第2話 剣神、現る

 目の前に空間を割り現れた決闘相手の実技成績最底辺の男、音西廻。その佇まいは、右手に握った千子村正の峰を右肩に置き、何も持たない左手をまるでそこに刀があるかの様に握り、切先を私に向けるかのように構え、合計二本の刀が今、そこにあるかの様な構えを取る。


「呼ばれて飛び出て僕が来た。さぁそこの可愛らしいお嬢さん、ここからは僕がお相手しましょう」


 さっきまでの『俺』と言う一人称から『僕』に変わっている。それにまるで二刀流みたいな佇まい・・・まるで別人、今の彼はあの最底辺君じゃない。妖狐の幻術すら打ち破るとなると闇雲に幻術は使えない。影正だけで今の彼を倒さなければ。


「おやおや、戦意を失ってしまったんですか?それともこの僕が相手じゃご不満ですか?」


 本当にさっきまでの音西廻じゃない、確かに彼もこんな風に煽って来てはいた。でも、今の彼の言葉には露骨なまでの自分への絶対的自身が見て取れる。少し前までの煽り方は、虚勢と自分のペースに持ち込もうとするような煽り方だった。だが今は虚勢なんて微塵もなく、自然な流れで煽ってきている。


「戦意喪失なんてしてない。それと、一人称が変わっているようだけど、貴方は本当に音西廻君なの?」


 葉月のその質問に眼前のはくすりと笑い、両腕の力を抜き、葉月の瞳を見据え、まるで罠にかかった獲物を見るかのような眼で言い放つ。


「信じられないと思うけど僕は宮本武蔵、過去に剣神と呼ばれた男だ」


 宮本武蔵と名乗った男の言葉により、さっきからざわついていた観客が一斉に驚嘆の叫びをあげ、数秒後、今度は逆に静まり返る。

 宮本武蔵、二天一流兵法の開祖で、最強の二刀流使い。右手に大太刀、左手に小太刀を装備していたと聞いているけど。


「なら、貴方が宮本武蔵だって証明する実力ものを私に、そして、この場に集まったギャラリー全員に見せなさい」


 もしもこの男が本当の宮本武蔵なら千子村正一本では本来の力を発揮できないはず。それならまだ何とかなる。と言うか、彼が本当に宮本武蔵だという根拠もない。何らかの方法で幻術を破り、それを宮本武蔵の力だと思わせることで私の隙を作ろうとしているだけかもしれない。


「いいよ、じゃぁ僕から行かせてもらうね」


 宮本武蔵と名乗った男は左手を先程葉月に向けていた時と同じように構え、右手に握った千子村正は峰を下に、切先を葉月の足元に向け上段に構える。

 確かに刀が二本あれば隙が少ないのだろう。だが、彼が持っているのは千子村正の一本だけ、これでは隙だらけの構えとなって。

 葉月がそんな思考を巡らせていた次の瞬間。重苦しい空気を切り裂く音共に、数メートルはあった葉月と廻の距離が一気に詰められ、葉月は廻の間合いに入る。


「なっ‼」


 驚嘆の言葉を発し、葉月が急いで防御態勢を取り、距離も取ろうとするがもう遅い。葉月の防御態勢が整う前に振るわれた千子村正は、葉月の腹部を捕らえ、そのまま会場の壁まで葉月を吹き飛ばす。数メートル吹き飛ばされ、壁に直撃した葉月は吐血こそしなかったが、口から唾を吐き、明らかに大きなダメージを受けたのは客観的にも見て取れる。


「くっ、ふざけた事を・・・・・」


 意識が霞む・・・それに腹部にまだ鈍痛が残っている。あの男、刃で斬らず峰での打撃に私に村正が当たる直前に切り替えた。それにあの距離をほぼ零秒で詰める身のこなし、信じる気は無かったが、信じざる負えない。今私の目の前にいるあの男は音西廻じゃない、伝説の剣神、宮本武蔵だ。


