【書籍化記念SS】某大手ダンジョンをクビになったので、実家のダンジョンを継ぎました。

雉子鳥幸太郎/DRAGON NOVELS

それは、謎の四角錐

 ぬぅ……、俺は壇ジョーン。D&Mというダンジョンを経営している主人公だ。

 きっと、初見の方はわけがわからないだろう。

 ただ、俺もわけがわからないし、自己紹介もしたいと思っている。だが……。

 いまは、そんなことどうでもいい! それよりも、ヤバいヤバい。




 ―― 池 の 水 が     !



 ……ことは数時間前に遡る。

 いつもどおりに、カウンター岩で仕事をしていると、当ダンジョンの常連JKコンビ、絵鳩と蒔田がやって来た。絵鳩は相変わらず猫のような鋭い目、蒔田は声が小さいDIY系微ぽちゃ女子である。


 受付を終えた二人はダンジョンに向かい、俺は愛想よくそれを見送る。

 なんてことはない、良くある日常の光景だ。


 それから、しばらく他のダイバーたちの接客や、染め物の注文などをこなしていると、ダンジョンの奥から探索ダイブを終えた絵鳩と蒔田が戻った。


「お疲れさまー」

「おつです」「……です」

 相変わらず蒔田の声は小さくて聞こえないが、最近はニュアンスでなんとなくわかるようになってきた。慣れって大事だと俺は思う。


 二人が帰り支度を済ませ、

「じゃあ、またきますねー」「お……でした」と手を振る。

「うん、ありがとう」

 二人を見送っていると、去り際に、絵鳩が何かを思い出したように立ち止まった。

「あ、そうだ。ジョーンさん、池の中にピラミッドがありましたよ」

「え⁉」

「じゃ、おつでしたー」

 絵鳩はそれだけ言うと、蒔田と二人で帰って行ってしまった。

「あ、ちょ……」

 ……ピラミッド⁉


 急いでデバイスを確認するが、特にフロアマップに変化はなかった。

 ビューモードに切り替えて、池を見る。


「うーん、よくわからないなぁ……」

 拡大も限界だし、近くに行かないと無理っぽい。

 となると、閉店後まで待つしか……。


 や、ヤバい! 見たい! 確かめたい!

 今すぐに、池の水を抜きたーーーーいっ‼‼


 とまあ、こんな感じで俺は一分一秒でも早く、営業時間が終わるのを待っている。


 今回、矢鱈さんも、リーダーもいないので、自分で調べるしかない。

 他の常連さんに頼もうかとも思ったが、結局は自分で見たいという欲が勝ったのだ。


 ――閉店後。

 俺は急いで閉店作業を終わらせ、早速十三階層へ向かうことにした。


 デバイスをCLOSEに切り替えて、ダンジョンを駆け下りる。

 洞窟、迷宮とフロアを抜け、密林フロアへ。


 虫系モンスは休眠していないやつもいるので、刺激しないように進む。

 池のある十三階層につくと、以前水蜘蛛みずぐもイベントをやった時の生き残りが数匹、スィ~っと気持ちよさそうに水面を滑っていた。

「寝ててくれりゃいいのに……」

 俺はぶつぶつと文句を言いながら、そっと池のそばまで行って中を覗いた。

 ピラミッドって、一体どんな感じ……? と思いながら、よーく目を凝らす。

 が、それらしき建造物は見当たらない。

 ……。

 どういうことだ?


「‼」


 その時、一匹の水蜘蛛がスィ~っとこちらに向かってきた。

 咄嗟とっさに草むらに身を隠して様子を伺う。

 モコモコのフォルムと軽やかに水上を滑る姿は愛らしいが、騙されてはいけない。

 単体ではそれほどだが、一斉に襲われると厄介な相手なのだ。


 俺は水蜘蛛がシャーッとカーブを描き離れていくのを見計らって、また池をのぞいてみる。


 やはり、ピラミッドらしきものは……。

 ――と、その時。


 池の底で、何かが動いたような?

 あー、水面が動いてよく見えない。

 しかも、向こうから水蜘蛛がV字編隊を組んで迫ってくる。

「やべっ」 

 やむなく、俺は一旦引き上げることにした。



 一階へ戻った俺は、ひとまず作戦を練るために珈琲を飲む。

「ふぅ……」

 デバイスで極端にフロア環境を変えるのはモンスにも良くないし……。

 また、モンス構成を練り直すはめになってしまう。

 花さんに頼めば、船木ふなきメソッド(モンス・コア・アレンジメント)の知識で、以前のように助言してくれるとは思うが……。

 そんな大事おおごとにするつもりもないし、何とか自分の力でサクッと打開してみたい気持ちが強い。


 要は、ゆっくり池の調査ができればいいんだよな……。

 少し冷めた珈琲をぐいっと飲み干す。


 邪魔なのは水蜘蛛……。

 メンテナンスモードにする手もあるが、それはクソ程にロマンが無いでしょう。

 何事も楽しんでこそのダンジョン経営だと俺は思う。


 そうだ! モンス寄せ石鹸を細かく切って、遠くに投げればそっちに寄るよな?

