2/即席麺

 エフにもう一本チョコレートバーを食べさせた後、アンドリューは店先に出て、いくつかの看板を開いて立てた。もうすぐ『ハートマンのガレージ』の開店時間である。すでに、大きなロボットが数台並んでいた。

「とりあえずそこでおとなしくしてろよ。あと、おなかがすいたら早めに言うように」

「わかったー。」

「っていうかエフ、これじゃ裸じゃないか。せめて何か羽織らせよう。」

「なにかきせてくれるのか!」

「でももうすぐ開店時間だし、取りに行っている暇は無いか。うーん、しょうがない。これやるよ」

「ありがとう!アンドーはすごくいいひとだ!」

 アンドリューはエフに、羽織っていたパーカーを渡した。ぶかぶかだが、無いよりかはマシだろう。

「さて、あとは待つだけだな」

「なにをまつんだ?」

「お客さん」

「おきゃくさんは、なにをしにくるんだ?」

「こわれたロボットとかを持ってくるんだ。で、俺はそれを修理する」

「しゅうり!つまり、なおすってことか。じゃあ、もしエフがこわれてもあんしんだな!」

「うーん、どうかなあ。エフの修理は難しそうだ」

「そうなのか。すこし、ふあんになったぞ……。とりあえず、こわれないように、がんばる。」

「はは、それが一番だ」


 店の前に、ロボットの長い行列が形成され始めた。

「なんだ、あれ。」

「見た感じ、元軍事用ロボットのやつらだな。昨日は日曜日だったし、どっかでロボットファイトでも開催されたんだろう」

「ロボットファイト?せんそうじゃないのに、たたかうのか。」

「食べ物のことは何もわからないくせに、情勢には詳しいんだな……。そうだよ。好戦的なロボットたちが勝手に集まって殴り合ってるんだ」

 今から10年ほど前まで、この町からほど近い国境で、二国間の大規模な戦争があった。多くの兵器メーカーが最新鋭の兵器を投入し、各国政府もまた隣国の技術に対抗するため、それらに多額の補助金を投じたのだ。この循環により技術はさらに発展、戦況は苛烈をきわめた。現在の生活を支える技術の多くが、この戦争を通じて発展したともいわれている。

「なぐりあうのが、たのしいのか。」

「軍事用っていうことは、皆殴り合う為に造られたやつらだからなあ。戦争が終わって仕事がなくなったから、目的を無理にでも作らないとやってられないんだ、多分」

「エフは、なにをするためのロボットなんだろうな。ものをたべるため?」

「わからないな。もしかすると、とんでもないことができる特別な奴なのかもしれないぞ」

「おー、なんだかそれ、すごそうだ。エフはとくべつロボット、っていうことにする。」

 気性の荒いロボットが、大きな音を立てて扉をたたき始めた。扉はきしんで音を立てている。

「アンドー、ならんでるロボットがドアをたたいてるぞ。」

「あっ、やばい!もう時間だ……。うわあ、今日は忙しくなりそうだ」

 アンドリューは慌てて扉を開いた。

「おい。開店時刻と指定されている9時から、54秒77も遅れているぞ」

「すまない。よーし、今から一人ずつちゃちゃっと診ていくからな」

 さっそく、先頭にいた巨大なロボットが一台入ってきた。アンドリューは、丁寧に状況を確認しながら、応急処置を始めた。


 正午になった。数台の処置が終わり、アンドリューは昼休みにすることにした。

「こりゃあ」

「ひとりでやるのは、たいへんそうだな。」

「そうなんだよ。猫の手も借りたいぐら……あっ」

 アンドリューはふと気づいた。あまりにも弱い存在だったから見逃していたのかもしれない。これでもエフは一応ロボット……のはずである。そして、『ロボット』とは、チェコ語『robota』――日本語で『労働』などを意味する単語をもとに劇作家カレル・チャペックが作り出した単語である。

「エフも、なんかやる。」

「ぜひ手伝ってくれ」

「わかった!エフ、がんばるぞ。」


「さて、まずは腹ごしらえだ。何か用意しよう」

「なにをたべるんだ?」

「即席麺だな。時間が無い」

「なんだそれは。」

「まあ、見ていればわかる」

 そう言うと、アンドリューは自宅のある二階に上っていった。そしてしばらくすると、お椀に皿をかぶせたものを持って戻ってきた。

「なんだ、これー。いれものにはいってるのか。」

「そうだよ。むしろ何かしらの食器に入ってるのが普通だ」

「なかみをみちゃ、だめなのか。」

「少し待て。そういうものなんだ」

 食器に入っている食べ物を見たことが無い。緩衝材ですら食べるという。そんなエフは以前いた場所でどれだけすさんだ生活を送っていたのだろうか、と不思議に感じた。アンドリューは時計を見ながら、エフの出自について考え事を始めた。

