リンゴはおやつに入りますか?

人口雀

リンゴはおやつに入りますか?

「せんせー、バナナはおやつに入りますかー?」


 ムードメーカーのショータが質問すると、クラス全体がどっと笑いだす。先生も苦笑いで、


「一本までならお弁当のうちにカウントしてやる。」


 なんて答える。


「他に明日の遠足について質問あるかー?」


「「ないでーす。」」


「よーし、じゃあ家に帰ったらもう一度しおりに書いてある約束を家の人とよく読んで、持ち物を準備すること。はい、日直さん挨拶。」


「起立。さようなら。」


「「さようなら。」」




 きっと、僕のクラスでバナナがおやつに入って欲しくない子なんて居ないだろう。僕以外には。




 僕の小学校の学区は変な形に細長く、学校はその南東の端にある。なぜそんな変な場所なのかというと、単純にそっちが街だからだ。たいていの子は十分くらい掛けて徒歩で通学しているけど、僕は小学二年生の足で四十分以上掛けて田んぼや畑の中を歩いて通学する。友達とは学校を出て三分くらいで別れ一人ぼっち。PTAの通学見守り隊なんて校門でしか見たことが無い。まあ雨の時はお母さんが車で学校まで送ってくれるけど。




 なぜ僕が、こんなみんなと違う生活を送っているかというと、リンゴ農家だからだ。もちろん、農家の子供は他にも居る。居るけどそもそもの人数が少ないし、広い土地を持っているから交流は無い。通学路にある街に住んでいる友達の家の方がまだ行きやすい。


 そして、農家は総じて貧乏である。何故か食べ物には困らないが、お小遣いは無く、服は親戚や家族のおさがりの中からまともなのを選んで着て行く。そんな暮らしなのだ。そして、貧乏なので遠足のおやつは五十円までしか買ってもらえない。税込み五十円だ。遠足のしおりには三百二十四円までと書いてあったのに。増税したら、またみんなとのおやつ格差が開いてしまう。


 だから僕は遠足が嫌いだった。家庭科の調理実習みたいに、みんな同じ食材を使って同じことをするのは好きだけど、家庭の格差が如実に表れるイベントは嫌いだ。苦手なプールの授業の方がまだいい。








 そして、遠足当日になった。リュックには観察ノートと筆箱、税込み五十円分のおやつ、水筒、そしてお弁当箱が二つ入っている。これも僕が遠足を嫌いな理由の一つだ。僕の家で許される唯一の贅沢、リンゴ食べ放題。でもリンゴはおやつに入らないから、いつもクラスメイトに憐れまれておやつと少しづつ交換してもらっている。僕はこれがたまらなく嫌だった。


 それに、お昼ご飯を入れているお弁当箱よりもずっと大きな箱に、リンゴをぎっしりと詰めて持たされるのだ。重くて仕方がない。今日の行き先は山登りだって知っているはずなのに。いくら飾り切りで着飾ったところで重さは変わらない。


 家を出て十分くらい歩いた。遠足なのでお母さんに借りた腕時計で時間が分かる。すばらしい!


「おや、元気無いねえ。大丈夫?」


 高校生?自転車に乗っている女の人に声を掛けられた。


「疲れた。」


「学校?ランドセル無いけどサボり?」


「遠足。」


「そっかー。後ろ乗る?」


「いいの?」


「いいよー。でも街の方に行ったら下ろすからね。警察に捕まるし。」


 布がぐるぐる巻きにされている自転車の荷台におしりを乗せ、後輪の泥除けのところに足を付けて、お姉さんのお腹に両手を回す。


「じゃあ走るよ。」


 ゆっくりと自転車が加速する。自分で乗るのとは違って揺れがすごく大きく感じる。反射的にお姉さんに強くしがみつくけど、これはなかなか手が疲れる。


 あと、いい匂いがした。








「ふーん、それで遠足が嫌いなんだ。」


「うん。」


「じゃあさ、私がおやつ買ってあげようか?」


「いいの?」


「うん、いいよ。」


「やった!」


 街に入ってから並んで歩いていた僕たちは、近くのコンビニに寄った。登下校中の買い物は保護者と一緒じゃなきゃダメだけど、高校生は大人だと思うし、たぶん許されると思う。


