彼女と僕のちっぽけなルール

西藤有染

とある少年の告白

「ねえ、ルールをきめようよ! わたしたちのルール!」 


 彼女がそんな事を言ったのは、まだ僕がその言葉の意味を知らないような幼い子供だった頃でした。


「ルールってなに?」

「ルールっていうのはね、まもらないといけないやくそくのことだよ!」

「なんでルールをきめるの?」

「かっこいいから!」


 その言葉に首を傾げていると、彼女はこう続けたんです。


「あのね、おとなの人ってまもらないといけないルールがたくさんあるんだって。だから、わたしたちもたくさんルールをまもったらおとなになれるんだよ!」

「でも、それだったらパパやママのきめたルールをまもればいいじゃん」

「それだと足りないの! もっといっぱいルールがいるの! じゃないとおとなになれないの!」

「そうなんだ」

「そうなのよ!」

 

 今思い返すと、子どもならではの突っ込みどころ満載な理論展開に微笑ましさを覚えるところですが、当時の僕は彼女のその理論と気迫に「そういうものなのか」と普通に納得してしまいました。


「じゃあ、たくさんルールを決めないとね」

「うん!」


 そうは言ったものの、どういったルールを作ればいいのか、中々思いつきませんでした。幼いながら精一杯頭をひねって、あれやこれやと提案してみたんですが、彼女は納得してくれなかったんです。


「『ものをぬすんじゃいけません』っていうのはどう?」

「それはあたりまえのことでしょ? 『にほんのホーリツできまってることだ』ってママが言ってた」

「じゃあ『挨拶をする』っていうのは?」

「それはようちえんのせんせーと決めたルールだからダメ」


 こんな調子で、僕が提案したルールは尽く彼女に却下されました。


「じゃあ『あだ名』でよびあうっていうのはどう?」

「あだなってなに?」

「ちょっと短くしたなまえのことだよ。さくらちゃんだったら、さくちゃんみたいな。仲がいい人はそうやってよぶんだって」

「いいね、それ! じゃあこれからわたしのことはさくってよんで! けいすけくんはこれからけーくんね!」


 半ば適当に考えた案だったのですが、彼女はそれを気に入り、お互いをあだ名でよびあう事が決まりました。


「じゃあいっこめのルールは『あだなでよびあう』できまりね。それじゃあ、2つめはどうする?」


 そう無邪気に笑う彼女が、子どもながらに恐ろしかったですね。そろそろ帰る時間だから一旦帰って、また明日考えようと言って、その場を逃れたのは、我ながら機転が効いた行動だったと思います。ですが、家に帰ったところで、良いアイデアは一向に思い浮かびませんでした。何も良い案の無いまま、彼女に会う事が申し訳無い気がして、何となく気まずい思いをしながらいつもの場所へ行ったんですが、そこには僕以上に酷い顔をした彼女が待っていました。


「どうしたの? なんかあったの?」

「あのね、けいくん。2つめのルール、おもいついたよ」


 僕の質問を無視する形での返答でしたが、怒る気には全くなれませんでしま。それ程までに追い詰められた顔をしていたんです。ですから僕は、彼女の話を聞く事にしたんです。


「どんなの?」

「あのね、『あいてのことをわすれない』っていうのはどう? けーくんはわたしのことわすれちゃいけないし、わたしもけーくんのことわすれちゃいけないの」

「そんなの、あたりまえでしょ。ぜったいにわすれないよ」

「そうだけど。それでも、ちゃんとルールにしてきめようよ。ね、おねがい」


 僕はルールにしなくても忘れる気はさらさらありませんでしたが、彼女がルールにしたいというので、それに従う事にしました。


「いいよ。じゃあルールにしよう」

「ほんと?」

「うん。『ぼくはさくちゃんのことをわすれない』」

「『わたしもけーくんのことをわすれない』。いい? ルールだからね? ぜったいにわすれないでね?」


 この会話を最後に、彼女はいつもの場所に来なくなりました。親から人伝に聞いた話では、どこか遠くの町に引っ越してしまったそうです。

 こんなちっぽけなルールですが、僕は忘れずに今まで生きてきました。それ程に、彼女と過ごした思い出は大切で、忘れがたいものだったのです。しかし、彼女にとってはそうではなかったらしいですね。

 高校で偶然再会した彼女は、僕の事を覚えていなかったどころか、


「そんな小さい頃の約束なんて覚えてるわけないじゃん。ルールだかなんだか知らないけど、そんなの覚えてるほうがキモいって」


と、大切な思い出まで貶してきたんです。


 ルールは破る為にある。以前聞いた時にはただの冗談として聞き流していましたが、あながち間違いではないのかもしれませんね。だからこそ彼女も子どもの頃のルールを破ってしまったのでしょうし、であれば僕もルールを破っても問題の無い筈です。だから僕は彼女を屋上から突き飛ばしたんです。

 例えルールは守らなければいけないものだとしても、先にルールを破ったのは彼女です。

 僕が罪に問われる理由は無いですよね?

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女と僕のちっぽけなルール 西藤有染 @Argentina_saito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