1歩も動かずに異世界を救う方法

水樹 皓

ルールの使い方

 トラックドーン!


 走馬灯ビューン!!


 女神様デデーン!!!


「そうか、俺、今から異世界転生するんだな」

「理解が早くて助かります。流石、引き篭もり・コミュ障・ネトゲオタク――と、異世界ラノベ主人公要素三拍子揃い踏みの山田様ですね」


 何もない真っ白な空間。

 ジャージ姿の冴えない青年と、神々しい光を身に纏う女神様が相対していた。


「山田様には、人々を苦しめる魔王を倒し、転生先の世界を救っていただきたいのです」

「あ~、そっちか。できれば、のんびりスローライフ系の方が良かったな〜」


 その言葉とは裏腹に、そこまで落胆した様子ではない山田。直ぐに「ま、いっか」と軽い調子で話を切り替えるように、


「……で?」

「はい?」

「だからさ、ほら。勿論、チート能力的なものはあるんだろ? それともまさか、成り上がり系とかか? 最近テレビアニメでも人気だから、それに乗っかっちゃう系か?」


 山田が早口でそう付け加えると、女神様は得心がいったという様に頷き、


「ご安心ください。勿論、魔王を倒していただくための補助はさせていただきます」

「それなら良かった。それで、俺にくれるのはどんな能力なんだ?」

「はい。山田様に授ける力……それは、”絶対法定者ルールを作る能力”です」

「”絶対法定者ルールを作る能力”? 取り敢えずルビが微妙にダサいのは置いとくとして……それって具体的にどんな能力?」

「その名の通り、好きなルールを作ることができる能力です。例えば、”明日は朝7時に起きる”というルールを作れば、その通り翌日の7時丁度に目が覚めます」


 女神様が言い終わっても、山田は暫く目を閉じて何事かを考え込んでいた。

 やがて考えが纏まったのか、目を開くと「1つ、質問良いか?」と確認を取った後、


「一度作ったルールをキャンセルする事は?」

「できません。仮に山田様が死を迎えようと、その効果は永遠に続きます」

「なるほど……な」

「他に何か質問はありますか?」

「いや――っと、そうだ。魔王を倒した……世界が平和になった後は、俺の自由にして良いんだよな?」

「はい、勿論です。その際は、ご所望通り、異世界を満喫してくださって構いません。また、もしご希望があれば、日本に送り返す事もできます。ただし、姿は転生後の山田様のものとなりますが……生前の山田様の身体は、トラックの衝突力で見るも無残な状態となっておりますので」

「そ、そうか」


 知りたくなかった情報に顔を顰めつつも、山田は覚悟を決めたように女神様を見返す。

 もう、これだけ聞ければ十分だ――とでも言うように。


 女神様も山田のその表情の変化に気づくと、改まった口調で山田に問う。


「では、山田よ。汝、異世界にて魔王を倒し、世界に平和をもたらすと誓うか?」

「ああ」

「ならば、今から汝に”絶対法定者ルールを作る能力”を授ける」


 言いながら女神様が山田の方へ両手を掲げると、天から淡い光が降り注ぎはじめる。


「汝がこの力を駆使した先、世界に平和がもたらされる事を願って――」


 続けて、山田の足元に幾何学模様が浮かび上がり……。


「オギャー、オギャー、オギャ……?」


 山田は知らずの内に自分が鳴き声を上げている事に気づき、同時に口を閉じて首を傾げた。


「あら、どうしたのかしら?」


 首を傾げる山田の眼前――金髪碧眼の美女も、同じく首を傾げる。


「…………」

「…………」

「……お、おぎゃー、おぎゃー」

「あらあら、うふふ」


 一拍遅れで、自分は異世界転生をしたのだと気づいた山田。取り敢えず、自分を抱きかかえている美女が不審に思わない様に鳴き声を再開した。


 ――この人が俺の母親か?


