俺のルールと彼女のルール

達見ゆう

マイルールのぶつかり合い

 俺は結婚詐欺師だ。今まで数々の女から金を引っ張らせ、逃げ切ってきた。

 しかし、誰からも訴えられていない。

 何故ならば、詐欺とは気づかれないマイルールを作り上げ、それに沿ってきたからだ。

 女たちは俺に同情し、援助という美名で金を俺に注ぎ込み、俺が高飛びするときも『新たなる旅立ち』と信じて見送ってくれる。

 ちょろいものさ。


 そして、今夜もカモ……いや、まだ金を引っ張らせてないから彼女に身の上話を聞かせる。


「俺さ、夢があるんだ」


「どんな夢?」


「ああ、今さ、カフェがブームだろ? いずれ一大チェーンを築きたいんだ」


「へえ、すごいのね。さすが、会社の社長しているだけあるわね」


「よせよ、一人で社長している程度の会社さ」


 もちろん、会社もカフェも出鱈目だ。その女が食いつきそうなワードを言うだけだ。ただし、言ったことは覚えておくこと。そうでないとバレてしまうからな。


「ああ、でもさ、まだまだ飲食店のノウハウを勉強しなくてはならないかいから、金がかかるんだ。あ、ああ、いや、金を貸してくれとかじゃないさ。ただ、愚痴を聞いてほしくてさ」


 ここで俺は伏し目がちになって、声のトーンを落とす。これも俺のルール。こうすることで健気だが金に“健全な理由”で困っているアピールをすることを重ねると大抵の女は援助を申し出てくる。



「はい、今月のお金。タカオさん、勉強頑張ってね」


 ミカが今月の金を渡してくる。最初にバーで声をかけた時は地味なスーツにひっつめ髪という冴えない女だったが、いくぶんか垢ぬけてきた。

 ああ、もちろん声をかけるときはこういう地味でモテなさそうな女にするのも詐欺師ルールだ。この手の女は大抵男慣れしていないから落としやすい。


「ありがとう。本当にミカには助けられているよ。その、良ければこれ、安物だけどさ」


 ここで俺は指輪を差し出す。貧乏な俺という設定だから安物だ。しかし、こうして結婚を匂わせることにより、金を引っ張る期間を長引かせることができる。


「え? これってプロポーズ?」


「ああ、そう思ってもらえると嬉しい」


「そう、でも、それに答えるには私のこだわり、マイルールがあるの。聞いてくれる?」


「なんだい?」


 マイルールと言っても、せいぜいブランド指定やこだわりの店の指定くらいだろうと思ったが、ミカのセリフは予想外だった。


「戸籍謄本を見せてもらえる?」


「へ?」


 こ、戸籍謄本だと?! いきなり何を言うんだ。


「私ね、過去に既婚者に独身と言ってだまされたことがあるの。だから、独身だとわかるように次に会った時に戸籍謄本を見せて」


「あ、ああ」


 こんなことを言い出す女とは思わなかった。このままおさらばかな……。


「見せてくれたら、これからは今日のお金の二倍出してあげるわ」


 ……前言撤回。なんとかしよう。とりあえず名前だけは本名を名乗っておいてよかった。まあ、ありふれた苗字に名前だ。いざとなれば逃げられるだろう。



 そして、いつものバーで落ち合って、俺は書類を見せた。ミカはにっこりとして頷いた。


「確かにタカオさんの戸籍ね。でも、抄本なのはなぜ?」


 嫌なところをついてきた。


「謄本だろ?」


「ううん、違うわ。最後の証明文。『これは戸籍の一部事項を証明したものである』って。一人分だけの証明ということよ。他に家族がいるのではなくって?」


 冷や汗が出てきた。まずい、なんでそこまで詳しいのだ。妻子がいるのがバレるのはまずい。やはりここでおさらばするしか……。


「ちゃんとしたのを持ってきてくれたら、次は三倍のお金を持ってくるわ」


 前言撤回。こっちも詐欺師だ。あの手で切り抜けよう。



「今度こそ、謄本だよ」


 俺は意気揚々と謄本を出す。


「なんで一週間前の日付で分籍しているのかしら? これってこないだの戸籍から一人だけ切り離しているのよね? 見られちゃまずいご家族がいるのかしら?」


 うぐぐ、なぜバレた。


「こないだの抄本には婚姻日が書いてあった。だけど、今回のには婚姻日がなく、離婚日が書いてないわね。確か二年前にバツイチになったって言ってたよね。

戸籍のロンダリングってやつ? 離婚して転籍や分籍すると離婚歴が消える。ま、きちんと遡って除籍謄本を取ればわかることなのにね」


 戸籍ロンダリングを知っているとはこいつ、素人ではない。まずい、こいつはきっと法律に詳しい。とりあえず、謝り倒そう。


「す、すまない!! 離婚手続きがきちんと済んでいなかった。でも、別れたから!  きちんと家からも出ていってもらう! だから、だからっ……」


「そう、奥さんいたのね」


「ああ、別れてくれと言っているがなかなか聞いてくれなくて、だから、とりあえず離婚届だけ出した」


 ミカはカバンからパソコンを取り出すと何かを立ち上げた。


「それ、奥さんに無断で出したってこと?

有印公文書偽造罪にあたるわよ」


 俺は席を立ちあがった。逃げよう、とにかく逃げて連絡先を消さないと。


「あ、無駄よ。既にあなたの戸籍謄本も住民票も取り寄せているし、今まであげたお金を取り返すために地裁へ給与差押の訴状も出したから」


「お、お前、何者だ」


「言ってなかったっけ? 弁護士やってるの。ま、駆け出しのイソ弁だけどね」


 ……俺はカモにする相手を間違えたようだ。

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俺のルールと彼女のルール 達見ゆう @tatsumi-12

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