第二十一話 それでも日記帳のお話は続くから……あっ、でも、その前に、


 ――職員室の前。


【このエピソードの西暦は二〇〇〇年、未だ一月。……視点は、瑞希みずきに戻る】



 もうすぐ、お昼休みが終わる。


「……やっぱり怖いよお」


「えっ? なになに? 智美ともみ先生に言われたんでしょ、勇気出そっ」


「う、うん……」


 妙子たえこちゃんは、わたしの手を引っ張って、容赦なく職員室の中へと導いた。


 そこに漂う大人たちの空気。圧迫されるそんな感じ。

 そして気付けばもう、目の当たりには、平田ひらた先生が仁王立ちで、


「何だ?」

 と、怒鳴る……と、そんな感じなの。


 ウルッと涙が溢れる。でも、「ほらほら」と小声で、妙子ちゃんが小突く。


「ご、ごめん……ごめんね、

 あ、あの、平田先生のこと、大嫌いなんて言って、ごめんなさい」


 深々と、頭を下げる。

 髪をクシャ……頭を触っている。平田先生が、わたしの頭を触っている。


 ――叩かれるのかな?


「もういいよ」

 えっ? 声優しい? それに続いて、


「痛かったろ? 叩いたりして、ごめんな」

 と、……わたしが頭を上げた時にはもう、平田先生は笑顔を見せていた。


 初めて見る、平田先生の笑顔……


「おいおい北川きたがわ、別に泣くことないだろ?」

 と、先生の言う通り、もう涙が止まらなくなっていた。


「良かったね、瑞希ちゃん」


「……うん」


 妙子ちゃんはスカートのポケットからハンカチーフを出して、涙を拭いてくれた。

 ソフトに、ソフトに……


『こんなこともあったけど、あとで楽しいことが待っているのだね』


 少しずつ月日は流れ……

 世紀末の向こうで待ち構えている、新世紀との出会い。……二十一世紀の幕開け。


 本当に、本当に色々な出来事があったの。



 まずはお兄ちゃん。――この春に小学校を卒業した。お兄ちゃんの氏名は北川みつる

 それからもう一人、妙ちゃんのお兄ちゃんも一緒に卒業した。……氏名は佐藤さとうまもる


『もうお兄ちゃんには甘えられないから、しっかりしなくちゃいけないんだ』と、そう決意して、わたし北川瑞希は、佐藤妙子というお友達と一緒に五年生になった。


 同じクラスメイト。つまりクラス替えはなし。

 でも、妙子ちゃんから、今では妙ちゃんと、もっと親近感溢れる呼び名となった。


 担任の先生は、同じく平田孝行たかゆきという男の先生。いつも怒ったような顔をしている怖い先生だけれど……たまに笑うことだってあるのよ。



 前の学校で、わたしが一年生から二年生までの担任の先生だった星野ほしの智美……今はもう結婚していて、わたしと同じ転校先の先生になっていて、藤岡ふじおかという名字になっていた。


 智美先生は、わたしたちのスーパーマン。わたしたちがピンチの時、何処からともなく現れて助けてくれるの。いつもは優しい先生だけど、怒るととっても怖いの。


 昔、わたしのママに、大変お世話になったと……そんなことを言っていた。

 だからかな? 何か智美先生が怒った時って、ママみたいに怖いの。ママの氏名は北川初子はつこ。高校生の、算数が大人になったとか……あっ、そうそう、数学の先生。



 そして、今はもう夏。

 夏休みも、もう間近。


 ……これまでも、いじめ。ううん、クラスメイトの大西おおにし雛子ひなこ浅倉あさくら恵子けいこ篠原しのはら祥子ようこの三人が、色々と悪戯いたずらしてきたけど、妙ちゃんと力を合わしてきたから、だから、


 明日も会おうと、元気に会おうと……

 小さな約束を繰り返してきたから、今もこうして妙ちゃんと、元気に登校できるのだ。


 そして、もうすぐ夏休み。

 夏休みはね、もちろん妙ちゃんと一緒に楽しむの!



 ――で、颯爽と、


「妙ちゃん、休み何して遊ぶ?」……家族旅行のお盆とかは別だけど。


「何しようかな。瑞希ちゃんは何したい?」


「図書館に行く、それでね、いっぱいご本を読むの」


「瑞希ちゃんって、本当に本が好きなのね」


「うん、大好き。妙ちゃん、ご本は好き?」


「う~ん、普通かな」


「じゃあ、決まり! 瑞希と一緒に図書館行こうね」


「うん」


 ちょっと(?)強引だったけど、妙ちゃんと約束した。……これもまた小さな約束。この積み重ねで、わたしと妙ちゃんが一緒なら、どのようなことをも乗り越えていける。


 その思いの中で迎える、今は中休み。

 わたしは妙ちゃんと一緒にプールへ向かっていた。


 次は体育……


 夏といえば水泳だ。水泳が苦手……別に、特別苦手というわけでもなく、駆けっこを始め体育全般が苦手だ。……まあ、それはさておき、別に水が怖いというわけでもなく、お風呂は大好き。ただ、誰かと一緒に入る。いつもはお兄ちゃんと。実は、妙ちゃんが初めてお家に来た時、一緒に入ってくれたから助かった。


 正直なところ、わたしは金槌。

 反対に、妙ちゃんはうまいの、水泳が。……と、そんなわけで、


「あの……夏休み、瑞希に水泳を教えてね」


「じゃあ、決まり。夏休み、あたしとプール行こうね」


「う、うん……」


 妙ちゃんのことだから、それだけで終わるはずもなく……ニンマリと、


「瑞希ちゃん、あたし先生よりも教えるの、厳しいからね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る