絶対に破綻させてはいけない5分間

毒針とがれ

お題『ルール』

 奈落渡神楽ならくわたりかぐらのことは、正直よく知らない。

 同じクラスであるものの、彼女はいつも人の輪の中心にいるようなタイプの人物で、対する俺は地味なグループの中でもモブに近い存在。

 相容れない、真逆の立場。

 奈落渡にとっての俺なんて、卒業したら顔も名前を忘れてしまうようなレベルだろう。空気遠近法のもやに隠れて消えてしまうような、そんな人間。

 ・・・・・・の、はずなのだが。

「じゃあ、またねー神楽」

「うん、また放課後ねー」

 と言って、奈落渡は手を振って友達と別れる。

 現在、午後3時19分。

 クラブ活動が始まるまで、残り11分。

 誰も彼もが出払って教室に俺と奈落渡の二人だけ。会話はない。ただ黙って、時計の針がチクタク進むのを待っている。

 秒針がてっぺんを回る。

 午後3時20分。

 ばっと、お互いに顔を背けていた俺たちは向き合った。

「ついにこのときが訪れたわ!」

 しまった、先手を取られた。

 という認識でいるのは俺だけではないようだ。主導権を握ったと分かっているのか、奈落渡の方も得意げな笑みを浮かべている。

 そのまま、場を支配するような大きな声、

「長きにわたって支配されてきた我が王国の歴史も今日終わるわ! この私の秘剣、シュバルツ・ソードによって悲劇を絶つ!」

 もちろん、ただの演技である。

 奈落渡は普通の高校生に過ぎないし、ここは独立国家日本だし、彼女が握っているのはHBの鉛筆である。

 しかし、俺たちの間には暗黙のルールがある。

 今から5分間、何があっても場を破綻させてはならない。

 いわゆる『即興劇』というやつである。

 俺は考える。鉛筆の先をこっちに向けていることから、期待される役割は要するに支配している側・・・・・・つまり敵役であるわけだが、それに安直に乗っかるのはどうにもシャクである。

「お待ちください、姫様!」

 ちょっと変化球を投げてみようか。

「いかに姫様が我が王国一のシュバルツ・ソードの使い手とはいえ、相手の騎士団長も同じく帝国一のヴァイス・ランスの槍術の使い手であります。正面からやり合うのは愚行ではありませんか?」

 なるほど、そう来るかという表情を奈落渡はしていた。

「・・・・・・止めないで、セバスチャン」

 だが、一瞬で俺の立場を読み取ったらしく、ノリノリで謎の名前を授けてくる。

「私が戦わなければ、我が王国一千万の民の未来が漆黒の闇に呑まれるわ。たとえこの身が串刺しにされようとも、私は行く!」

 何だろう、さっきからワードのチョイスがどことなくむず痒い。もしかして厨二病なのかな、奈落渡?

 だったら、今度は乗ってみるか。

「・・・・・・姫様、あなたは大きな勘違いをしておられる」

「何ですって?」

「この国をあらゆる邪悪から守ってきた『結界』・・・・・・その源は、高貴な王家の血筋であります。ここまで言えば、聡明なあなたなら分かるでしょう?」

 ちょっと大仰な設定にしすぎただろうか。どうしても即興だと加減の調整が難しいな。

「まさか・・・・・・姫である私こそが、結界の源だったというの!?」

 しかし、奈落渡は大満足だったようだ。

 瞳を大いに輝かせて、オーバーリアクションで驚いてみせる。そのまま打ちひしがれて、その場にへたり込んだ。

「・・・・・・・・・・・・しかしセバスチャン、あなたこそ大きな勘違いをしているわ」

 あ、今ちょっと考えてたな。

 即レス主義の奈落渡にしては不自然な間だった。それでも、場を破綻させずに思考する時間を作る演技力はさすがである。

「初めて明かす事実だけど、私は本当の姫ではないの」

 また新しい設定を増やしてきたな。

 俺は黙って続きを待つ。

「この日のために、たとえ決闘で負けても結界が揺るがないように用意された替え玉が私・・・・・・本物の王家の血筋は『執事』として巧妙に隠されてきたのよ!」

「な、何ですと!?」

 素の反応が入った俺の驚き。

 なんちゅーパスを投げてくるんだ、奈落渡!

 自分で広げた設定が仇になってしまった。まさか、自分の方が結界の源にされてしまうとは・・・・・・どうする、このままじゃ動揺でリアクションが止まってしまう!

 キーンコーンカーンコーン。

 学校の予鈴が鳴った。

 5分が経過したのだ。途端に、俺と奈落渡の間にあった緊張した空気が弛緩する。

「・・・・・・なかなか投げてくるようになったじゃない」

「あんたこそ、突飛な設定を投げてくるようになったな。何だよ、シュバルツ・ソードって?」

 しばし、感想戦。

 お互いの良かった点や反省点を言い合う。

「それじゃ、また明日ね」

 午後3時28分、奈落渡は手を振って教室から出て行った。

 奈落渡神楽のことは、正直よく知らない。

 どうして俺に即興を仕掛けてくるようになったのか、それが彼女にとってどんな意味があるのか、全く俺は知らない。卒業までに明らかになるのかも分からない。

 だけど、別に構わない。

 午後3時20分から5分間、何があっても場を破綻させてはならない。

 俺たちの間には、そういう関係ルールが確かにあるのだから。(完)

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絶対に破綻させてはいけない5分間 毒針とがれ @Hanihiro

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