わたしはロボットです。あなたのルールを教えてください。

槙村まき

わたしはロボットです。あなたのルールを教えてください。


「え?」


 彼女の口から出てきたその言葉の意味を理解できずに、僕は一瞬息を詰まらせた。


「どういう意味?」


 問いかけると、彼女は一言一句、変わることのない言葉を紡ぐ。


「わたしはロボットです。あなたのルールを教えてください」

「ロボット?」

「はい。わたしはロボットです」


 彼女が僕の家にやってきたのは今朝のことだ。

 研究員をしている父が夜勤明けで戻ってくると、彼女を紹介してくれた。長い髪の毛は腰ほどまであり茜色に輝いていている。反面、瞳はひんやりとした冷たさを伴った銀色だった。

 人間離れした容姿をしている美しい少女の世話を僕に頼むと、父はすぐに床についてしまった。夜勤明けはいつもそうだ。夜になるまで起きてくることはない。僕は父とふたり暮らしなので、父が寝てしまうと、いまこの家の中に起きている人間は、僕とそれからロボットだと自称する彼女しかいなくなってしまう。

 ――そういえば、父は何の研究をしている言っていたんだっけ。心理学とかなんとか言っていた憶えはあるのだけど。


「あなたのルールは、なんですか?」


 少女はなおも、僕に訊ねてくる。

 僕は答えを窮してした。

 僕のルール……。朝起きて、ひとりでご飯を食べて学校にい行って、帰ってきたら夜勤勤務に赴く父と一緒にご飯を食べて、寝る。それはあくまで日常の習慣であり、ルールとは違うような気がした。休みの日は学校に行かないし、父の仕事が休みの日や夜勤がない日は外食することもある。遊びに出かける日もある。

 僕のルールとはいったいなんなのだろうか。

 いったい彼女は、僕になんのルールを尋ねようとしているのだろうか。

 だから僕は聞き返すことにした。


「ルールって、いったい何を知りたいんだい?」

「あなたのルールです」

「そのルールは、どういうのがいいのかな」

「あなたがわたしに求めることです。わたしはあなたの教えてくれたルールどおりに、働きます」

「働く?」

「はい。わたしはあなたのお父さまに買われて、この家にやってきました。お父さまは、わたしをこの家で働かせてあげると言っていました。あなたと、お父さまの世話をしてほしいと、言っていました」


 買われた? 父が、この少女を買ったというのか!?

 それは人身売買じゃないのか。そんな非人道的なこと、法律ですら許していないというのに。それに。父は僕に、「新しい家族だよ。仲良くしてあげてね」と彼女を紹介してくれた。彼女の言い分と、父の言葉は食い違っている。

 いますぐ父を起こして問いただしたい衝動を押し殺し、僕はまず彼女のことを知ることにした。どうして人間の彼女が、自分をロボットだと称するのか、とか。


「君は、ほんとうにロボットなのかい?」

「はい。体を調べていただければわかります」


 体を調べる?


「あなたのお父さまはわたしの体を調べてから、たしかにロボットだと言われました」


 父も、この少女の体を調べたの!? 明らかに年頃の女の子の体をしているのに。

 さすがに初対面の少女の体を、男である僕が調べるわけにはいかないので、ここは彼女の言葉を信じたふりをすることにした。彼女が自分をロボットだと思っているのには何か事情がありそうだし、話を合わせたほうが彼女のためになると僕は思ったからだ。


「ロボットなのはわかったよ。けど、僕は自分のことは自分である程度できるから、手伝ってもらうことはとくには」

「……ということは、わたしは不要ということですか? わたしはもともと廃棄処分が決まっていた被検体です。ですので、もし不要ということでしたら、わたしは今度こそ廃棄されてしまいます」

「それは駄目だよ!」

「駄目、ですか? 不要だと言われたのはあなたですが」

「ふ、不要とは言っていないだろ! 廃棄はさせないから……えっと、そうだ! 君にはまずは朝食後の食器洗いをしてもらう。それが終わたら洗濯だ。掃除は僕がやるから、君は夕飯の買い出しに行ってきてくれ。レシピと必要な食材はあとで書くから。あとは……そうだ、一緒にご飯を作ろう。そして、一緒にご飯を食べよう。食べるのは父さんも一緒だ。あと、あとは」


 今日の予定――彼女にとってのルールを伝えると、彼女はひんやりと凍っていた銀色の瞳を軽く細めて、恭しくお辞儀をした。


「かしこまりました」




 後になって父から聞いた話だけど、彼女は母親に自分の言いつけ通り行動するように厳しくしつけられていたらしい。「あなたは私の道具なのだから、言うとおりにしたら絶対に苦労しないのだから、ロボットのように順々になりなさい」そのようなことを毎日のように言われていたそうだ。次第に彼女は、自分は母親につくられたただのロボットだと思うようになり、人のルール通りに動くことが当たり前になってしまった。

 そんな凍結されている彼女の心を、どうしたら取り戻してあげられるのかはわからないけれど、僕は彼女に人間としてちゃんと生きてほしいと願っている。


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