謎の未確認五体

逃げ惑う大勢の人々。

 阿鼻叫喚が渦巻き、街は恐怖に包まれていた。


「ひ、ひぃいいいーーーーーーーっ!」


 スーツ姿の男が道に倒れた。

 男は後ろを振り向き、恐怖に顔を歪める。


「うわっ! あ、あぁ……や、やめ……」


 背後からゆっくりと迫るオレンジ色の悪魔、五頭殺人南瓜フィフスヘッド・パンプキン

 破れた黒い布きれを纏った、緑色で筋肉質なヒト形の胴体。

 その上でバスケットボ―ルより、一回り大きな南瓜頭が五つ、メリーゴーラウンドのように不気味に回転しながら男に問いかける。


『Trick or Treat……!? Haaaa……!』


 五頭殺人南瓜が空に向け手を広げると、回転していた頭部の一つが手の上に移動した。

 そして、そのまま勢いよく、怯える男の頭にパンプキンヘッドをすっぽりと被せる。


「うぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 闇夜を切り裂く悲鳴。

 くり抜かれたパンプキンヘッドの穴から、恐怖に歪む男の顔が見えた。


 パンプキンヘッドがミキサーの如く回転する!


「ぐぇべ、ご!? ぐぎべごぁ……!」


 次の瞬間、男の頭部がねじ切れ弾け飛ぶ!

 ギザギザにくり抜かれたカボチャの口からは、メントスコーラのようにおびただしい量の鮮血が噴き出した。


 激しく身体を痙攣させながら、その場に倒れる男。

 そして、男の返り血を拭いもせず、五頭殺人南瓜は別の獲物を狙い走り出す。

 いつの間にか、五頭殺人南瓜の頭は五つに戻っていた……。



 血まみれになり倒れていた男が、しばらくするとゆっくりと起き上がる。

 被せられた南瓜頭がぼんやりと不気味な光を放ち、新たな悪魔が誕生した。


『Trick or Treat!』


 画面には血に濡れた五頭殺人南瓜がアップになった――。



 ***



 俺は動画を止め、改めてドラマの紹介を読む。

 う~ん、殺人南瓜シリーズのこの凄まじいまでのB級感……悪くない。

 アメリカでもコアな人気があるようで、もうⅤシーズンも続いている。

 ちなみに、シーズンごとに頭が増えているのはお約束だろう。


「次は六つか……」


 今のところ、まだ期待の方が上回っている。

 一応、マイリストに入れておこう。



 やっぱり、カボチャと言えば、ハロウィン。

 そろそろD&Mでもハロウィンイベントを考えておかなければ……。


 俺は月刊GOダンジョンのハロウィン特集を読みながら、何か良い案はないかと考える。

『ウツボハスでランタンを作ろう』か、うーん、いまいち気乗りしない。

 有りっちゃ、有りだが、もっと夢のある感じの――


「ん?」


 ある記事で目が止まった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 第232回 ダンジョン都市伝説      文:小日向 慎二

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 街はハロウィン一色……。

 というわけで、今回はハロウィンの日に現れる特別なモンスの話をしたい。


 その名は『ケルター・スケルトン』。


 五体のスケルトンによって構成された謎のモンスパーティーの総称。

 大量のジャック・オー・ランタンを従え、ダンジョン内を練り歩くという伝説のモンスである。

 一説によると、ケルター・スケルトンは、古代ケルト人の英霊だとか……!?


 残念なことに、彼らと会うことは不可能だと言われている。

 だが、そう言われると会ってみたくなるのが人の性というもの……。

 そこで、ある北欧の村に伝わる風習を紹介しよう。

 方法は至って簡単だ。

 

 [手順1]

 12時・15時・17時・19時・21時のいずれかの時間、ダンジョン内にオレンジ色のカボチャランタンで祭壇を作る。

 祭壇を置く場所は、ダンジョンのできるだけ奥の方が良い。


 [手順2]

