二度目の転生のルール

静嶺 伊寿実

死んだ冒険者たちの話

  カズキは目を覚ました。木造の小さな部屋に立っていた。隣にはエイイチとジュン、そして正面の机の上には台に乗ったウミガメがいた。ウミガメの横には立て札にこう書かれている。


 【ルール】

一、自分の死んだ理由を探して下さい。あなたが死んだ理由はここにあります。

二、自分が死んだ理由が分かり次第、女神に報告して下さい。

三、正解すれば記憶も冒険の続きからとなります。間違えると全記憶を無くした状態で冒険をやり直していただきます。

四、ここでの殺生は禁止となります。


「こんにちは、の皆様。ここは世界と世界のはざまです」

 ウミガメが口を開いた。ウミガメの声は針を震わせるような澄んで静かな女性の声だった。

「あなたがたは転生して魔王へ挑む冒険の最中さいちゅう、惜しくも命を落としてしまいました。もう一度転生したければ自分が死んだ理由を見つけ、わたくし女神に報告して下さい。それが条件です」

 このウミガメが女神らしい。隣にカズキと同じく布の服一枚で立っているエイイチが手を上げて質問する。

「女神様、記憶があればそんなの簡単だと思うんですけど」

「では覚えておいでですか?」

 と静かに聞かれてカズキ達三人は考え込んだ。覚えていること。カズキはエイイチとジュンとパーティーを組んでいろんなダンジョンに挑んでいた。カズキは大剣の勇者、エイイチが素早い盗人シーフ、エイイチが情報収集と回復が得意な僧侶。あれ、それしか思い出せない。覚えていたはずの呪文も装備も、霧をつかむような感覚で思い出そうとすればするほど遠ざかっていく。

「あなた方の記憶にあるのは名前と前の職業のみ。しかし、この家に置いた物に触れば記憶が蘇ります。また、ここに三人の女性を犯人候補として用意しました。ここにいる中から、自分を殺した犯人をわたくし女神に差し出して下さい」

 後ろを振り返ると、ピンク髪の悪魔の翼と角が生えた少女、金髪に水色の装束の忍者、黒髪で妖艶な魔女が立っていた。どの女性も絶世の美女という言葉が似合うほどの容姿で豊満な身体をしていたので、カズキ達は思わず美女達の胸に目が釘付けになった。

「わかりました、女神様!」

盗人シーフだったジュンは、ピンク髪の悪魔をむんずと翼を避けながら抱きかかえると、大声で叫ぶ。

「オレはこのおっぱいで死んだに決まっている! 悪魔になら殺されてもいい!」

「待て待て待て、早まるなジュン!」

 エイイチが慌ててウミガメ女神とジュンの間に入る。

「まずはこの家を探索してからにしよう。それから悪魔を抱きかかえても遅くない」

 エイイチの説得にジュンはしばし悩んだ上で、首肯した。


 家の中をぐるりと見渡すと木造の家の中に、武器やら雑貨やら冒険する世界には似合わない物がびっしりと並んでいた。

 カズキは武器がどさっと置いてある小屋の隅に行って、凶器となりそうな物を片っ端から手に持つことにした。僧侶だったエイイチは、世界観にそぐわない雑貨類から見始めた。船の舵輪だりん、金属のタンブラーや車のハンドル、ホチキスなど、なんでこんな物があるんだと目の端で見ながらカズキは思った。一方のジュンはまだ美女達に食い下がっているようで、「ねえ、何か知らない?」「名前は?」と尋ねてはいるが、どうにも言葉が伝わらないらしく「ЙΤΞФЦξЖδ」と返されるだけだった。

「言語能力もリセットされているらしいな」

 それを見ていたエイイチもカズキが思ったことと同じことを口にした。ジュンはしゅんとなって諦めて、エイイチがさっきまで覗いていた雑貨類をあさりだす。ジュンはCDやコーヒーチェーンの紙カップを手に取ってぼうっとしている。こんな物で殺されるはずはないと呆れているんだろう。一方のエイイチは、小瓶やら麺棒や包丁や羽ペンなど、雑多な物が飾られた棚に手を伸ばしていた。

 カズキは弓矢やらヘルムやらロッドを次々に手に取り、脇へ置いていく。中には現代物のフルフェイスヘルメットもあったが、カズキは無言で脇へやった。


 特に変哲もない武器の中に、禍々まがまがしい文様もんようの大きなつるぎが出てきた。触るのを一瞬ためらったが、これも記憶のためだ。カズキはつばを飲みながら、つるぎを触る。

 途端に、頭の中に次々と光景が見え、声も聞こえてきた。

 カズキ達はダンジョン一つである城の中へ向かう途中の森で、黒い影に遭遇した。「こいつの剣、勇者狩りだ」「遭遇したら誰一人として帰られない奴だぞ」とエイイチやジュンが口々に言う。殺される訳にはいかない、でも逃してくれそうにもない。必死に戦闘したが、圧倒的な攻撃力と速い太刀筋に為す術もなくエイイチもジュンも倒れ、そしてカズキも禍々まがまがしいつるぎに散った。最期に見たのは、ローブを脱ぎ捨て高らかに笑う、妖艶な女性だった。

 あの魔女がこのつるぎ、「勇者殺しの剣」で俺を殺したんだとカズキは確信した。


「おい、分かったぞ」

 カズキつるぎを持って他の二人を集めた。つるぎをエイイチとジュンに触らせる。エイイチもジュンもうつむいて深刻な顔をしている。いくら課せられたとは言え、自分が殺された記憶が戻るのは不快で嫌な体験だった。

「これで分かったな。魔女を引っ張って、カメの所に行こう」

「なあ、オレ達どうやって死んだか覚えてるか」

 ジュンがぼそりと語りかける。なに言ってるんだ?