「おかしいですね~。今の一撃、確実に気絶させるつもりで打ったんですが・・・まさかまだ意識を保っているとは、中々タフですね」


 今の葉月の中には、目の前の男への恐怖と共に、怒りがこみあげていた。それは、今の一撃で自身を斬らなかった事に対する怒りだ。

 先程の一撃、葉月は反応すらまともにできなかった。それなのに武蔵は刃で斬らず、峰での打撃を選んだ。それも、直前で切り替えるという事をしてまで。それが葉月にはどうしようもなく許せなかった。私

 は真剣勝負だと思って望んでいたのに、まるで馬鹿にされた気分だ。


「ふざけるな‼」

「おや?」


 こみ上げた怒りを抑える事が出来ず、葉月は心の叫びを口に出してしまう。それに少しは驚いたようだったが、『何故』と言わんばかりの素っ頓狂な声が、葉月のこの男に対する怒りをさらに増幅させる。


「貴様今、直前で峰打ちに切り替えただろ‼これは真剣勝負だ!もしも私が女だからと言う理由で手心を加えたつもりなら今すぐこの場を去れ‼」


 荒くなった呼吸、乱れた髪、頬を伝う汗、鋭敏になった感覚がその全てを感じ取る。言いたいことを全てぶちまけ、少しすっきりした心でこの男の言葉のすべてを聞き取る。


「手心加えたつもりは毛頭ありません。僕は女性を斬るのは趣味じゃない。ただそれだけですよ」


 バトルマンガ等にはありがちなセリフ。だがそれは、その言葉は、更に葉月の心をイラつかせる。今、武蔵が言い放った言葉『僕は女性を斬るのは趣味じゃない』つまりそれは葉月が女だから斬れない。『女だから手心を加えた』と言うのと何が違うのか。いいや違わない。それは、葉月が望んだ真剣勝負じゃない。


「私が女だから斬れない?ふざけた事をぬかすな‼それなら今から私は女じゃない‼私は・・・いいや、俺は安倍葉月だ。俺は、宮本武蔵。お前との真剣勝負を所望する」


 葉月はいつもの澄ましたような口調から、男の様な荒々しい口調に変え、一人称も『私』から『俺』に変える。それは、もう武蔵に『手は抜かせない』という意思の現れであった。そんな葉月を見た廻基、宮本武蔵の表情は笑顔から真剣な物へと変わる。


「いいでしょう。では、先程の無礼をお詫びいたします。確かに貴方が言う事にも一理ある。そこで、誠に勝手ながらここからは手加減なしで行かせてもらいます」


 償いにしては遅すぎる。でも、これ以上ない品だ。あの伝説の剣神、宮本武蔵と本気の戦いが出来る。それは、剣を極める和装剣士なら誰しも夢焦がれる機会だ。


「水孤影正・水龍の陣!」


 影正の切先から放たれる水の刃、それは龍の姿を模し、更に五体に派生し宮本武蔵に向かってそれぞれ別方向から飛翔する。

 この技を見ただけで分かる、彼女のたゆまぬ鍛錬と比類なき才能を。これほど量の水を空気中の水蒸気や水素と酸素のみで賄うには本来相当の時間がかかる筈。それをたった一言を発する時間でかき集め、更に五体に分けた龍の形を模した水を同時に精密操作するには相当の集中力が必要だ。多くの者はこれを『才能』の一言で片づけてしまうと思うと、ほとほと悲しく思えてくる。ならばせめて、僕ぐらいはこの技に、そして彼女に敬意をこめて真っ向から迎え撃つ‼

 五体の水龍は寸分の狂いなく、全く同じ速度で武蔵に向かう。この攻撃は躱す事も防ぐことも許されない。五体全ての水龍を防いだり避けたりするのはほぼ不可能。発動すればほぼ必中の技、葉月が今までこの技を使って負けた試合は無い、それ程までに完成度の高い技である。

 そして、ついにこの決闘の決着の時がやってきた。それぞれ違う位置から襲ってくる水龍に対して全く微動だにしない武蔵。次の瞬間、水龍の牙が武蔵に掛かる・・・・・










 その刹那、会場にいる誰もが目を疑った。水龍の牙がかかるほんの一瞬前に武蔵が両足を肩幅以上に開き、腰を落とし、右手に握った千子村正の峰を右肩にかけ、その切先を自分の背中に触れるか触れないかのギリギリの位置で止めている。そして、肝心の水龍は全て顔を真っ二つに斬り裂かれ、その水龍を構成していた全ての水が千子村正に吸収される。

