最後の手紙
夏 露樹
最後の手紙
「こんな手紙を書くのは女々しい事だと思いました
でも書かずにはいられませんでした
正直君に手紙を書く日が来るなんて想像もしていませんでした
君がこの町を離れる日が一日日一日と近ずくにつれ
どうしようもない気持ちがあふれてきてこらえる事が出来ませんでした
君がこの町を離れる前にどうしても伝えておかなければいけない事があるのに気づきました
ずっと君の姿を目で追いかけていました
元気に手を挙げて先生の質問に答える君
号砲に土煙を上げて駆けだす君
放課後の教室でたむろしてクラスメート達と談笑する君
いじめにあってた級友をかばう為ホームルームで訴えた君
まぶしくて、うらやましくて、かがやいて、声も掛けられなかった君
ずっと君の背中を見て苦しんできました
臆病で言いたい事も言えない自分に
やる前からあきらめて動こうともしない自分に
何故あの時椅子をけって立ち上がれなかったのかと自分がくやまれてしかたありません
ずっと近くに居てそこに居るのが当然だと思っていた君
「ごめんね、引っ越す事になっちゃったの」
君のお母さんが言ったあの日から
今日のこの日が来ることは分かっていたし
特に思うところも無く今朝をむかえました
皆生活してるんだし
生きるためにはお父さんお母さんも働かなくちゃいけないんだし
まだ子供の僕たちは親のいく所について行かなくちゃいけないんだし
仕方ないことなんだと
当然の事なんだと
思っていたはずなのに
なのになぜ君の乗る電車の発車時刻が迫るにつれ
どうしようもないあせりに追い立てられたのでしょう
伝えてない事が有ると
何かにせきたてられてこの手紙を書いています
小さい頃からそばにいて
君に手紙を書くなんて初めてですね
近すぎて手紙が必要な時が来るなんて思いもしませんでした
時計とにらめっこしながら書いているのでしっちゃかめっちゃかかもしれません
発車時刻から逆算するとこの手紙を書くために使える時間3分しかないし
でもこれからはゆっくり時間をかけて少しは気のきいた文章を書けるようにがんばります
まだ子供でこういう時何を書けばいいのか何を伝えればいいのかもよくわかりません
でも伝えておかなくちゃいけない事だけは分かっています
君の事が好きです
今までもこれからも君の事を想いながら勉強もスポーツもがんばります
君の事を想っています
君の笑顔
君の泣き顔
君の怒り顔
今思い起こしてみて気付いたのですが
引っ越す事を教えてくれたあの日の君の顔
少し寂しそうに見えたのは俺の思い過ごしでしょうか
俺の希望的観測って奴なのでしょうか
いけねもう時間が無い
新しい学校で新しい友達も出来るんだろうけど
君の新生活を遠くからだけど応援しています
向こうに行っても俺の事忘れないでね」
ローカル線の車窓のレバーを両手で掴んで大きく窓を開ける。
驚く向かいの席の両親、隣の弟が喚く。
「姉ちゃん、何だよ急に!」
委細構わず危険を承知で上半身を乗りだして小さくなっていくホームの人影に精一杯手を振る。
彼が最後にくれた最初の手紙を握りしめて。
最後の手紙 夏 露樹 @dacciman
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