「どうしたんだよ、今分かったじゃねえか」

「違うよ。一回目、転生する前にどうやって死んだかだよ。オレ思い出したんだ」

 ジュンは唇を噛んで一呼吸置く。

「エイイチ、お前に殺されたってな」

「は?」

 カズキは混乱した。

 エイイチは視線を床に向けたまま、合わそうとも反論しようともしない。ジュンはその様子に余計いらだったのか、エイイチに向かってまくし立てた。

「お前が高速道路で無謀な運転をしたせいで、オレらは死んだんだぞ。無茶苦茶に車線変更して、エンジン音が良いとか言いながらずっとアクセル踏みっぱなしでさ。その挙げ句、バイクとレースみたいなこと始めて、バイクごとトンネルの入り口の壁に激突した。思い出したんだよ! あの紙カップもCDもオレが用意して車に乗せた物だ。お前、それなのにオレらと楽しく冒険してたのかよ。騙してたのかよ!」

「騙してなんかいない! 僕だって忘れてたんだ。ジュンだってそうだろ!」

 ジュンの激高にエイイチも同じ声量で反論した。

「ルールに書いてあったよな、『あなたが死んだ理由はここにあります』って。それは転生した後のことじゃなくて、その前のことだったんだ」

「おい、ジュン落ち着けよ」

 カズキはなだめようとしたが、逆効果だった。

「お前はなんでそんなに冷静なんだよ。いいから行こうぜ。こいつが犯人だ」

 ジュンはエイイチを無理くり引っ張って、カメの前に立った。カズキはつるぎを持ったままついていくしかなかった。

「女神様、分かりましたよ。こいつです」

 ウミガメ女神の前にエイイチを突き出す。エイイチは奥歯を噛み締めて、土気色の顔になっていた。

 女神は鈴のような通る声で言った。

「おめでとうございます。あなた方は見事、課題をクリアしました。さあ、その命をもう一度与え、魔王を倒すため転生させましょう」

「ちょっと待てよ。なんでこいつも一緒に転生できるんだよ。こいつはオレを殺したんだぜ。地獄かなんかに送ってくれよ」

 ジュンは女神に食ってかかる。ウミガメ女神はうるんだ瞳でジュンを見ると、さとすように静かに語りかけた。

「地獄という世界はうけたまわっておりません。死は平等に訪れ、命もまた平等です。誰であろうと転生できる、それがルールです」

 ジュンは目を見開いたまま凍った。エイイチが小さく「ゴメン」と繰り返し呟いているけれど、ジュンには聞こえていないな、とカズキは思った。

 血の気が引いたように白くなったジュンの顔が、赤く血相を変えた。

 その瞬間、ジュンは壁に飾られていたアックスを手に取って滅茶苦茶に小屋の壁やがらくた達をなぎ払い、エイイチに血走った目を向けた。やばい、そうカズキが思った時にはジュンはエイイチに斧を振り下ろしていた。

 カズキが思わず目をつぶって、いろんなショックを回避しようとした。顔に何か生暖かいものが飛んできた。

 最悪の結果になったんじゃないか。カズキが恐る恐る目をひらくと、カズキの手にあるはずのつるぎはエイイチが持っていた。そしてそのつるぎは、斧を振りかぶったジュンの胸に深々と刺さっていた。

 エイイチは反撃してしまったのだ。自分を守るために。

 カズキは急いで倒れるジュンに駆け寄った。エイイチはつるぎから手を離して、ぺたりと座り込んだ。ジュンの胸にはつるぎが残ったままだ。

「おい、しっかりしろ、ジュン!」

「へへ……これで……いい……んだ……」

 カズキの腕の中でジュンの力が徐々に無くなり、ジュンの体重がカズキの腕にずんと乗るのを感じた。エイイチは唇をぶるぶると震わせたまま、何も言わない。

規範レギュレーション違反を確認しました」

 女神の声がした。その声を合図に、ジュンとエイイチの身体が青い光に包まれて、消えた。


「あの二人はどうなったんです……?」

 一人残されたカズキはウミガメ女神に下を向いたまま尋ねた。

「ここで殺した者は別の世界で化物クリーチャーに、ここで命を落とした者は別の世界で一切の記憶も無い新たな命として生まれ変わります。あなたはどうしますか」

 カズキは思い出したことがもう一つあった。あの事故で車に乗っていたのはエイイチとジュンだけ。カズキは高速道路でカーチェイスに応じて、ハンドル操作を誤ったエイイチとジュンの乗る車に轢かれて死んだ、バイク乗りであることを。思い出していたが、あえて二人には黙っていた。

「女神様、魔王ってなれます?」

 カズキはすっくと立って聞いた。

「できれば、あの女性達をはべらせられるような、魔王に」

「いいでしょう。勇者が魔王になることは初めてではありません」

 カズキを青い光が包み込む。

 俺なら案外正直な勇者よりも、人を騙す魔王が向いてるかもな、とカズキは最後に思った。


―終―

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二度目の転生のルール 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi

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