オカルト研究部の怪奇録

喜村嬉享

肝試しのルール



 あるネット掲示板に書き込まれた情報を、某大学のオカルト研究部員が見付けた。



 【ルール】



 題された書き込みは、黒の背景に赤字で点々と書き込まれている。


 どうやらそれは、オカルト雑誌記者による書き込みを纏めたものらしい。



 内容は各地の心霊スポットを巡った際の感想や情報。ルールという割には対したことは書かれていなかった。



 だが、その中に赤の背景に黒字で書かれたページがあった……。




 それは、関東某県にある有名な心霊スポット──。



 田舎の山間にある古い精神病棟跡の廃墟『N病院』は、インターネット等でも知られた肝試しの名所だ。


 最近は廃墟マニアなども居る為昼夜問わずに人が訪れるが、実のところそれ程心霊現象等が確認されている訳ではない。

 事実、オカルト研究部の面々も夏休みを利用して肝試しを行ったことがあった。しかし、結果は何も起こらなかったのである。



「どうした、木下?」


 インターネットを閲覧している眼鏡を掛けた男・木下に声を掛けたのは、オカルト研究部長の山岡。オカルトからは掛け離れた体育会系の容姿をした角刈り男だ。


「部長……これ……」

「ん?以前行ったN病院か……あそこは何も無かったろ?こんな大々的に載せてるのは詐欺に近い」

「ええ……ですが……」


 木下がパソコンのカーソルを動かし開いたページには再び【ルール】の文字が……。


「ルール?肝試しの?ゴミを捨てるなとか、夜中に騒ぐなとかか?」

「部長……それは【ルール】じゃなくて【マナー】ですよ」


 そもそも私有地に肝試しに入った時点でルール違反ではあるのだが、当人達はそこには触れない。悪いことをしているのも含めての肝試しなのだろう。


「じゃあ、ルールって何だよ?」

「え~っとですね……」


 書かれたルールは五つ。但し、これはN病院のみのルールだという。




 一. この病院に向かう際、白い薔薇の花束を持っていってはいけない


 二. この病院に向かう際、赤いマフラーを巻いてはいけない


 三. この病院に向かう際、鋏を持ち込んではいけない



「………何だ、こりゃ?」

「さぁ……。何か【マナー】指南みたいですけど……」



 四. この病院の中では拡声器を使ってはいけない


 五. この病院の院長室の鏡の前で『ミサ』と呼び掛けてはいけない



「……。木下、知ってたか?」

「いえ……初めて知りました」


 『~してはいけない』という文言であるならば、やはり【ルール】……しかし、今一つ要領を得ない。


 そんな中、部員の一人平野がヒョッコリと画面を覗き込む。


「何見てるんですか、部長~?」

「平野……何時来たんだ?」

「今で~す」


 平野はボーイッシュで小柄な女性。一見未成年に見えるが二十歳である。


「で、何ですか?」

「いや……これだよ。お前知ってたか?」


 山岡が指差した画面を凝視する平野。少しして掌をポンと叩く。


「あ~……これね。最近知りました。本当にヤバイらしいですよ、コレ……」

「どうヤバイんだ?」

「そうですね……コレを全部やった人は今、行方不明だって。ネットで事件特定してましたよ?」


 平野は木下の脇からキーボードを操作して検索。画面には若者の行方不明の記事が表示された。


「高校生のグループの行方不明?これが【ルール】と関係あるのか?」

「肝試し前の動画がネットに上がってたって。今は消えちゃったそうですけど」

「………」


 木下は関連記事の検索をすると『ガセ』や『ネタ』などのワードが表示される。


「……実際どうなんでしょうね?」

「フフフ」

「ぶ、部長?まさか……」

「そのまさかだ。ここで行かねばオカルト研究部の名折れ!」


 また始まった……木下は後悔した。部長の山岡は言い出したら聞かない。こうなることは想像出来た筈だった。


「俺は嫌ですよ?」

「私も嫌~」

「何……?いや、仕方無いか。『無理強いしない』が我が部の伝統だからな……。ならば希望者を募ろう」


 山岡は部員全員が揃ってから参加者を募る。

 部員は六名。内、木下と平野は不参加。部長を除けば残り三名。


 しかし……何と三名とも参加希望。季節が夏間近だったのが決め手だったらしい。


「という訳で、金曜の夜に向かうぞ!俺が車を出す!」

「楽しみ~。本当に行かないの、木下、平野?」

「行きませんよ。俺はネットで十分」

「私はどのみちバイトで~す」


 参加するのは井手、後藤、原田の三名。井手と後藤は新入生。原田はちょっと色気ある古株だ。


「良し。じゃあ、それぞれルールに違反して行くぞ?」

「了解!」



 金曜日の夕刻。大学に集合したオカルト研究部の部員四名は車でN病院へと向かう。到着したのは既に深い暗闇になった時刻だ。


「準備してきたか?」

「私は赤いマフラーしてきたけど暑くて……」


 手で扇ぐ仕草をみせる原田はかなり薄着だ。


「後藤は?」

「俺は鋏を、井手は拡声器を借りてきました」

「良し。俺は薔薇の花束だ。行くか」

「部長、似合わねぇ~」

「うるさい!」


