私を魔女だと信じないせいで卒業できない!
一繋
私を魔女だと信じないせいで卒業できない!
「私、魔女なんです!」
「すみません、そういうのいいので」
戦利品のPCゲーム(限定版)をプレイするために路地裏を急ぐ僕の前では、美少女の客引きでも路傍の石に過ぎない。
「いやいやいや、魔女なんですって。魔法学園に通ってて、ほら、これも学園の制服で」
自称魔女はワンピース着丈のローブの裾をつまみ、アピールする。控えめな胸に押し上げられた校章は、確かに制服を連想させる。
しかし、ここは世界に名を轟かせるオタク文化の最前線。平日だろうとメイドがビラを配るのが平常運転のこの街では、魔女など喫茶店のピザトーストくらい見慣れたものだ。
「学園の卒業試験のために、魔法をお見せしないといけなくて……ってちょっと!」
無視して脇を抜けていこうとすると、目敏く回りこまれてしまった。
「そんな設定、目新しさを感じないです」
「設定じゃなくて、校則です」
「はいはい、校則って設定なんですね」
「あ、絶対にバカにしてますよね。魔法を使わなくてもわかりますよ」
自称魔女は、仕切り直しと言わんばかりに大きく溜め息をついた。
「では、四の五のは言いません。これを見れば、わかります!」
言うが早いか、自称魔女が腕を振ると、数メートル先の地面が間欠泉のように破裂した。舞い上がったアスファルトが音を立てて降り落ちる。
「ふふ、これでどうですか。認めざるを得ないでしょう、私が魔女だと」
「そういわれても、地面に穴をあけるだけなら方法はありますし」
大事なPCゲームが汚れてはいけないので、紙袋を自称魔女に差し出す。
自称魔女は、怪訝な表情を浮かべながら受け取る。
「あと少し下がっててもらえますか」
右腕のシャツの袖を捲り、血流とともに力を巡らせるイメージを浮かべる。指先まで力が浸透したのを感じ、拳を振り上げて足元へ叩きつけた。破砕音が確かな手応えだ。
「……大人も埋まりますね、この穴」
もちろん、アスファルトを降らせるなんて曲芸師のような真似はもしていない。PCゲームを汚すわけにはいかないからだ。
「気功による筋力強化と硬質化を応用してみました」
「気功って、どこのファンタジーですか」
「魔女に言われたくはありません」
「ぐぬぬ。じゃ、じゃあ、これはどうです!」
自称魔女は僕に紙袋を差し返し、ふっくらとした唇を軽く尖らせて、口笛を吹きだした。ピッコロのような音色が辺りに鳴り響くと、次々と鳩や雀が集まりだす。
「私の『ファミリア』は、小動物であればいつなんときでも使役できるんです。これも魔女の力ですよ」
ドヤ顔の自称魔女から視線を外すと、散歩中とおぼしき大型犬を連れた男性が、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「僕も動物とはすぐに仲良くなれるんです」
すれ違いざまに大型犬へ微笑みかけると、犬は一瞬で仰向けになり腹を見せた。飼い犬の突然の行動に、男性も驚きの表情を浮かべる。
「ほら、この子も親愛のポーズを……」
「これは服従のポーズというのよ!」
自称魔女が怒鳴ると、使役していた鳥たちが蜘蛛の子を散らすように飛び立ち、男性も愛犬を抱えるように起こして、さっさと走り去ってしまった。
「あなたには魔法を見せるだけではダメということが、よぉくわかりました。できれば、これは使いたくなかったのですが……」
そう前置くと、自称魔女の瞳の色がまるでオーロラのように不規則な変化を見せ始めた。
「すごい、どうやってるんですか」
「この瞳に目を奪われたら最後。私の支配下に……って、え、あれ、効いてないの?」
「催眠術かなにかだとしたら、効きませんよ。鍛え抜かれた肉体に宿る精神は、何人たりとも冒せないんです」
「毒電波には浸食されているじゃない!」
PCゲーム(実は18禁)を指されつつ言われては、返す言葉がない。
自称魔女はへたり込むと「なんでこんな人に会っちゃったんだろう」と嘆きに沈んだ。
通り過ぎるには好機だったが、さすがに不憫に思う。
「あの、そもそもなんだって僕に魔女だって認めてほしいんですか」
「こちらの世界で最初に出会った人に魔法を見せて、魔女と認めてもらう。それが学園の卒業試験なの」
「ほかの人ではダメなんですか」
「星の巡り合わせで、その出会いこそが超えるべき試練なのよ」
「あー、すごい。これは確かに魔法ですね。驚いたー」
「全く心がこもってない!」
マジギレだった。
まいった。確かに、超常的な何かを用いているのではと思うところもあるけれど、いかんせん自分がそれを代替できてしまっているから、心から納得ができない。
「私、今までずっと首席で……どんな人であろうと簡単に認めさせるって……自信あったのに」
自称魔女はみるみるうちに、涙を溜める。不覚にも、三次元ごときに妙な艶っぽさを感じてしまった。
「私、どうしたらいいのよぉ」
艶めかしく揺れる瞳にキッと睨まれ、思わず息を呑む。
がしゃりという音で、大事なPCゲームが入った紙袋を取り落としたことに気づいた。
彼女はどんな魔法を使ったというのだろう。動悸が激しくなり、顔が熱くなってきた。目を背けたいけれど、離せない。
「責任……取ってください」
そのふくれっ面の上目遣いは、今まで鍛錬で受けてきたどんな衝撃よりも重く胸に刺さった。
しかし、伊達に二次元に耽溺していない。こんなシチュエーションは何度も出会ってきている。こんなとき、美少女シミュレーションならどんな選択肢が表示されていたか。
「関係ない」と立ち去る?
「責任を取る」と頷く?
常套的に言ってしまえば、これが僕らの出会い。彼女が魔女に至るための物語であり、僕がそれを阻み続けた軌跡の始まりだ。
私を魔女だと信じないせいで卒業できない! 一繋 @hitotsuna
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