 ランタンに願い事を書いたペーパーを入れる。


 後は翌日燃えて灰になっていれば、願いが叶うという。

 なんとも、ファンタジックでお手軽な風習だ。


 ちなみに、ジャックは同種を見つけると、互いに身体を打ちつけて、内に宿す炎を触れ合わせる習性がある。

 その際、タン、タン、と乾いた音が響くことから、北欧諸国では『パンプキン・ノック』と呼ばれ、聞くと幸運が訪れると言われているのだ。

 上記の風習は、このジャックの習性を見た古代人が考えたのかも知れない。

 また、ジャックの火を『聖火』として崇める土着信仰も存在する。


 果たして、彼らの願いは叶ったことがあるのだろうか。

 それは、ケルタースケルトンのみぞ知ることである。


 追記:成功した際には、編集部にご一報を。

 ※昨年、編集部で実験済。灰にならず……。


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 お、記事を書いたのは以前ベビーベロスの取材に来た小日向さんか。

 ちょっと信じがたい話ではあるが、興味を惹くのは確かだ。


 ケルタースケルトン……。

 本当に存在するのだろうか?

 それに、ダンジョン内を練り歩くとなると、他のモンスとバッティングしてしまう気がする。


 でも、イベントとしては、何か良さそうだよなぁ。

 大きいランタンを一個作って、くり抜いた中身はパンプキンパイでも作って皆で食べるとか。 

 願い事ってのも、ウケが良さそうではある。

 ケルタースケルトンが出現してもしなくても、ワイワイやるだけで楽しそうだし……。


「よし、やってみるか!」



 ***



 ――数日後。


「いらっしゃいませー!」

「こちら良かったらどうぞー」

 花さんがカップルダイバーに、一口大に切り分けたパンプキンパイを差し出した。


「へぇ~、何か賑やかだね?」

「ねぇ、わたし食べた~い」

 彼女さんが彼氏に甘えた声でねだる。

「ふふ、いいよ。じゃ、お姉さん二個貰えますか?」

「はい、どうぞ~」

 パイを頬張ると、「おいひぃー」と彼女は目を細めた。

 彼氏も「ほんとだ、イケるね」と頷いている。


「ありがとうございます!」


 よしよし、中々の出だしだぞ……。

 俺は賑わうカウンター岩前を眺めた。


 若いダイバーに混ざって、ご近所の奥様たちもパイを食べに来ている。

 ダンジョンに入る奥様はいないが、今日はお祭りだ。

 大勢でワイワイできればそれでいい。

 いつも楽しい事をやっているというイメージが大事なのだ。


 カウンター岩前は、一面ハロウィン装飾を施した。

 特に気に入っているのは、お化けに扮装したモンスたちのぬいぐるみ。

 今回もホームセンター島中の平子A協力のもと、格安で用意することができた。

 持つべきものはコネクションである。


「ジョーンさん、良い感じにお客さん来てますね」

「うん、この分だとパイも全部出ちゃうかな」


 花さんと話していると、

「すみませーん、こっち紙が無くなりましたー」とお客さんに呼ばれる。

「はーい、今お持ちしますのでー」


 俺はカボチャシルエットに切ったメモ紙の束を、簡易テーブルを囲むダイバー達に配った。


「わー、かわいい~、かぼちゃ型だぁ~」

「しかしケルタースケルトンなんて、初めて聞いたなぁ」

「何でも北欧に伝わる伝説だそうです。実際に見るのは難しいと思いますが……まぁそのぉ……お祭りみたいなものですので」

「まぁ、悪くはないね」

「北欧だってー。オシャレじゃない?」

「良かったら、詳しい説明がこちらに」

 すかさず、今回のイベントポスターに手を向ける。


「へぇ~!」

 カップルダイバーが興味深そうにポスターを眺める。

 内容はケルタースケルトンの伝説や、今回のイベントの案内だ。


「なんかエモくない?」

「うん、エモいエモい」


 俺はその様子を見ながら、そっとその場を離れた。

 よしよし、興味は持ってくれたようだな……。



 ――今回のハロウィンイベントは、とても単純だ。

 まず、パンプキンパイのサービス。

 これは、爺ちゃんのツテで仕入れた大きめのカボチャをくり抜いた中身で作ったもの。

 料理上手な陽子さんに手伝ってもらったお陰で、美味しく作ることができた。

 ちなみに一口大に切り分けたのは、花さんのアイデアである。

 

