永遠彼女と最後の3分間

ギンギツネ

日没と共に僕は死んでしまうようです

この世界にはありとあらゆる不思議が存在する。


例えば、UFOのように未確認で、それでいて魅力を放っているもの。


例えば、妖怪や幽霊のように、見えれば生活が楽しくなるかもしれないし、逆に怖い思いをするかもしれないもの。


例えば、仙人やドラキュラのように、長い長い寿命と時間で、普通の人間をはるかに超えた知恵や力を持っているもの。


これは、僕がこうやって今書いてることの体験を、あまり人には知られては行けない彼女の話をしようと思います。




僕がまだ幼い頃から、隣の家にはとある女性が住んでいました。


お隣だったために色々なことを話したり、交流することがありました。


斗和《とわ》 明日香あすか という名前で、長い金色の髪が特徴的だった女性は、その美しい、そして幼さの少し残るあどけなさを顔に持っていました。


その女性は日中、外に出る時はいつも黒い帽子や黒い服、黒い日傘を差しており、まるで日に当たることを毛嫌いするかのようにしていた。


夜だけ、日が沈んでからはそれをしなかった。


近所で小さなお祭りをしていた時、親が僕をその女性に預けて、お祭りに連れて行って貰ったことがある。


その白く綺麗な、少し冷たい手にひかれながら、街灯や提灯の光を後ろに笑いかけてくる女性に、その頃からかもしれない、僕は惹かれていった。


子供の頃だから今に思い出すと少し恥ずかしい思い出だ、お祭りの帰りにあった公園で、ある約束をしたんだ。


「僕が大きくなったら、お姉さんをお嫁さんにしたいな!」


そんな、他愛ない言葉を、女性は優しい笑顔で受け取っていた、本気にしてはいないだろうが。




長い時間が経つ、僕が社会人になっても、その女性はほとんど歳をとっているようには見えなかった。



「じゃ、面接に行ってくるよ、母さん」


「ええ、気をつけてね、魁斗《かいと》」


ドアを開けて家を出る。


隣の家の彼女とはしばらく会っていない。


今日の面接だって三回目、まだ実家から出ていないのはそんなことも理由にある....。


今日は....かなり日が照っている、朝だと言うのにこんなに眩しくて暑い太陽があっていいのか。


僕はそんなことを思いながら最寄りの駅に行き、電車に乗って面接に行く。




電車が着く、ホームから改札へ階段で向かう。


改札を抜ける、駅を出る、太陽がカッと僕を照らす....あれ?


身体がいきなり傾く....いや僕の脚の力が抜ける。


意識が....遠くなる....すごく暑い....




気づいたら病院のベッドの上、母親と医者が目の前で何かを話しながら、こちらを向いて驚く。


「あっ! 目を覚ましましたね!」


「もう....ただの熱中症なんて....体調管理はしっかりしなきゃダメじゃない!」


母親は安心してニッコリと僕に笑う。


窓の外はもう暗い。


そうか、僕は熱中症で倒れて運び込まれたのか....にしてはやけに今も眠い....というか今の方が自覚してる苦しさらしきものは強い。


でも熱中症なら....寝てれば治る....よな?


「ではお母様、念のために明日までこちらで入院とさせていただきますので今日は....」


「はい、お世話になります....」


そう言って母親は帰る。


病室を出る時に軽く礼をしてから扉を閉め、帰っていく。


医者は僕の方へ振り向き、ゆっくりと話す。


「貴方はまず熱中症じゃありません....」


伝えるのをかなり渋りながらその医者は続ける。


「あなたの病気は...."日没病"と言われる病で、現段階では発症のタイミングも治し方もまだ確認されていないため、不治の病となっています」


淡々と、悲しそうに告げる。


「この病気は....発症のタイミングが読めません....ですが、発症すれば"明日の日没までに貴方は死にます"。 日が沈むように亡くなるためにこんな病名が付けられました....」


医者は多分、同じような患者を見たことがあるのだろう....。


「その....お母様には熱中症と同じ症状だから、と説明しましたが....伝えますか? 日没病のことを」


僕は医者の方を向きながら


「....明日、伝えます。 その時に電話を貸してくれませんか?」


「えぇ、良いでしょう....せめて悔いのないように過ごしてください」


そう言って医者も病室からゆっくりと礼をしてから出る。


手元にあったスマホで調べる。


明日の日没は....18時30分か....。


僕は死ぬ前に彼女に想いを伝えたかったな。


でも、今から呼ぶのは、呼びつけて告白するとかってのはあまりに失礼だし....きっと断られる。


でも明日の日没には僕は死ぬ、だからこの想いは伝わることがない....んだろう。


....すごく眠い....日没病ってのはかかると日が沈んでから....すごく眠くなるのかな....。


あぁ....何も出来ないまま死ぬのかな....。




目を覚ますと朝だった、まだ明朝と言えるレベルの朝早く。 時計は短い針が4と5の間にある。


一瞬、夕方に目覚めてしまったように勘違いしたが、病院の中、外の車の音なんかもしないから理解した。


なんとなく、死ぬ時の気分で手紙を書いた。


誰へ宛てた、とかそんなことは気にしなかった。


手紙を書けるチャンスをくれた神様に感謝し、育ててくれた親に感謝し、医者の方へも感謝し....彼女のことは書かなかった。


時間が経つ。


だが死ぬ前、ってのは妙に長い長い時間に感じる。


手紙を書いて1時間潰したが、本当は2時間かそれ以上潰した気でいた。


医者が来るまでの時間、ゆっくりと動く雲を見ていた、あまりに遅く見えるそれに僕は羨ましささえ持っていたのかもしれない。


7時、医者や看護師が色々な病室へ向かう音がする。


コンコン


ガラララ....


