を付けてね」


 妙子は部屋を出る時、にっこりと笑って手を振っていた。



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