小林タケルは静かに食べたい

結葉 天樹

三分間の死闘

「フ……フフフ」


 やった。やってやったぞ。俺はやっちまったんだ。こいつは一度始めちまったらもう戻れない。大人しく待つしかねえんだ。


「三分間。じっくり待たせてもらおうか」


 蓋を閉じ、ゆっくりと椅子にもたれかかって俺は至福までのカウントダウンを始める。ちょうどキッチンタイマーがあるのでしっかりと三分を計るつもりだ。


「狂いなくッ! 俺はッ! 三分ジャストで片を付けるッ!」


 これまで何回か試した結果やはり三分というのは間違いがない。二分や四分じゃあだめなんだ。こいつはたゆまぬ企業努力が生み出した奇跡の結晶。


 そうッ!

 三分間ッ!

 それこそッ!

 それこそがッ!

 黄金の時間だッ!


「最高に美味い状態で食べるッ! それが俺のジャスティス!」


 人よ、たかがにここまでのアホな情熱を注ぐことを笑うならば笑うがいい。だが今はバイトの給料日前。金はない。部屋に残された食べ物は最早このカップ焼きそば一つ。ならば最後の食料を最高に美味く食べるのは唯一俺に許された贅沢。


「フフフ。いざ目の前に置くと時間の流れが遅く感じるぜ――ッ!?」


 チャイムが鳴っただと!?

 何だ。いったい誰だ。この俺の至福の時間を脅かす悪魔ディアボロは!


「小林さーん。確か今日給料日でしょ。今月の家賃貰いに来ましたよ!」


 馬鹿な。大家だと!?

 イカれた奴め、何もこんな神聖な時間の最中にやって来るなんて正気か!

 『神聖にして犯すべからず』って書いてあるだろ。大日本帝国憲法読んでねえのか!


「あのー、給料日は明日なんで……」

「ありゃ明日だったかい。ゴメンねぇ、年取ると忘れっぽくなっちゃって」

「いえいえ、それじゃまた明日」


 危なかった。大家さんが物分かりのいい人で助かった。こいつはちゃんと家賃も遅延なく支払い、ゴミもちゃんと分別して捨てている日頃の行いのたまものか。


「残り二分。慌てるほどのことでもなかったな――ッ!?」


「とうおるるるる!」と突如電話が鳴り出した。

 今度は電話だと!?

 一度くらいなら邪魔が入るのはわかる。スゲーわかる。

 だが、たった三分の中にイレギュラーが二回は想定していないぞ!


「いったい誰だって……もしもし、母さん?」

「タケルかい。さっきうちに電話しなかった?」

「電話?」


 何を言ってるんだお袋。俺は電話代がかかるから自分からは滅多に電話しない。要件があるならメールで済ませているじゃあないか。だが無下に電話を切ることもできない。学費は敬愛すべき我が母君がお出しになっておられるのだから。


「いや、あんたがヤクザの女に手を出して示談金が必要だって……今銀行まで来てるんだけどいくら必要だったか聞こうと思って」

「それ詐欺だよ。警察行って!」


 良かった。未然に母親を詐欺グループの毒牙から守ることができた。だがまったく、なんて迷惑な話だ。こんなことをやっている間に残りがもうすぐ一分になるじゃあないか。


「だが、大丈夫だ。まだ慌てるような時間じゃあな――ッ!?」


 馬鹿な。なんてこった。俺としたことが。


「キャベツを入れ忘れていただとおォーッ!?」


 どうする。こいつはどでかい失態だ。キャベツ抜きで食べることは確かにできる。だが、こいつの処理に困るのは間違いない。

 落ち着け。素数を数えて落ち着くんだ。冷静に判断するんだ。


「逆に考えるんだ。と」


 素早くカップの中にキャベツを放り込む。やや時間は足りないかもしれないがキャベツのないカップ焼きそばよりはましだ。この際細かいことは目をつぶる。


「そうッ! 過程や 方法なぞどうでもよいのだァーッ!」


 大事なのはキャベツ入りのカップ焼きそばを食べるッ!

 それがただ一つの真実ッ!

 その真実にたどり着けばいいのだッ!


「残り三十秒。さすがにこれ以上は――ッ!?」


 壁に……何かいる。黒い……そう、ヤツだ。

 自分で悪だと気付いていない…もっともドス黒い『悪』。


「ゴキブリーッ!?」


 躊躇ってる場合じゃあない。速やかに始末せねば。

 そう、三十秒で片を付ける。

 ゴキブリも始末する。

 両方やらなくちゃならないってのが辛い所だ。

 クールに去らせる時間なんか与えない。


「覚悟は良いか。俺はできてる」


 新聞紙を丸めて壁ににじり寄る。動くな。動くなよ。


「オラァ!」


 渾身の力を込めてゴキブリに叩きつける。床に落ちたゴキブリはまだ生きている。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」


 怒涛のラッシュにゴキブリは動かなくなった。


「やれやれだぜ――ッ!?」


 タイマーが鳴った!?

 今すぐにお湯を捨てなくては!

 そうッ!

 「湯切りをする!」と心の中で思ったならッ!

 その時スデに行動は終わっているんだッ!


「あ」


 お湯をシンクに流した瞬間。その勢いで蓋が開いた。

 無情に流れていく麺とキャベツ。

 ここまで妨害に耐えて頑張った結果がこれかよッ!


「あァァァんまりだァァアァ」


 結局俺は焼きそばを食べられなかった。

 そして、何か食べたいと思っても金が無いので俺は考えるのをやめた。

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小林タケルは静かに食べたい 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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