昨日居た同じ医者が僕の病室へやってくる。


「失礼します、魁斗さん....えっと....出かけたいですか?」


「それは、どういうことです?」


「日没病の患者さんは、日没まで無闇に日陰や日向を出入りしなければ元気に過ごせます、なので病院を出てからまた日陰に入らないように気をつければどこへでも行けますよ」


逆に言えば、日向と日陰をすぐ出入りすること、日陰にもう一度入ることはしてはいけない、ってことか。


「....じゃあ、出かけます」


「分かりました、じゃあ退院の準備をします」


医者はすぐに周りの機材を触ったり看護師を呼んだりしながら急いで退院のための準備をする。


僕も荷物をまとめて出る準備をする。


まぁ、特にこれといって無いけど。





「それでは、お世話になりました」


「気をつけてくださいね、日向に出たあとはずっと日向を行くんです」


「ええ....ありがとうございました」


僕はしっかりと見送ってくれた医者に礼をして病院を出る。


カッと照りつける太陽、僕はまた倒れるかと思ったが、逆に体調だけはいやに良くなった。


僕は急いで彼女の元へ行こうとする。


だが、電車には乗れない、タクシーさえ乗れない。


だから....走るしかない。


今は体調がやけに良いから、だから今だけは走って行ける気がする。


電車で行く距離をただひたすらに走り始める。





太陽が真上に来る、日陰が1番少ない時間帯、多分12時辺りだろう、まだ時間は6時間ぐらいある。


全力で走り続ける。


気のせいなのか、それとも太陽に照らされているからか走っても疲れないし、息も切れない、汗もかかない、今は、今だけならずっとずっと走れる。


最寄り駅のとこまでもう来た、これならすぐに着く。だったら彼女に想いを伝えることだって出来るんだ。


今なら、今なら。





ピンポーン




......返事がない。


留守なのか....? まぁまだ時間はある、待つことだって出来る。今はただ待つしかないか....。



雲が、とても、ゆっくりと、そして早く流れる。



日がもう沈もうとしているまで傾いた。


ここは住宅街、日陰になる所は多い。


せめて....日陰に囲まれる前に....置き手紙だけでも置いておくしか....ないか。





僕は彼女の家に置き手紙を置いた。


そこから日向の少しでも長く続く公園に来た。


ここに来ると子供の頃に告白したのを思い出す。


時間はもう18時になっていた。


日はほとんど沈みきり、空はほとんど赤紫色になろうとしている。


来ないか....。


やがて、僕はどんどんと眠気が増してくる。


同時に、息苦しさも来る。


だが、ここで待つのをやめない。




公園の端に


あの時によく見た街灯に照らされた金髪が見える


「斗和さん....呼んでしまってすみません....」


彼女はそこに立っていた。


「病院に運ばれたって聞いたから行ったのに....貴方は....どうしてここに呼んだの?」


「子供の頃の続き....みたいなものです....」


そういって僕は苦しそうな状態のまま、話し続ける。


「僕の....お嫁さんになってくれませんか?」


彼女は心配そうな、泣きそうな顔をしながら


「....私は貴方が、大切な人が目の前で死んでくのを沢山見た、貴方はとても大切、でも気持ちを受け取ったらまた苦しくなってしまう....」


僕は彼女の正体に気づいていた。 だが言わずに僕の状態から先に話した。


「僕は....あと数分で死ぬんです....そうだな....今が27分だから....あと三分ですね、アハハ....」


僕は軽く笑いかける、彼女は驚きながら


「なんで教えてくれなかったの! そんな大切な....最後の瞬間に私を呼ぶなんて....」


彼女は泣きながらこちらに来て僕を抱きしめる。


「明日香....貴方が好きだからです....」


僕は想いを伝えた。 さすがにもう悔いはない。


抱きつかれてから、時間をゆっくりと感じる。


「私が....貴方を助ければ貴方はもっと苦しむ運命になる....それでも好きでいてくれる?」


「ええ、永遠に、貴方を好きでいます」


僕の言葉を聞いた彼女は僕の首に噛み付く。





苦しいこともあった、悲しいこともあった、だけど彼女が永遠に隣で居てくれる。


僕も永遠になって、彼女の苦しみや思いを全部、一緒にできたから、辛くはない。




永遠に、永遠に。

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