 そして、オレンジの色紙でカボチャ型の用紙を用意、ダイバー達にはそれに願い事を書いてもらう。

 風習に習い、設置した祭壇へ、ダイバー自ら紙を入れてもらおうというわけだ。

 初めは祭壇を時間毎に設置しようとも思ったけど……、色々と考えた結果、色んな場所に祭壇を設置して、オリエンテーリングっぽい要素を加えてみることにした。


 設置場所は、D&Mのブレーンである花さんに選んでもらったのだが、これが見事にハマった。

 モンスに気付かれそうな場所や、セーフポイントとなる死角を潰すように置いてみたりと、これがまたいい具合に攻略難度を上げているのだ。


 結果、ダンジョンはヘビーな常連層から、ライトな一見さんまで入り乱れての賑わいとなった――。



 ***



 モンスも眠る丑三つ時……。

 ダイバーたちの願いを入れたランタンの祭壇が、フロアのあちこちで、ぼんやりと浮かぶように取り残されている。

 昼間の賑わいが嘘のように、ダンジョンは静寂の薄闇に包まれていた。


 どこからともなく、ちいさな光が灯る。

 ひとつ、またひとつ――。

 徐々に光は増え、加速度的に拡がっていく。

 その光の集合体の中から、神々しい装飾の祭衣に身を包んだ五体のスケルトン達ケルター・スケルトンが現れた。


 先頭には、縦型の旗を掲げたスケルトン。

 その後ろに、二列に並ぶスケルトンが四体、剣を天に向け正面で携えている。


 しばらくの間、その場に佇んでいたケルタースケルトンは、無数のジャック・オー・ランタンを従えて歩き始めた。

 タタン、タタタン、タン……とパンプキンノックの音がそこら中で重なり、まるでダンジョンは街の雑踏のように騒然とした雰囲気に包まれる。


『ぴょ!?』


 岩壁からラキモンが丸い顔を覗かせた。

 ケルタースケルトン一行を見つけたラキモンは、跳ねながらその隊列に交じる。


『うぴょぴょーっ! どこまでいくラキか~?』


 ラキモンが尋ねるが、ケルタースケルトンは反応しなかった。

 寡黙に、何をするわけでもなく、ただ、ダンジョンを練り歩いていく……。


 眠っていたモンス達も余程珍しかったのか、ケルタースケルトン一行の後ろに続いてぞろぞろと歩き始めた。


 まるで百鬼夜行さながら――。

 次第にそれは、長い長い列となり一つの環を形成する。


 メビウスの輪のように連なったケルタースケルトン達の夜行は、初めと終わりがわからなくなった。


 祭壇に気付いたジャック・オー・ランタンが反応を示す。

 列の中から、一体のジャックがふらふらと近寄ろうとしたその時――、それを見ていたラキモンが、素早く飛び出して祭壇のランタンを横取りした。


『ぴょっぴょっぴょ、もしかして……これは食べれるラキか?』


 ラキモンは何を思ったのか、ダンジョン中の祭壇に置かれたランタンを、ジャックやケルタースケルトンが見つける前に、全てカウンター岩前に集めてしまった。まさに神出鬼没、ラキモンならではのスピードである。


 祭壇のランタンがダンジョンから消えてしまったが、ケルタースケルトン達は気に留める様子はない。

 異様な熱気を帯びながら、モンスの行進は続いていく……。



『ぴょ~、疲れたラキね……』


 カウンター岩前、独りランタンの山に凭れ、ぐったりとしていたラキモンはぴょんと起き上がった。

 そして、満を持してランタンに齧りつく。


『ぴょー、ガツガツ……んー、もぐもぐ……んがラッ?』

 勢いよく咀嚼していたラキモンが硬直する。


『びょ、びょえ~……、お、おいしくないラキ~……』

 ラキモンは苦虫を噛んだような顔でランタンを地面に転がすと、またダンジョンへ戻っていった……。



 ***



「さて、祭壇を回収しないと……!? あーーーっ! なんだよこれ!?」


 翌日、出勤したジョーンがカウンター岩前に転がっているランタンを見つける。

 転がっているランタンを手に取ると、不審な噛み跡が……。


「こ、この歯型、もしかして……」



 この日から、ラキモンの好物である瘴気香はしばらくお預けとなった……。

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【書籍化記念SS】某大手ダンジョンをクビになったので、実家のダンジョンを継ぎました。 雉子鳥幸太郎/DRAGON NOVELS @dragon-novels

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