星巡るのは1000年の光

紫 和春

1000光年戦争

 人類が地球を飛び出し、深宇宙に新たな活路を見出だそうとした時代。後の世に「1000光年戦争」と伝えられる宇宙戦争が勃発した。敵は地球から1042光年離れた「ルーフェル465」という恒星系の第4惑星「ゼフ」で誕生した異星人――ゼフ人である。彼らは人類と同様、宇宙に自身の未来を見出だしそれを現実のものにすべく行動していた。

 記録では、互いが初めて邂逅したときは、それは酷く緊張したものだという。それはコロンブスがアメリカ大陸を発見したものとは大きく異なり、相手の文明や実力差がはっきりと解らなかったからだ。もしかすれば相手には我々を一瞬で消し去るような兵器を持っているかもしれない――。疑心暗鬼の中、手探りの状態で異星人との外交が行われたという。

 結果として二者の間では文明や技術の差は大きくなく、同等のレベルであることが判明した。そこからは早いもので、巨大な経済圏が生成され、技術の交換や文化交流などがしばしば行われるようになる。

 しかしながら、新たな文明との邂逅は争いの火種になることは世の常だろう。もとより太陽系とルーフェル465星系の中間地点は双方の文明が入り交じった場所であるため、何かと衝突が発生しやすい。1000光年戦争が勃発する32年前、始まりはゼフ人の多くが信仰する宗教組織が、宇宙の進出は神が定めた世界を崩壊させるとして武力による強硬手段に出た。この際、双方の住人が多く入植していた惑星の8割を破壊するという史上類を見ない凶悪な事件に発展する。

 シデク事変である。

 これをきっかけに双方に外交的な緊張が走った。地球ではゼフにはそれなりの理由があるとする穏健派と、いかなる理由があっても人命を奪うのは知的生命体として容認できない反抗派、そもそも文明が異なれば常識も変わるだろうという黙認派が入り混じり、それは混沌に等しいものだったという。

 その後は反抗派によるゼフ人へのテロ攻撃、ゼフ人のゲリラによる主要都市の破壊工作など、互いが被害を被る活動が活発に行われた。両政府はすでに首脳レベルでの対談を終え、この問題は解決したと声明を出す。しかし、両国民は水面下で互いに対して憎悪が募り続けた。

 幾度となく訪れる軍事危機を乗り越えたものの、双方の国交が完全に決裂する出来事が発生する。地球側の代表が強硬反抗派に変わったのだ。彼は己の信念であるルーフェル465星系に対しての強硬手段を取るため、人類の9割以上を反ゼフ派に転向させた。

 こうして起こるべくして起きた争い。

 それが1000光年戦争の発端である。


  ◇


 かくして起きた戦争であるが、開戦当時の戦力差はゼフ側がある程度有利であった。もともと強力な武力の保持・拡大は行ってしかるべきものであるという考えが根付いていたゼフ。地球との交流が始まってからは幾分かは減ったが、それでもなかなか減らせないものである。しかしそれを地球側が知らないわけではなかった。地球代表はこれを見越し、研究機関に対して軍需研究を行わせていたのである。造兵所の構築、既存兵器の簡略化及び生産量向上、新兵器の開発など……。地球側としては開戦してからが正念場だった。

 そしてそれは功を奏する。ゼフが投入する戦力を推察し、ほぼ同等の戦力をぶつけることで少なくとも相手の戦力は大幅に削れることができる。その間に喪失した戦力を取り戻すべく工場をフル稼働させることで穴を埋めることができたのだ。

 このような地球側の継戦戦術は十分な備蓄と総合的な量産設計がなされていることが前提であり、これに気付いたゼフ側が急にマネしようにも簡単に出来るものではない。こうして初期は快勝続きだったゼフ側も、戦力の低下に伴い次第に劣勢に置かれていった。

 そして人類は最終兵器を完成させた。空間共振動崩壊砲S.R.C.C.「ジェネシス」である。太陽系外縁に建造された「ジェネシス」は全長7500km、口径120kmもある人類史上最大の構造物だ。この砲から発射された光線は一見すると空間中で明暗を繰り返しながら進んでいく。これは虚数軸方向に振動するという特殊な方法で空間を進んでいるため、光速を超えて目標を砲撃することが可能なのだ。

 地球側はこれ以上ない戦力をそろえた一方、ゼフ側は母星のあるルーフェル465星系に籠城せざるを得ない状況になった。現在の戦力は開戦当時に比べ20分の1以下にまで落ち込み、もはや反撃の糸口は見当たらない。

 そんな中、地球側はついに最終作戦の発動を決定した。それは「ジェネシス」がルーフェル465星系に向けて砲撃をしてから着弾するまでのたった3分間で雌雄を決するものである。すでにルーフェル465星系は地球軍によって包囲されており、そこには「ジェネシス」の攻撃力を最大に引き上げるための補助砲も準備されていた。

 そして「ジェネシス」の射線上にルーフェル465星系の主星を捉える。「オリオンの咆哮作戦」が決行された。


  ◇


 着弾まで3分。惑星「ゼフ」に対し、第4突撃巡航艦隊が総攻撃を開始。

 着弾まで2分36秒。ゼフが防衛攻撃を開始。

 着弾まで2分4秒。補助砲射撃準備。

 着弾まで1分43秒。突撃巡航艦隊の弾切れが発生する。

 着弾まで1分20秒。補助砲発射。

 着弾まで56秒。艦隊が惑星「ゼフ」を通過。

 着弾まで41秒。ゼフの艦隊が追撃戦を開始する。

 着弾まで30秒。補助砲、主星に着弾

 着弾まで29秒。補助砲、最大火力を出すための調整を開始する。

 着弾まで10秒……

 9秒…

 8秒…

 7秒…

 6秒…

 5秒…

 4秒…

 3秒…

 2秒…

 1秒…


 一瞬の閃光。

 そして訪れる無。

 そこには何もなくなった。


 地球側は「ジェネシス」の光線は正常に着弾し、これによりルーフェル465星系は消滅したことを確認した。

 これを持って1000光年戦争は終結、平和がやってきた。

 しかし、ここで誰もが見逃したことがある。

 放たれた「ジェネシス」の砲撃は補助砲が狙っていた座標にピタリと当てていた。しかし、その座標から放出されたエネルギーは想定していた数値を大幅に上回り、ある現象を引き起こしたのだ。

 宇宙の相転移。偽の真空から真の真空へと転移する宇宙規模の大災害である。この相転移は物理法則そのものを変える可能性を持ち合わせており、真の真空に曝された物質は例外なく崩壊に至るのだ。

 この相転移は発生点から球上に光速で広がって行く。惑星「ゼフ」付近にいた地球軍は数秒のうちに相転移に巻き込まれ、これを報告する者は誰一人いなかった。これが地球に達するには1000年ほどかかるが、これはまた別の話になるだろう。


 これをもって1000光年戦争の記録は終了である。

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