 取り敢えず鳴き真似を続けながら、状況を把握しようと頭を働かせる。


 ――俺は0歳か、1歳か。どちらにせよ、こんな小さな身体じゃあ、魔王討伐とか言ってられんな。さっさとやる事済まして、何の憂いもなく異世界スローライフを満喫したいのに。


 そんな事を考えていると、母親らしき美女がミルクの様な物の入った哺乳瓶を、腕の中の山田の口へと近づけてきた。


 ――チッ。なんだよ、アッチを期待してたのちに。


 美女のその細身に反してふくよかに実った双丘を恨めしそうに睨む。


「ほ〜ら、ご飯ですよ〜」


 ――異世界転生っつったらソレじゃなくてアレが常識だろ。読者もアレを望んでるはずだ――というかそれがルールだろ。


「……あら? どうして私、こんなものを?」


 山田が心の中で不満たらたらしていると、美女が急にきょとんとした顔で哺乳瓶を見つめ……


「ヨイショ――っと」


 ――は?


「ほ〜ら、ご飯ですよ〜」

「むぐっ!?」


 美女がいきなり服を捲し上げたかと思いきや、顕になった双丘の片方を、そのまま山田の顔面へと押し付けてきた。

 その柔らかい感触に、山田は暫く思考停止する。


 ――ふむ……うまい。


 思考停止して、喉を潤すこと約5分。


「あらあら、今日は沢山飲んだわね」


 美女は笑顔を浮かべながら、抱えていた山田をベッドへと寝かす。

 一方、美女の温もりが消え去ったことで、ようやく調子を取り戻した山田。


 ――なるほど。これが、”絶対法定者ルールを作る能力”か。なら……。


「あら? ほ〜ら、今日は後1時間抱っこしてあげるわよ~」


 ――やっぱり。今、俺がしたのは、”母親(仮)は俺を後1時間抱っこする”というルールを頭の中で想像する事。結果は見ての通り。


 早速”絶対法定者ルールを作る能力”を使いこなし始めた山田。この辺りは流石、女神様が言う所の、異世界ラノベ主人公要素三拍子揃い踏みの山田様――といったところか。


 ――ていうかさ、コレって……。


 山田がゲーム能を駆使して、”絶対法定者ルールを作る能力”について思考を巡らせていたその時。何やら突拍子もない想像に行き着いたようだ。


 まだ半信半疑ながらも、ものは試し。当たれば儲けもの――という非常に軽い感覚で、とあるルールを創り上げる。すると……。


「おいっ! 大変だっ!」

「あら、アナタ。どうしたの? 今日は野菜を王都の市場へおろしに行っていたはずじゃ……?」


 物凄い大きな音とともに玄関扉が押し開かれると同時、1人の大柄な男性が姿を表した。


「ソレどころじゃねぇ。今、王都はお祭り騒ぎさっ!」


 男性は興奮した様子で美女へと駆け寄ると、美女が抱えている山田ごと、その大きな腕で抱きしめた。

 一方で、何事かと困惑した様子の美女。


「どうしたのよ、アナタ?」


 男性が抱擁を解いてからそう尋ねると、


「魔王だ! 魔王が倒されたんだよ!」

「え!?」

「魔王が勇者に倒されたって!」

「ほ、ほんとうなの、それ?」

「ああ、間違いねぇ! コレで家族3人、何にも怯えることなく平和に暮らしてけるぞ!」

「うっ……良かった……本当に良かったっ!」


 ――マジか。


 山田は美女の涙を頬で受けながら、あまりにも出来過ぎな結果に若干呆けていた。


 山田がものは試しと創造したルールは、”魔王は必ず勇者に倒される”というもの。

 別に今日今すぐ倒されるとも言ってないし、そもそも勇者という存在がこの世界にいるという保証も無かった。でも……。


 ――まっ、いっか。コレで女神との約束も果たせたし。後は、のんびり成長して、のんびり異世界スローライフを楽しみますかっ!


 相変わらずマイペースな思考でそう結論付けると、美女の心地良い温もりを感じつつ、今後の異世界生活に心踊らせる山田であった。


「おい。そろそろ俺にも抱かせろよ〜」

「ダメよ。後49分は私が抱いてないと。そういうルールでしょ」

「ああ、そうだったな。悪ぃ」

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