 ちなみにお菓子は五百円分買って貰った。税抜き五百円だ。つまり五百四十円。


「本当にこんなにいいの?」


「いいよいいよ。私こそ、もうちょっとお小遣いに余裕あったら千円くらい出しても良いんだけどね。」


 千円。千円札なんてお年玉貰ってお母さんに貯金されるまでの間くらいしか触ったことが無い。


「それより私こそリンゴ全部貰っちゃっていいの?」


「うん、お菓子いっぱい買って貰ったし。」


「そっか。……まあそれもいいかもね。」


「あ、その猫のやつだけちょーだい。」


「すごく可愛く出来てるねー。は、あーん。」


 少し恥ずかしかったが、そのままあーんした。お姉さんは自転車を片手で押しながら、リンゴを勢い良くむしゃむしゃ食べ続けている。器用な人だ。


「お姉さん、のんびり歩いてて大丈夫なの?学校遅刻しない?」


「遅刻だねえ。」


「先生に怒られるよ?」


「それはたいへんだねえ。それに髪の色とか、ピアスとか、他にも色々怒られちゃう。」


「もしかしてお姉さん、非行少女?」


「なんか他の意味を含んでそうな単語だけど、まあそんなところ。」


 悪い大人や先輩にそそのかされて非行に走る少年少女は多いとか。そしてその非行少年たちは、新しい人を非行に引きずり込むらしい。でも、お姉さんはそうは見えなかった。


「じゃ、ごちそうさま。リンゴ美味しかったよ。」


 全部食べ切ったお姉さんは僕にお弁当箱を返し、自転車に乗って颯爽と走り去って行った。


 リンゴの分だけ軽くなったバッグに五百四十円分のお菓子とワクワクを詰め、僕は足取り軽く学校に向かった。








「お昼ごはんは、このワクワク広場の中で食べること。午後一時になったら、一度ここに集合してください。分かりましたか?」


「「はーい。」」


 同じクラスのユウトと一緒に歩きながら、弁当を食べる場所を探す。ユウトはけっこう無口で、それが原因でイジメられていることもあるけど、保育園の頃から友達で、何となく一緒に居ることが多い。


「アキヒロ、ユウト、まだ場所決まってないんだろ?一緒に食おうぜ。」


「うん、いいよ。」


 ショータが男子二人と女子二人を引き連れて合流してきた。あのバナナがおやつに入って欲しいショータである。実はそこそこ仲良しだったりする。そして引き連れてきた女子の片方に、僕が恋をしていたりする。そしてその子はショータが好きで、ショータはもう片方の女子を好きだったりする。何角関係だろうか。


「あれ、アキヒロ今日はリンゴじゃないんだ?」


「うん、まあね。」


「そっかー残念だな。アキヒロん家のリンゴめっちゃ美味いし、ウサギとか花の形に切ってあるの、すげー大好きだったんだけどな。ユイたちも凄いって言ってたよな。」


 ちなみに今話題を振られたユイちゃんが、僕が好きな子だ。


「うん、私お花のやつ大好き。お母さん、料理の先生とかやってたりするの?」


「ただのリンゴ農家だよ。」


「すごいなー。私もリンゴ農家に生まれたかった。」


「じゃあユイたち結婚したら?」


 お茶むせた。おいショータ、お前の好きな人、どうにかしてくれ。


「ごほっごほっ。」


「アキヒロ大丈夫か?」


「お前のせいで大丈夫じゃない。」


「まじか!救急車!」


「いや冗談だって。……でも、うちのお母さん結構暇そうにしてること多いから、ユイちゃんが言ったら教えてくれるかも。」


「本当!?じゃあ今度モモと一緒に遊びに行ってもいい?モモ、行くよね?」


「うん、私もやってみたい。」


「分かった。帰ったらお母さんに伝えとくよ。」


「え、アキヒロ俺も行ってもいいか!?」


「いいよ。」


 ショータは物凄く分かりやすい。こいつの気持ちに築いていないのはモモちゃんくらいである。つまりユイちゃんは失恋が確定していて、僕も迂闊に喜べない。




「でもアキヒロ、前からリンゴじゃなくてお菓子持ってきたいって言ってたし、良かったな!今日歩いてる時も元気そうだったし。」


「バッグが軽かったからね。」


「でもウチたちはリンゴ食べたかったー。」


「じゃあユイちゃん結婚……」「それはもう良いって。」


「じゃあ早速お菓子発表タイムと行くか!いつもはアキヒロのリンゴが最後だけど、今日は最初に行っとく?行っちゃう?」


「僕が行くよ。」


「よっしゃ、じゃあナンバー1、アキヒロのおやつです、ジャジャン―――






 学校から帰って、いつもと同じセリフを、初めて本心から口に出した。


「お母さん、リンゴありがとう。すごく綺麗で、クラスのみんなと交換っこして食べたよ。今日のは猫のやつが一番すき。」

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