 この時、葉月は悟った。自分の敗北を、そして、自分の対戦相手。宮本武蔵と音西廻の強さを認めることにした。


「これは・・・・・勝てないわ」

「御免」


 峰打ちの際に見せた超速の間合い詰めによって近づいた武蔵は、今度は決闘相手の少女に敬意をこめ刃ではなく、頭金で鳩尾を殴打する。そして、葉月はそのまま気を失う。これにより決闘は決着した

 せ、生徒会長の気絶によりこの勝負・・・音西選手の勝利となります―――――

決闘前に賭けの内容を放送にて発表した女生徒が今度は決着を放送で発表する。そして、観客の歓声を浴びるのは誰有ろう。絶対に勝てないと思われた決闘において一度も生徒会長の攻撃を受けることなく今この場にその両足で立っている、音西廻である。


「すまんな、生徒会長。こうでもしないと俺はあんたには勝てないんでね」


 能力を解除した廻は、誰にも聞かれない様に葉月への謝罪と、その実力の称賛の言葉を口にする。

 今回俺がやったことは見る奴が見ればイカサマだと言われても仕方のない物だ。だが、俺が格上の生徒会長を下すにはこうするしかなかった。俺の剣術の腕じゃせいぜい多少の時間を稼ぐしか出来ないからな。でもこれで音西神社が学園に吸収される事は無くなった。


「取りあえず一安心だな。お~い、誰か担架を持ってきてくれ、生徒会長を保健室に運ばなくちゃならないから」


 廻がそう叫ぶと、救護班の様な人間が入場ゲートから担架を持って飛び出してくる。そして、その担架に生徒会長を乗せ、会場外へと運んでいく。それを見送ったのち、廻も反対側の入場ゲートから会場を出る。




~数時間後~〈保健室〉




 葉月が目を覚ますと、最初に視界に飛び込んできたのは保健室の天井だった。そして、身体を起こし、周囲の様子を見ると、そこにはさっきまで敵として戦っていた、音西廻の姿があった。彼は、ベッドの近くに置かれた丸椅子に腰かけ、一冊の本を読んでいた。そして、葉月が目を覚ましたことに気が付くと藪から棒に口を開いた。


「おっ。目が覚めたか」


 そう言うと廻は先程まで読んできた本を閉じて、自身の太ももの上に置き、葉月の顔をじっと見つめる。


「何よ・・・私の事を笑いに来たの?自分で下しておいて、その対戦相手を笑うなんて本当に性根の腐っている人ね」


 葉月の嫌味混じりのそんな言葉に廻は呆れた表情になり、ため息をつく。そして、向き直り、葉月にとある提案をする。


「なぁ、生徒会長さんよ。そう言えばあの決闘の賭けの話なんだが・・・あれって不当だよな?」

「なっ、いまさら何を。あんただってあの条件で同意したじゃない」


 ここで下手に出てはいけないと、葉月の本能が告げた。そこで、葉月は廻の言葉に食い下がる。だがそれをよしとしない廻の追撃が。


「確かに、あんたに半分以上脅されて同意したな。でもよ、よくよく考えてみたらそっちが勝てば強制的に俺達は立ち退き、俺が勝てば金輪際うちの土地を買い取りたいとは言わない。それじゃぁ俺達家族が背負うデメリットの方が一方的に大きくないか?」