 賑やかな雰囲気だが、割れたガラスを潜り病院内に入れば一気に真剣に……。一同は足場を確かめながら院長室を目指す。

 以前来た時より落書きが増えガラスも割れていたが、問題なく進むことが出来た。


 そして院長室……山岡が代表して『ミサ』と連呼した際は笑いが零れたが、何事も起こらなかった。


 結局は偽情報……肩透かしを食ったと気落ち半分、安堵半分で出口を目指す一同は、口々に語る。


「大体この時期にマフラーとか有り得ないわよね?」

「それを言ったら拡声器って何だって話ですよ……重くて重くて……」

「俺は鋏で良かったよ。それにしても部長……似合わないですね、花束?」

「くっ!ウルサイ!恥ずかしいんだぞ、俺も?」


 まだ余裕があったオカルト研究部は問題なく病院を出た……かに思われた。


 しかし………。


「あれ?井手は……?」

「え……?」


 車に戻った一同は井手の姿がないことに気付く……。


「お~い、井手~!」

「コラ、後藤……ご近所迷惑だぞ?」

「でも、部長……アイツ、きっと悪巫山戯してるんですよ」

「仕方ないな……俺が見てこよう。お前らはここで待ってろ」


 部長の責任もあり井手を探しに向かう山岡。残された原田と後藤は雑談をしながら待っている。

 そこへ、けたたましく原田の携帯が鳴り響いた。


『原田さん!』

「ん~?何、木下?」

『落ち着いて聞いて下さいね?あの後ずっと【ルール】の記事を調べてたんですけど……』

「あ~……何も無かったよ?」

『違うんです!あれ、転載サイトだったんです!それで元のサイトを見付けたんですが、かなりヤバイんですよ!』

「?」


 木下は気になって情報を集め続けていた。そして辿り着いたのがオカルト雑誌の記者が遺したブログ。数年前から更新は止まっているという。


『良いですか?あそこに書かれた【ルール】は病院閉鎖の原因になった事件に関する物です。二十年近く前、N病院の院長が不倫していた女性が身籠って捨てられたそうです。その人の名前が『ミサ』……』


 白い薔薇を持った『ミサ』が院長に会いに行った際、マフラーをしていた。ミサは院長の目の前で自らの首を『鋏』で斬り自殺。その姿はまるで『赤いマフラー』をしている様だったそうだ。


「じゃ、じゃあ拡声器って何?」

『事件を目の当たりにした院長は、錯乱して立て籠ったんです。患者を人質にしていたところを警察が『拡声器』で呼び掛けた……』

「ほ、本当に……?」

『記事のアドレス送りますけど、その前に……絶対に二度入らないで下さいね?』

「え……?」

『オカルト雑誌の記者のブログ……その最後のページには、もう一つ【ルール】が書かれていました。それが『を持った者は同じ日に二度入るな』でした』

「ウソウソウソ……ヤバイわよ、山岡君!」

『まさか部長……』


 原田は病院の方に駆け出した。中には怖くて入れない原田は、入り口で懸命に山岡と井手の名を叫ぶ。


 するとフラフラとした人影が一つ──病院から姿を現した……。 


「井手君!」

「原……田さん……」

「無事だったのね?部長……山岡は?」

「何言ってるんです?部長ならここに……」


 暗い為に井手が脇に抱えているのは拡声器かと思っていた原田……。しかし、それは山岡の生首……。


 原田は錯乱し車まで逃げ出した。


「原田さん?」

「後藤くん!早く乗って!早く!」

「え?でも……」

「良いから早く!」


 そのまま近くのコンビニまで車で逃げた二人は明るくなるまで動けなかった……。



 翌日。警察に連絡しN病院に捜索が入ったが、山岡・井手の両名の姿は見付からず結局行方不明扱いとなった。



 後日……オカルト研究部はまだ存在していた。部員は木下と平野のみ。後藤は大学には来ているが部室に姿を見せなくなり、原田は退学したという。

 このままではやがて廃部となるだろう。


「部長……どこ行ったんだろ?」

「さぁ~。木下はどう思う?」

「何も考えたくないかな……」

「そう言えば何で『二度入るな』だったの?」

「一度外に出た院長が再び中に入ったところで射殺された……らしい」

「うわぁ……」



 オカルト雑誌記者のブログにはN病院関連の行方不明者リストがズラリと並んでいた。


「まぁ、オカルトはルールを守らないとね?」

(……。俺はこの人が一番怖い)

「しかし、君も大概だね?辞めないなんて」

(お前もな……)


 事件があっても平然と部室に来ている平野は妙に楽しそうだ。


「でも、これで廃部かな……」

「大丈夫だよ。人は未知に弱いから。ホラ……」


 部室のドアを叩く音……それは入部希望者だった。


 人数はキッカリ四人。あっさりと穴が埋まった……。


 必然的に部長は木下に。そして最初の仕事は……。


「肝試しのルールは守ること。これは絶対だよ……良いね?」



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オカルト研究部の怪奇録 喜村嬉享 @harutatuki

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