 うん、これは良さそう。


 あとは、池に潜って調べたいから……。

 俺はアイテムボックスから、


 ・ミルワームのふん

 ・ケローネ油

 ・パパバットの皮

 ・スコロペンドラの手銛てもり

 ・ドラゴンフライの眼球


 を取り出した。


「よし、始めるか」

 まず、カウンター岩にあるモンス寄せ石鹸を六等分に切り分けていく。

 ククク……これで水蜘蛛を追い払うのだ。


 次に、ドラゴンフライの眼球を半分に割り、水洗いしてモイスチャーな部分を取り除いていく。

 かなり頑丈なので、力強くこすっても大丈夫だ。

 綺麗に取り除くと、半円ドーム状のカプセルのようなものが残る。

 ここで、ミルワームの糞を用意。

 一般的に武器の研磨剤に使われることが多い。

 糞といっても、粗いペースト状で土の匂いしかしないのでご安心を。


 これを布に少し取って、眼球を磨いていく。

 根気よく磨いては水ですすぎ、また磨く。

 これをひたすら繰り返していくと、徐々に透き通って向こうが見えるようになってくる。

 TIPS:お湯ですすいでしまうと透き通らずに曇ってしまうので注意。


「うん、こんなもんかな」

 磨いた眼球を目に当てて、辺りを見回してみた。


 おぉ~、わずかにゆがんで見えるが、これだけ見えれば充分だ。

 仕上げに、ケローネ油を表面に薄く塗り、しっかりと磨き上げればOK。

 これをパパバットの皮で作ったベルトで繋ぐと、簡易水中メガネの完成である。

 

 あとは、身体に、ケローネ油を塗り込んでいく。※ケローネ……カエル型モンス。

 ケローネ油はかなり使い道が多く、身体に塗ることで水の中で体温が下がるのを防ぐ効果もあるのだ。

 全身に塗り終えたあと、ダイバースーツ+60を着て、スコロペンドラの手銛てもりを持つ。手銛はあまり使ったことがないのだが……、まぁ念の為。


 よし、これで準備はできた。

 ピラミッドの謎は、俺が解くっ!


 ――再び十三階層。

 持ってきたモンス寄せ石鹸を、池の端から思いっきり遠くに投げた。

 草陰から様子を伺っていると、水蜘蛛たちが一匹、また一匹と石鹸を投げた方に向かっていく。

「よしよし……」

 俺はすばやく池に近寄り、中を覗くが、やはり外からだと見えにくい。

 辺りを再度見回して、水蜘蛛がいないことを確かめると、池に入った。


「ごぼぼ………」


 おぉ! ドラゴンフライの眼球で作った水中メガネが良い仕事をしてる‼

 はっきりと水中が見えるぞ!

 俺は顔をつけたまま、池の中心に向かって歩いた。

 中心に進むにつれて、段々と深さが増していく。


「ごぼぼ、んんん……⁉」

 しばらくして、遠くに高さ一メートルくらいのピラミッドを見つけた。

 一旦、浮き上がり顔を上げる。


「ぷはぁーっ! あった、マジでピラミッドじゃん」

 興奮冷めやらぬまま、大きく息を吸い込むと再び水中に潜った。


 ピラミッドは池の底にひっそりと佇んでいる。

 小さいな……。

 一体、これはなんだろう……。

 俺はピラミッドに近づく。

「ごぼ……?」

 あっ! ピラミッドの側に、さらに小さなピラミッドがニつ!

 すごい!

 ていうか、これは何らかのモンスが建造した遺跡なのだろうか?

 池ができる前に、実はモンスがピラミッドを作っていたとか……?

 ムー、謎が深まる。


 と、その時――ピラミッドが動いたような気がした。

「ごぼぼっ⁉」

 何だ? 俺は手銛でピラミッドをつついてみる。

 すると、ピラミッドが……と歩き始めた。

「ごぶっ! ごぼぼぼ⁉」

 思わず水面から顔を出した。

「ふわーっ! な、なんだあれは⁉」

 ピラミッドが動く……だと?