 確かにその通りだ・・・元々この賭けは学園長、つまりは葉月の父親が持ち出し、条件を決めた物だ。今考えれば学園長が何を考えているか葉月にも分からない。


「それで?音西君、君の望みは?内容によっては聞いてあげないことも無いわよ。その代わり卑猥な物や如何わしい物は受け付けないわよ」


 この時葉月は、廻の望みの内容によってはその望みを呑もうと思っていた。

 元々は自身の家族がしでかした不当な賭け、恐らく元凶の父親に直談判しても意味はない。

 それなら家族である私が責任を取る。それにこの賭けの内容を彼ら家族に言い放ったのも私だし。

 そう考えたからこその葉月の一言であった。


「俺からの望みはたった一つ。生徒会長、あんた音西神社でバイトしてくれ」


 廻からの進言に葉月は数秒放心し、更に数秒熟考した。その結果行きついた答えは、何故『バイトしろ』なのかと言う疑問だった。


「えぇ~っと、何故音西神社でのバイトが条件なの?」

「理由は二つ、ひとつはあの広さの神社を俺達家族四人では維持が大変だから。そして二つ目が、うちの土地を賭けての決闘だったんだ、それならそっちの追加掛け金もうちに関する事が通りだから」


 確かに一理ある。と言うか、あらかじめ釘を刺しているとはいえ何御気に無しに『脱げ』とか言われなかっただけまだましだと思う葉月。

 しかし、問題はそのバイトの期間だ。


「そのバイトはいつまで続ければいいの?まさか一生とは言わないでしょ?」


 一生働け、なんて命令はもう既にバイトの範疇を超えている。それは一種の奴隷みたいなものだ。そんな条件であれば勿論呑めるわけない。最大でも10年が限度だ。

 そんな葉月の予想を裏切る言葉が音西廻の口から飛び出してくる、それは。


「バイト期間は俺と義妹の二人がこの学園を卒業、又は中退するまでだ、無論進級できない場合は即中退する。つまり最大でも約三年だな」


「さ、三年?」


 予想よりも相当短い期間だったため、葉月は素っ頓狂な声を出す。そんな好条件であれば呑んでも良いと心に決めた葉月が、それを告げようとすると。


「あぁ?三年じゃ長いってか?なら二年でも」


 案の定さっきの素っ頓狂な言葉のせいで廻に勘違いされていたらしくさらに一年短くしてくれた。だが、生徒会長のプライドがそれを許さない。


「三年で良いわよ。それと、ちゃんとバイトの制服?もそっちで用意しなさいよ」

「ん?制服って巫女のあの服か?それなら勿論用意するが・・・・・」


 廻は更に少し赤くなっている葉月の顔をまじまじと見つめている。

 と言うか、いくら何でも見すぎ、セクハラで訴えようかな。

 葉月がそんな考えをしている間も廻はずっと葉月の顔を見つめ続ける。

 私の顔に何かついてるっての?


「生徒会長ってもしかして巫女さんとかに興味有ったりするのか?」


 予想外の廻の言葉に、葉月の余計顔が熱くなる。

 確かに神社の巫女に興味があったのは事実。でもまさか葉月も『巫女装束を用意して』と言う一言でそれを見透かされるとは思って居もいなかった為。そして、他人にその事を言われ一気に恥ずかしくなる。


「だったら何よ、何か文句でもあるの!?」


 葉月は真っ赤になった顔で廻を睨みつけ、叫ぶことで恥ずかしさを紛らわせようと努力するが、そんな努力もむなしく恥ずかしさは変わらない。それどころか、廻の驚いた顔を見てなぜか涙がこみあげてくる。


「いや、文句はないけど・・・生徒会長もそう言うのに興味あるんだな~って」


 なぜかこの時、廻の言葉を聞いた時、葉月はちょっとした嫉妬心にかられた。そして、心にとどめておくつもりが、つい口が滑ってしまった。


「私も・・・ってどういう意味?」


 そんな少し怒気をはらんだ生徒会長の声に、決闘時以上の恐怖心を覚えた廻は、隠せば話がこじれると考え、正直に話すことにした。過去の義妹の事を。


「いや、昔義妹も同じような事言ってたんで、懐かしかっただけですよ」


 過去の妹さんの話しと聞いて、葉月の中に芽生えた嫉妬心は一度消えそうになったが、よくよく思えば廻の妹は義理の妹で、廻との血縁関係は無い事を思い出し、最終的に葉月の嫉妬心は消える事は無かった。

