帰り道、カレーライスのいい匂い

野々井ワカル

1/チョコレートバー

 ――はるか未来、地球のどこかで。


早朝。一人の人間とロボットが荷物を運んでいた。

「アンディくん!荷物ここでいい?」

「ここでいいよ。ありがとう、ジェイ」

 ここは『ハートマンのガレージ』。アンドリュー・ハートマンが営む機械修理屋である。先ほどここに配送された荷物が、あまりにも重くて店内に運び込めなかったので、アンドリューは運搬ロボットであるジェイを近所の友人から借りてきたたのだ。ジェイは、いかにもロボットといった無骨な見た目をしている。

「ども。何か荷物あったらまたぼく手伝うね、よろしく!」

「うん。とっても助かったよ。じゃあ、これ今日のお駄賃」

 アンドリューは、ジェイの手に封筒を握らせた。中身は少量の紙幣だ。

「ありがとう!またね!」

 挨拶をしながら去っていくジェイに、アンドリューは手を振って見送った。


 アンドリューは、カッターを取り出してきて段ボールにそっと刃を当てた。中身は先日ネットでたたき売りされていたジャンクパーツのセット。持ち込まれたロボットなどにあまりにも壊れている部品がある場合は新しいパーツに取り換える必要があるので、アンドリューはスペアパーツをこまめに仕入れているのだ。

 今回のものは衝撃的だった。一般的な家庭用ロボットには使用されていないレベルのハイグレードなアクチュエータが数百個。それに加えてシリコンスキン、装飾用有機ファイバー、カーボンシェルといった外殻に使う部品に、高性能カメラ1対やバイノーラルマイクに大学の研究室で使うような超精密加速度センサ、嗅覚センサや味覚分析センサまで入っているというめちゃくちゃなセットが、ネジ一箱分ぐらいの値段で売られていたのだ。しかもそれが、怪しい闇サイトなどではなく、アンドリューの父親がやっていたころからお世話になっている老舗の部品屋の通販サイトに出ていたのだ。再三部品屋のオーナーにも問い合わせて確認したのち、注文に踏み切ったのである。

「これだけ重いってことは、本当にこの中に部品がてんこもりってことなんだよなあ……」

 端までカッターを進めたのち、アンドリューは開いたふたに恐る恐る手をかけて、ゆっくりと開いた。すると中には、緩衝材に包まれて、目を開いたまま静止する幼い少女が入っていた。

「うわああ!」

 アンドリューは驚いてのけぞったのち、ゆっくり深呼吸して居直った。

「あ、ははは……。つまり、人型ロボットを、解体せずに、送ってきた、って、こと、なん、だよなあ……?」

 緩衝材をどかすと、体育座りの状態で詰め込まれた少女の全身が明らかになった。顔にはシリコンスキンを使い本物の人間のように、首から下はカーボンシェルを使ってなるべく軽くて丈夫になるように作ってある。目にはまぶたが存在せず、全体が黒い。落ち着いて見れば明らかにロボットだとわかったが、頭部だけ妙にリアルに作られているからか少し不気味である。

「さあて、充電ケーブルは?」

 アンドリューは、このロボットに搭載されている部品のうちどれだけの部品が動くかテストするため、電源を入れて動かそうと考えたのだ。ロボットを箱から少し持ち上げながら箱の隅まで探ったが、少女型ロボット以外何も出てこなかった。

「まあジャンクパーツだからしょうがないよな。ダメもとで電源スイッチを探すか」

 重いロボットの体中を確認したが、電源スイッチも見当たらなかった。

「うーん、疲れた。ロボットがこういう見た目をしていると、しょせん機械とはいえ、ちょっと罪悪感があるなあ。とりあえず、いったん休憩して考えよう」

 アンドリューは階段を上り、店舗から自宅に入った。戸棚を漁ると、チョコレートバーが出て来た。疲れたときは糖分を、ということでチョコレートバーを数本買ってあるのだ。甘ったるいのは好きではないので、甘さ控えめのビターな味。チョコレートバーを一本持って店舗に下り、バーの袋を開きながら椅子に座ろうとした。そのとき。

「――緊急電源稼働。燃料を確認。補充してください」

 突然、少女ロボットから少女らしからぬ声色のシステム音声が鳴り、上体が起き上がった。また驚かされたアンドリューはしりもちをついた。

「ええ……?こいつ、チョコバーで動くの?」

「燃料を確認。補充してください」

「緊急電源だと応答もできないのか。うーん、よくわからないけど突っ込んでみるか。壊れたりしたら嫌だな……」

 顔を見ると、真っ黒な目にオレンジ色の光が弱く灯り、瞳のようになっていた。そして、口が半開きになっていた。見てみると、歯らしきものまで確認できた。アンドリューはチョコレートバーをひとかけらに割ると、少女ロボットの口に入れた。数秒間ののち、ロボットはゆっくり口を閉じ、咀嚼するような動きをとった。その様子を、アンドリューは固唾をのんで見守った。そして、

「おなかすいた!!」

 少女ロボットが叫んだ。アンドリューは驚きのあまり、立ち尽くしてしまった。

「うわ、喋った……」

「うん。しゃべるよ。」

「ロボットなのにチョコバー食べるのか……」

「ロボットだけどチョコバーたべるよ。」

「まじかあ」

「まじだよ。」

「チョコバー一欠片しか食べてないのに、そんなに喋って大丈夫なのか?」

「チ」

 プツン。あっけなくエネルギー切れになった少女ロボットは、姿勢はそのままでフリーズしてしまった。

「少なくともスピーカーとサーボはほぼ問題なく動くことが分かってしまったな。っていうかAIエンジンまで挿しっぱなしだったのか」

 動作テストをするため、もう一度起動しなければ。アンドリューは、残りのチョコレートバーを全部少女ロボットの口に突っ込んだ。すると数秒後、一口かじり、咀嚼した。残りは少女ロボットの膝の上に落ちた。

