番外編 宰相閣下の宝物(未来の話)
「私はすでに、運命に出会っておりますから」
麗しき宰相閣下は、いつもそう言ってやんわりと――だがきっぱりと、自身の見た目と利権を狙い粉をかけてくる者達を拒絶する。
それでも、取り入ってくる輩は後を絶たない。女は見目と立場、男は権力のおこぼれにあずかろうと、頼みもしないのに「愛人はどうか」などと迫られれば、どれほど温厚な人間でも怒りを覚えるだろう。
イグニスの若き宰相は、表だって怒気を露わにすることはないが、いつだって全ての誘いを一刀両断してきた。
なぜならば、宰相閣下は国中に聞こえる愛妻家だったのだ。
元は王族なれど、すでに王籍は抜けており、一臣下として兄王であるゼニスに忠誠を誓っている彼には、結婚して十年以上たつ妻がいる。
表に出てくることは殆ど無いその細君だったが、麗しき宰相閣下は甘い声音ととろけた笑顔でこう語る――この世の宝、その全てをかき集めても、彼女には及び様もない、と……。
この麗しい青年が、それほどまで褒め称えるとは、一体どれほどの美姫なのだろうか? 人々は想像力を掻き立てられ、好き勝手に夢想する――。
結果、かつて添え物と言われていたのはあまりの美しさに表に出ることを拒んでいたからだ等と訳の分からない理由が流布し、宰相夫妻の姿絵が出回るようになったのだ。
王城にて、その報告を受けたゼニスは、眉間を揉みほぐしながら、大きく息を吐いた。
「城下どころか国中にお前の妻の姿絵が出回っているそうだ。中には素晴らしい出来のものもあるぞ。惜しむらくは、その全てが想像で描かれているという点だな」
添え物と揶揄され、おまけ程度の価値もなかった姫。それは全て、心ない者達を欺く仮の姿――そんな風に考える民の想像力は、逞しすぎた。
だが、それもこれも原因は目の前で笑っている弟であるとゼニスは知っている。
「セレストよ。お前は、誇張という言葉を知っているか?」
美男美女が描かれた姿絵を机におく。それをチラリと一瞥したセレストは、にこりと微笑んだ。
「これはおかしな事を、陛下。私は、何一つ偽りを申しておりません。我が妻は、数多の宝石よりも遥かに輝かしく、夜空を彩る月のように静謐で、美しい」
「……そうか……」
ゼニスは時々、弟の美的感覚はどこかおかしいのかと思ってしまう。
いや、別にセレストの妻が不細工だと貶めるつもりはない。地味ながらも、整った顔立ちをしている彼女は、美醜どちらだと問われれば美人と言っても差し支えない容姿だ。
だが、セレストが流れるように口にする美辞麗句が似合うような相手かと言われれば、それは言い過ぎではないかと、苦笑してしまう。
そもそも、母親によく似た美しい容姿のセレストがそこまで褒め称える相手として、世間が彼の妻に期待する数値というものが、跳ね上がってしまっている。
最近彼女が、表舞台に出てこないのは、そう言った理由もあるのだろう。
「セレスト。愛妻家なのは結構だが、少しは自重してやれ。ヴァイナスの精神衛生上のためにもな」
「は? ……困りました。これでも、以前恥ずかしいからやめてくれと頼まれて以降、だいぶ自重しているつもりなのですが……」
「これでか!?」
弟をたしなめたゼニスだったが、まさかの返答を受け、気苦労の絶えない弟嫁に同情したのだった。
添え物姫と、いとけない青 真山空 @skyhi
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