 でも、廻の義妹と同じ考えだった事に葉月は何かの可能性を見出し、その場は嫉妬心に心が支配されることは無かった。


「そう言えば君たち兄妹って結構仲いいよね。何か秘訣でもあるの?」


 葉月自身も何故こんな事を聞いたのか分からない。ただ、『今は彼に帰ってほしくない』と言う気持ちだけが心に残っている。それがどうしてなのか、そんな事を考える余裕は今の葉月にはない。ただ、今は彼ともっと話したい、もっと一緒に居たいという思いだけが強く葉月の心に有った。


「仲良くいる秘訣、ですか・・・考えたことも有りませんでした」

「ふぅ~ん、そうなんだ」


 あぁ、終わってしまう。きっと会話が途切れれば彼は帰ってしまう。同じ学校に通ってい、彼の実家の神社でバイトするからにはまた会う機会はいくらかあるだろう。だが、そうじゃない。そんな事で一緒に居たいんじゃない。考えろ、彼ともっと長く一緒に入れる方法を・・・・・

 そんな思考を巡らせ続け、葉月は一つの答えに行きつく。


「ねぇ、音西君。君、生徒会に興味は無い?」


 生徒会長は先任の生徒会長による指名制、どれだけ強かろうと、他人の事を思いやれない人に生徒会長を任せるわけにはいかないから、そうなっているらしい。それ以外の役員は現生徒会長に任命権がある。そして、今の生徒会にはまだ空席が一つ残っている。そこに彼を入れればもっと一緒に居れる。この楽しい時間をもっと。


「すいませんがうちの手伝いも有りますので」


 そう、こう断られる事は葉月には分かっていた。だが、葉月にもまだ考えが残っている。


「生徒会の仕事は何も学校でやる事ばかりじゃないわよ。事務仕事は基本的に皆、家でやってきてる。それで無理かしら?もしも無理だと君が言うなら言わせてもらうけど、この学園の生徒会長である私を下した意味をよく考えてちょうだい?」


 葉月は確信していた、口は多少悪い事はあるが基本的に廻は伝統などはきっちりと守る男だ。こういう言い方をすれば廻は断らない。いいや、断れないだろう。そして、そんな葉月の思惑通り、廻は生徒会、副会長の座に入る事となった。

 彼が帰った今考えれば少しズルい言い方ではあった。だが、私はどうしても彼と一緒に居たかった。何故私がそう思うようになったのか私自身にも分からない。だが、ただ一つ確実に断言できるのはこれは恋愛感情では無いという事だ。




〈音西神社〉




「それでお兄ちゃんその生徒会長さんの申し出を受けたの!?」

「まぁな」


 廻は、境内で朝の掃除の続きをしていた義妹の羽月に、保健室での話を一通り話した。生徒会長がこの神社でバイトする事になった事。そして、廻が生徒会に副会長として入るという事。最初は驚いていた羽月も廻が詳細を話せば全てに納得してくれた。この神社が圧倒的な人手不足である事、学園最強の象徴である生徒会長に決闘で勝利したことの意味。廻自身も生徒会長からその話をされ、帰路の間ずっと考えていた。

 あの決闘は殆ど騙し討ちみたいなものだが表面的な結果だけ見れば勝ちは勝ち。最強に勝ち、更にどの委員にも属さない廻なら学園最強の生徒会長の実力を測るにはもってこいの存在、もしかしたら廻を保護するという意味も込めて生徒会に勧誘したのかも知れない。確かに廻の能力は強力、だがその反面、発動条件がそれ相応に厳しい。何度も乱発できる物でもないし、あまり使いすぎると詳しく知られる危険性もある。まだ発動までに時間がかかる能力である事は義妹の羽月の他だと生徒会長以外には知られていないとはいえ、勘のいい者なら気が付いていてもおかしくないから。


「でも、あの生徒会長がよくうちのバイト引き受けたよね」

「まぁ生徒会長も巫女服に興味あったみたいだしな。昔のお前みたいに」


 廻がそう言うと羽月は、顔を真っ赤に染め下を向き、無言で俺の胸部を弱い威力で叩き続ける。いくら威力が弱いとはいえ、無言のまま殴られると少し狂気を感じる。だがまぁ、下を向いて良くは見えないが、むくれた羽月の顔は可愛らしい。