「チョコバーひとかけらしかたべてないけど、こんなにしゃべってだいじょうぶ!」

「大丈夫じゃなかったぞ」

「だいじょうぶじゃなかった?」

「それ全部やるから。食べていいぞ」

「ありがと!」

 少女ロボットは、膝の上に落ちたチョコレートバーを拾うと、かじり始めた。

「オウム返しじゃない応答もできるのか。つまりAIもまあ正常と」

「せいじょー!よかった!」

 少女ロボットは笑顔――瞳の灯りを細める――で応答した。おそらく笑顔を意味する表情だろう。

「よかったよかった。さて、早速お前に頼みたいことがあるんだが」

「たのみごと?」

「そうだ。まず立ってくれるか」

「うん。」

 立ち上がっても、少女ロボットの背丈はアンドリューの腰ぐらいまでしかなかった。

「『command: 00004』」

「もんだいないよ。」

「問題なし、と」

『command: 00004』とは、AIエンジンに標準搭載が義務付けられている動作確認コマンドである。接続されているすべてのセンサ・アクチュエータに瞬時にそれぞれに対応するテスト信号を送信し確認させることができる。未解体ロボットとなれば、このコマンドを1つ走らせてしまうのが手っ取り早いのだ。

「さて、これで……」

 あとは、電源を切るだけだ、とアンドリューは言おうとしたが、このロボットには電源スイッチが無いのを思い出した。しょうがないので、エネルギー切れになって再び動作が停止するのを待つことにした。アンドリューは再び自宅に上り、チョコレートバーをとってきて、それを食べ始めた。さっき自分が食べるはずだった分である。黙々と待って数分。いまだに動作が停止する気配は無い。しびれをきらしたアンドリューは、またこいつにたくさん話しかければ早くエネルギーが切れてくれるのではないか、という考えにたどり着いた。そこで、少女ロボットに無駄話をさせることにした。

「なあ、お前どこから来たんだ」

「けむいところ。」

「地名とか分からないのか」

「わかんない。」

「どんなところだった?」

「わかんない。」

「ふうん……」

しまった、とくに話すことが思いつかない。というより、全然会話が広がらない。そうだ、頭を使いそうな話題を振ればいい。

「ここに、りんごがひとつあります。そこに……」

つまらない算数の問題しか思いつかなかった。

「りんごってなんだ。どこにあるんだ?」

「ええっと、これはたとえ話でだな」

それ以前の問題だった。こいつはもしかするととんでもなく馬鹿なのかもしれない。「AIに異常なし」などという前言は撤回すべきか……。アンドリューは頭を抱えた。いや、子どもっぽくするためにわざとそういうふうにふるまっているだけなのか……?それにしても、りんごを知らないのはちょっとおかしい。

「りんごは、たべもの?」

「ああそうだ。果物だよ。赤くて丸いんだ」

「りんごはたべられる。」

「りんごを食べてみたいとは思わないのか?」

「なんでもたべるから、なまえとか、わかんない。」

「なんでも、って……?」

少女ロボットは立ちあがると、乱雑に置いてあった緩衝材をかじり始めた。

「待て待て。おなか壊すぞ」

「ロボットは、なにたべてもおなかこわれな」

一口ほおばったところで、少女ロボットは動作を止めた。

「どうした?」

「わがまま、いっていいか?」

「何だ?」

「これは、たべたくない。」

「そりゃそうだろ。それは食べ物じゃないんだから」

「まえは、なんでもたべたのに。すききらいは、だめなのに。」

みるみるうちに、悲しそうな顔になった。

「なんでもたべないと、えらいひとにおこられる。」

「何だよ、えらいひとって」

「えっと……」

少女ロボットは、ますます悲しそうな顔をした。

「よし。ロボットとはいえど言いたくないこともあるよな。聞くのはやめておこう」

「なにかをたべて、うれしくなったのは、はじめてだった。」

「チョコレートバーのことか?」

「うん。」

「おいしかったのか」

「おいしかった?」

「食べ物の味がよかった、っていう意味」

「あじ……。」

「何かおいしいもの、食わせてやるよ」

「いいのか!」

「好きなだけ……とはいかないけどな」

「いいんだな!おねがいごとをきいてくれるなんて、おまえはたぶんいいやつだ!」

「どうも……で、名前は?」

「なまえ。」

「何て呼ばれてたんだ?」

「『F-EE-47』」

「めんどうだな。エフって呼ぶ」

「わかった、エフ!おまえは?」

「俺?アンドリュー」

「アンドー!」

「アンドリュー、な」

「アンドーはいいひと!」

「だから俺は……うーん、まあしょうがないか」

アンドリューの脳内からはすでに、エフを解体してパーツにばらすことなど抜け落ちていた。そんなことより、好奇心のほうが圧倒的に勝ってしまった。

「おいエフ、そういえば、チョコバー一本しか食べてないのにこんなに動いたり喋ったりして大丈夫なのか?」

エフからの返事は無かった。立ったまま静止していた。

「またかあ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る