【KAC5】異世界交流局・地球支部は、朝令暮改で悩んでいる。

筆屋 敬介

異世界交流局・地球支部にて


「クローソーさーん! 受付お願いしまーーすっ!」

「え!? 何番? 何番受付にいけばいいの!?」

「5番です! ごめんなさい、休憩時間なしです!! ごめんなさいっ!」

「さっきの人にあんなに時間がかかるとは思わなかったから、仕方ないわよ」


 七色の光絹がキラキラと流れ落ちるベールを片手に、クローソーと呼ばれた女性がデスクとロッカーの間をすり抜けていく。


「クローソーさん! これっ! 次の人の履歴書です!」

「わわわ! 5分待ってもらって! ざっと読んじゃうから!! ――って、ゴメン! 机の上の何か、ひっかけて落としちゃった!」

「大丈夫です! 後で拾いますから! あ、フォルトゥーナさん! そこじゃないです! 6番に入ってください!!」

 簡素なドアノブをひねって、ぺらぺらの急ごしらえなドアを開けようとした少女がビクッと動きを止める。


「もう! モイラチームの残りは、どこ行ったのよ! リンちゃん、ラキシスさんとアトロポスさんを呼び出して!!」

「ランさん、お二人とも今日は午後から研修会に行くって申請上がってましたよ」

「なんですってええっ!?  クローソーさんだけだと激甘判定しちゃうから、3人でやらせろって言ってたの、部長じゃないの! このゴールデンウィーク明けの忙しい時に、なんでそんな申請、通すんだろうなああああ!」

 ランと呼ばれた妙齢の女性がたまらずえた。


 白のブラウスの胸元にグリーンのリボンタイ。グレーのベストとスカートに、腕まくりの留めバンドといういでたちで書類を目一杯抱えている。


 ここ異世界交流局・地球支部の事務員は、皆、この地球・1980年時空スタイルの制服である。部長からこの姿にするようこの前――40年ほど前にお達しが来たのだ。



 ランの目の前にある4番受付のドアがカチャリと小さく開いた。自信なさげなロリ娘が顔を覗かせる。

「あのぉ……トラックでやってきた人の転生申請の書式、変わったんでしたよ……ね……?」

「あら、スクルドちゃん。ええ、そうですよ。転移申請の書面は変更がなかったんですけど、転生の方には承認サインがもう1箇所増えたんです。あと、トラックでの転生希望者には事故証明が必要になったので、それもお願いしますね」

「あぅぅ……ややこしくなった……」

「トラックの利用者が最近急に増えて、厳密化されたんです。わからなかったら、後でチェックするので付箋ふせん貼っておいてくださいね」

「ルール……すぐに変わりすぎ……」

「ごめんなさいね。ちょっと前まではバイク利用の転移希望者が多かったんですけど、承認ルールを変えたら途端に来なくなっちゃって。しわ寄せがトラックの方に来てるんですよ」

「転生の方は……両親の手配もいるから……めんどーなんだけど……」

 恨みがましそうな目のロリ娘――スクルドはため息を一つくと、顔を引っ込めて……ドアをカチャリと閉めた。


 ふぅ……と、こちらもため息一つくラン。

 大きく息を吸うと――


「レンちゃん! あのアホ部長はどこッ!?」


 キッと振り向き、抱えていた書類の束をそばの机にズバンと置くと、クローソーが当たって落としたファイルを猛烈な勢いで拾い集め始めた。


「あの、アホのバカのボケの段取りなしのスットコの部長めええ……見つけたらどうしてくれよーか……」

 ブツブツと怨嗟えんさの言葉を呟き、近づけない負のオーラをき散らす。


「ランさ~ん。部長は~、ランダル幻想界の世界長とぉ、お付き合いだそうですよぉ~」

 声はノンビリだが、指先が見えないほどの高速タイピングをしているレンが答える。


「……あッのッ……ットンチキのッ……酸素の無駄吸い部長めぇぇ……まっとうに上からの指示も降ろさんくせに、昼間っから呑み会ですって~~~~? ……あ。リンちゃん、手伝ってくれてありがとね」

「ランさん、大丈夫です。部長が居ない方が、ちゃんとお仕事、まわりますもん」

「リンちゃんも結構言うようになったわね……」


「あ。ランさ~ん、大変です~。ベルステインへの転生者の20番台なんですけど~、能力にチート属性が付いていないそーですぅ」

「なんで? 制限30人までに枠が広がったでしょ?」

「それがぁ、この前の転移転生分科会で~、最近増えた転生者でパンクし始めたから~、条項に縮小がかかったみたいなんです~。制限枠を20に戻すようになったって、さっき部長が――」

「聞いてないわよっ! あンッの、脳みそ半分ゾンビに食われたノウタリン部長めがあああああ!!」


 4番受付のドアが、ひっそりと開いた。

 ロリ娘――スクルドが、ジト目で顔を出す。

「ランさん……うるさい……」

「あ。ごめん! ごめんなさいね!!」

「だいじょうぶ……BGM大きくしたから……それより……カスクードから……馬車にかれて、転生希望って人、来てるんだけど……」

「え。カスクードから地球の受け入れは、来月からって決まったはずだけど……」

「ランさ~ん。それ、前倒しになってぇ、昨日からになったって、さっき部長が――」


「……あ、ア、あ……」

 ランの胸から、拾い上げたファイルの束がバサリと落ちた。


「あ……あ、あンッのッ! クソ部長おおおぉッ!!!! ドラゴンに食われて死んでしまええええええええええええええ!!!!」


「ランさ~ん、落ち着いて~」


「もうやだあああああああ!! わたし、ここ辞めるーーーーーー!!」


「ランさん、泣かないでーーーー!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC5】異世界交流局・地球支部は、朝令暮改で悩んでいる。 筆屋 敬介 @fudeyaksk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