第2話

 川は少しずつ広く、大きくなっていきます。やがて、別の小さな川と合流しました。二つの川は交わって、流れは小さな渦巻きをたくさん作りました。笹の船も渦に巻き込まれ、二、三度くるくると回転しました。その回転が止まらないうちに、流れに変化が生じました。何か大きなものが流されてきたのです。船は新しい流れに押されて、少し川岸の方へ移動しました。よく見ると、それは途中からポッキリと折れた木の枝でした。船はその枝の一部にひっかかり、枝と一緒に押し流されていきました。


「やあ、これは小さな旅人さん。こんにちは」

「こんにちは」

 急に挨拶をされて、船はびっくりしましたが、挨拶を返すと、枝はにっこりと笑いました。

「きみは何処から流れてきたんだい?」

 枝がそう尋ねました。

「・・・ずっと遠くから」

 船はそう応えました。他に応えようがなかったのです。船は自分がいた場所の地名など知らないのですから。

「あなたは何処から来たんですか?」

 船は、枝の方を見ました。枝は、船よりもずっとずっと長く生き、ずっとずっと長く旅してきたように見えました。船には、枝から聞きたいことがたくさんあったのです。

「・・・私も、ずっと遠くからだよ」

 そう言ってから、枝は少しだけ黙り込みました。ずっと遠くだというその故郷のことを思い出していたのかも知れません。

「・・・そうだなあ」

 やがて、枝は口を開きました。

「私は昔、親の木にしっかりとしがみついていた貧弱な小枝だったんだよ。親の木はね、私をしっかりと捕まえて、いつも離してはくれなかった。なんの危険もなく、安心出来る場所だったのだけれど、私はいつも不満だったのさ。同じ景色ばかり見て過ごす平凡な日々に・・・。

 どちらを向いても同じ仲間の木々ばかり。実際、飽き飽きしていたんだ、あの林には・・・。

 だから、ある日、人間の子供たちがやってきて、私を親から切り離してくれたときは大喜びさ。そりゃあ、痛かったよ。折られたときはね。身体がジンと痺れて、気を失いそうだったよ」

 枝はその時のことを思い出したのか、ひどく痛そうに体を震わせました。

「でも、同時にすごく嬉しかったなあ、あの時は」

 枝は遠くを見るような様子で続けました。

「あの時、親や仲間の木々たちが、心配そうに私を見ていた。でも、私はやっと自由になれたような気がしたんだ」

 船は枝の話を聞きながら、自分が船になる前のことを思い出していました。風に吹かれて、ゆうらりゆうらり揺られながら、同じ景色を繰り返し繰り返し、見ていた日々。

 でも、今は違う。


「私は、やがて子供たちの手から放り出され、小川に落ちて、それから今の生活をしているんだが・・・」

 前方に、大きな岩があるのが見えました。川岸付近を漂っていた枝と船は、それにぶつかって止まりました。

「近ごろ思うんだよ。私は今、本当に自由なのかってね」

 岩にぶつかった勢いで、船は少しだけ枝から離れました。

「どうしてですか?」

 水の流れが、少しずつ船を枝から引き離していました。

「だって、そうだろう? 私たちは結局・・・」

 水音が喧しいくらいに響き渡っていました。枝は岩に引っ掛かったまま止まり、船は流れに乗っていました。枝の言葉は途中までしか聞くことが出来ず、船だけはどんどん流れていきました。

 ――あの人、何て言おうとしたんだろう?

 木の枝はもうだいぶ遠くに離れてしまい、蛇行して流れる川に流されているうちに、見えなくなってしまいました。

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