 慌てて息を吸い込み、また水中に潜った。


 そして、俺は自分の目を疑う。

 池の底には、無数のピラミッドが蠢いていたのだ。

「ごぼぼぼっ‼⁉」

 ピラミッドは大小様々で、ゆっくりと移動していた。


 こ、これは……。

 何かのモンスだろうか?

 うーん、危険かも知れないが……。

 俺は意を決して、小さなピラミッドをひとつ掴み、池の外に持って上がることにした。



「ふぅー……」

 ケローネ油の効果で驚くほど水が弾かれる。

 身体はもう、半乾きに近い。


 俺は素早く茂みに走った。

 うぅ、水から上がったばかりで身体が重い。


 手頃な木陰で、ピラミッドの観察を始める。

 見たところ、石で作ったピラミッドの模型といった感じ。


 改めて重さを確かめてみようと、ピラミッドを右手で上下した。

 あれ? 思ったよりも軽いなぁ……。


 コンコンとノックするように叩くと、ピラミッドの底部分からカニのような節足が、わらっと飛び出した!


「うぉっ‼」

 思わず地面に落としてしまい、逃げようよするピラミッドを慌てて追いかけて捕まえる。


 ふぅ、危ない危ない。

 ピラミッドを持ち上げると、やめろーと言わんばかりに、うにうにと節足が動く。


 こ、これは……。


 触ってみると、まさにカニ。ハサミこそないが、硬い殻には小さなトゲトゲも付いている。鍋に入れた姿を想像してみるが、ちょっと食べる気はしない。

 絵面は良いんだが……。

 

 俺は細かく観察をした後、ピラミッドを池にリリースした。

 灯篭流しのように、池に戻っていくピラミッドを見送る。


「達者でな……」

 微妙な気持ちになりながら、帰ろうと振り返った俺の前に、白い壁が立ち塞がる。


「え? ちょ⁉」


 ハッとして見上げると、白い鱗を持つ大蛇リュゼヌルゴスが青い牙を見せていた。

 全身からは、薄いピンク色の粘液がぬらぬらと滲み出している。

「マ、マズいっ!」

 その瞬間、大きな口から赤い粘液が吐き出される。

 咄嗟に身を躱し、俺は走り出した。

 

「ひぃーーーーーーーーーーーっ!」


 くそっ、なんで……あっ!

 リュゼヌルゴスの好物であるケローネの油。

 それを全身に塗りたくっていたのだ、襲われない方がおかしい。

 CLOSE中だというのに、なんて食欲だよ……。

 必死に走り、なんとか逃げ切った俺は、一階に戻りそのまま地面に座りこんだ。


「あー、疲れたぁ~」


 しばらく休んで、着替えを済ませる。

 温かい珈琲を淹れたあと、タブレットデバイスを手に取り、ネットでピラミッドの件を調べることに……。


 検索 ピラミッド カニ モンス


 うーん、なかなかそれらしい情報がないな……。

 別のワードで調べてみる。


 検索 ピラミッド 節足 池 モンス


 お! これだっ!

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

    ダ ン ジ ョ ン オ ー ナ ー に な ろ う !

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 20**/01/09 「水場の掃除屋さん、バミューダマイマイ」 56イイネ


 名前 :バミューダマイマイ


 生息地:池、海水以外の水場など


 大きさ:成体で20cm~50cm程度


 特徴 :群で行動し、上モノは生息地によって変化する。

     ピラミッドであったり、パルテノン神殿のような個体も目撃され

     ている。水の汚れを浄化するので経営側としては、なるべく倒さ

     れたくないモンスである。ドロップは基本的に上モノで、集めて

     いるダイバーは意外に少ない。


 メモ :満月の夜に、一斉に水から上がって求愛行動をする。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺は画面から目を離した。

 ふーん、バミューダマイマイか……。

 これは知らなかったなぁ。


 やはりダンジョンは奥が深い。

 まだまだ知らないモンスや謎が眠っているのだろう。


 ダンジョン沼時代を経て、某大手ダンジョンをクビになり、自らダンジョン経営に踏み切った俺。

 もう、ある程度わかったつもりでいたのだが……。


「俺もまだまだ勉強不足だよなぁ……」


 そう呟いて頭を振り、俺はダンジョンを出た。

「うわ、暗くなってるし」

 すっかり陽が沈み、空には綺麗な三日月が浮かんでいる。


 求愛行動ってどんな感じなんだろう……。

 一度、満月の夜に覗いてみようか?

 そうだ、ツアーイベントにしても面白いかも。

 いや、写真に撮ってSNSに……。

 俺はそんなことを考えながら、家路に就いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る