3分遅れの待ち合わせ

秋田健次郎

3分遅れの待ち合わせ

気が付くと私は広大な平原の中にいた。

空には太陽が2つ昇っている。

どれだけ辺りを見回してもただ背の低い草が風に揺れているのみである。

私はポケットからストップウォッチを取り出しそこに2分40秒と表示されていることを確認して額の汗を拭う。


「はぁ……」


私は照り付ける2つの太陽に顔をしかめながらため息を吐いた。

その場に腰を下ろそうとした時、遠くの方に小さな人影が見えた。


「まさか……」


私は心地よい風とそれを帳消しにするほど猛烈な暑さの中、その人影の方向へと走った。近づいていくにつれてそれが女性であることが分かってきた。さらに近づくとそれは麦わら帽子に白いワンピースという恰好をしていることも分かった。私は夢中になって走り続けた。


「おーい! 」


どれだけ大声で叫んでも彼女は振り返らない。全身から汗が噴き出し、喉はとっくに干上がっていた。走りながらストップウォッチを確認すると15秒と表示されている。足が絡まりその場に倒れこむ。あともう少しで手が届きそうなのに彼女との距離はとてつもなく遠いように感じた。


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あれは2年前の夏の日のことだった。あの日は彼女が先に待ち合わせ場所に着いていた。私は電車が少し遅延していたこともあって3分だけ遅れて到着した。でも、そこに彼女はおらず、ぐちゃぐちゃになったトラックと血だまりがあるだけだった。こんな約束さえしなければと自分を恨んだ。数日後、私は失意の中ふと入った酒屋の店主に声をかけられた。


「あんた、その顔は女にでも逃げられたか? 」


「……」


私はその言葉に答えなかった。腹が立ったとかそういう訳ではなく、ただ返答をする気力すら無かったのだ。



「その女にもう一度会える方法教えてやるよ。」


「天国にいてもですか? 」


普段の私なら初めて会った老人の話など聞き流すだろうが、あの時は何かしらの希望を求めていたのだろう。だから、私は消え入るような声でそう答えたのだ。


「ああ、簡単だよ。見つけて連れ戻しゃいいんだ。」


老人はそう言ってストップウォッチを渡してきた。


「いいか、天国なんてとこはありゃしない。みんな死んだら別の世界に行くんだ。だからあんたもあっちへ行って見つけてくりゃいい。」


ストップウォッチには何も表示されていない。


「一つの世界に留まれるのは3分間だけだ。まあ、いつ見つかるかは俺も分からんがそんなに好きなら男みせてみい。」


私はボタンを押した。その瞬間に目の前が真っ白になり、気が付くと見たことのない場所に立っていた。

空を見上げるとどす黒い赤色をしており、後ろを振り向くと二足歩行のカエルがこちらを睨んでいた。私は急いでその場から逃げた。背後からあの化け物が追いかけてくる音が聞こえる。だた一心不乱に逃げ続けているとまた目の前が真っ白になった。

次は薄暗い森の中だった。

その次は誰一人いない荒廃した町だった。

その次は高さ100mは優に超える巨人たちの住む世界だった。

何度世界を移動しても彼女の姿はおろかまともな人間にさえ出会うことが出来なかった。それから何度繰り返したのだろうか。その世界に与えられた最初で最後の3分間を何千何万回も繰り返し、私の心はひたすらにすり減っていった。見たことのない虫が這っている薄暗い洞窟の中に座り込みストップウォッチが0になる瞬間を死んだ目で見つめていた。目の前が真っ白になり、そして空には2つの太陽が昇っていた。


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歯を食いしばって起き上がる。ここには化け物も巨人も恐竜もいないじゃないか。今より辛い世界など幾千と経験してきた。私は自分を鼓舞して、もう一度走り出す。彼女はもうすぐそこにいる。ストップウォッチが0秒を表示すると同時に私は彼女の手をつかむ。


「ごめん、ちょっと遅れた。」


「もう、3分遅刻だよ。」


あの日見ることの出来なかった優しい笑みを浮かべながら彼女は言った。目の前が白く光り、気が付くとあの日の待ち合わせ場所に立っていた。空には1つの太陽と青空が広がり、そして二度と離すものかと彼女の手を握りしめた。

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3分遅れの待ち合わせ 秋田健次郎 @akitakenzirou

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