 一目見た時点で、あの店で使われていたロボットであるという雰囲気は一切感じられなかった。部品屋の店主は、30年ほど前から、在庫管理兼清掃用ロボット一台だけを大切に使い続けている。どんなに便利なロボットが新しく登場しても、買い替えるつもりはないと言っていた。さらに、あの店主はとても几帳面だし、物は大切に使うタイプだ。そのうえ子ども好きで、アンドリューが幼いころは忙しい父親の代わりによく面倒を見てくれていた。もしエフが彼の物だったとしても、ぞんざいに扱ったりはしないだろう。そもそも妙な話だ。なぜロボットに食事する機能を搭載して不便を強いるのか。バッテリー駆動のほうが圧倒的に手間がかからない。教育用ロボットに搭載されている食事をする機能は、エネルギーを必要としているからではなく、あくまでテーブルマナーのデモンストレーションを見せるためだけのものだ。摂取したものはあとで専用のタンクから回収できる。

 そんな考えをめぐらせながら時計を見ていると、湯を入れて3分が経過するところだった。

「よし。もう開けていいぞ」

「わかった!」

 蓋を開けると、湯気がふわりとたちのぼった。具は一切ない麺だけのいたってシンプルな構成ながら、ついついすすりたくなる即席麺である。手間もかからないので、忙しい日の昼食はだいたいこれで済ませてしまう。

「いやあ、忙しい日はこれだね」

「なんだ、このにょろにょろ。」

 エフはお椀に手を突っ込もうとした。

「待て待て、手でつかむな。これを使え」

「ほー。にんげんはこうやってたべるんだな。」

 フォークを手渡した。アンドリューは友人の影響で箸を使うことが多いので使い慣れているが、エフにはまだ難しいだろう。エフはフォークで麺をそっととり、一口食べた。

「おいしい、けどこれはなんだかあついな。」

「エフは口の中をやけどしたりはしないのか?」

「しないぞ。ロボットだからあつさがわかるだけで、こわれたりはしない。すごいだろ。」

「ふうん。俺はやけどしたくないように気を付けて食べる」

「さまさないとたべられないにんげんは、たいへん?」

「さあ、どうだろうなあ」

 話している間にもどんどん麺をからめとり、エフはすぐにたいらげてしまった。その少しあと、アンドリューも食べ終えた。


「さて、俺はこの食器を片付けてくる。俺が戻ったらすぐ仕事を始めるからな」

「おう。エフ、がんばる。」

 アンドリューが二階に上がった直後、列で待っているロボットがエフに話しかけてきた。

「なあなあ、そこの小さいの」

「なんだ、でっかいの。」

「お前、新入りか?ハートマンもついにロボットを買ったんだな。不思議だ」

「ねえ、ハートマンってだれだ?」

「ここの新しい店長の名字だよ」

「アンドーのみょうじかー。アンドーがロボットをかうのが、へんなことなのか?」

「そもそもここ、前はロボットの修理やってなかったんだ。ロボット修理も請け負うようになったのは店長がアンドリューになってから。しかもあいつ、『この店にロボットを買う金があるぐらいなら設備とかスペアパーツの拡充にあてる』なんて言ってたぞ。しかもよりにもよって仕事に役立たなさそうな人型ロボットだなんて。お前、何か知らないのか」

「わかんない。でも、アンドーはいいやつだとおもう。おいしいたべものくれるし、ふくまでくれたぞ。それから、エフは『とくべつロボット』だから、おしごとだってできるはずだ。」

「そういえばお前、飯も食えるんだったな。ますます不思議だな……。ま、せいぜい頑張れよ」

「おーいエフ。今から店開けるぞー。」

「わかった!ありがとう、でっかいの!」

 常連と思しきロボットと立ち話をしたエフは、二階での用事を済ませたアンドリューのもとへ戻っていった。

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帰り道、カレーライスのいい匂い 野々井ワカル @nonoi_189

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