 このルックスでこの性格、更には成績優秀となれば、まぁモテるモテる。兄としては変な男に引っかからないか心配ではあるが、羽月はその辺もきっちりしている。人を見る眼は俺以上だろうしな。


「取りあえず、また明日生徒会長に会って、巫女の服を渡さないと・・・ってそう言えば服のサイズ聞いて無かった。しゃぁない、明日サイズ聞いて、うちに引っ張ってくるか」


 明日の予定を決め、それを声に出し羽月にも聞こえるように言うと、先程まで、低威力で廻の胸を叩いていた羽月の拳が、力強く突き出され、廻の腹部にめり込む。


「う・・・ぐっ・・・・・」


 廻は腹部に手を当て、地面にうずくまり、腹に渾身の右ストレートを打ち込んだ張本人の羽月の顔を見上げる。その顔は、頬は膨れ顔は赤くなり、目にいっぱいの涙を貯めた少女の泣き顔だった。そして羽月はそのまま神社の敷地内にある自宅へと姿を消す。


「何で、こんな目に・・・・・」


 痛む腹を庇うようにゆっくりと立ち上がり、自宅の玄関へとゆっくりと歩みを進める。その日はそれ以降羽月は口をきいてくれなかった。

 生徒会長は俺達兄妹の仲が良いって言ってたけど・・・これって本当に仲が良いって言えるのか?




~翌日~〈安陪学園 生徒会室〉




「そう、確かにサイズの違う物を渡されても困るわね。分かった、今日の放課後貴方の家に行くことにする」


 昨日、廻が境内で言っていた通り、サイズ合わせの為に生徒会長は音西神社に訪れる事になった。だが問題が義妹の羽月。祖母が羽月から聞いた話によると、廻が生徒会長の事ばかり気にかけているみたいでヤキモチを焼いたらしい。祖母がそんな事はないと説得はしてくれていたが、生徒会長を家に連れてったらまた拗ねるんだろうな~と内心不安になる廻。


「あぁ、それと音西君。生徒会に入ったからには今度の体育祭ののう剣舞けんぶに参加してもらうから、それまでにしっかり仕上げておいてね」


 美納剣舞。体育祭のプログラムの一つで、各学年の代表者が生徒会役員にそれぞれ挑戦できる。ただし、各学年はそれぞれ違う役員に挑戦しなければならない。生徒会長と戦える数少ない機会な上、生徒会長と戦えなくとも手練れぞろいの生徒会役員、今の自分の実力を推し量るのには十分すぎる機会だろう。

 元々は神に剣舞を奉納する為のイベントで、年に弐回、体育祭と文化祭の時に行われる。よりよい剣舞を奉納できればその年は幸が訪れると言われている。


「そう言えばそんなイベントも有りましたね・・・俺としては面倒な事この上ないんですけど」


 生徒会長を下した廻は、恐らく生徒会長と共に挑戦の対象となっている可能性が高い。しかも美納剣舞は美しい剣舞を神に奉納するのが第一目的。廻の戦い方では、勝つことは出来ても美しくはない。それに、能力発動までに伍分もの時間を必要とする。いくら何でもそんな長い剣舞は必要ない。


「能力が使えない以上剣術だけで魅せれるようにしないと」


 廻が思っていたことをポロっと口にしてしまう。それを聞いた葉月は、不思議そうな顔をして廻の顔を見る。その葉月の顔を見て廻は、少し後ろに後ずさる、すると。


「何で能力が使えないの?発動までに時間がかかるから?」


 表情をそのままに、葉月は不思議そうな声で、首をかしげながら廻に質問を投げかける。

 予想はしていたがやっぱり生徒会長にはバレてるか。もしも、もう一度会長と戦う事になれば今度は時間稼ぎも楽じゃないだろうな。そんな事になった時の為にも、やはり剣術の腕は磨いておいた方がいいな。

 そんな思考をしている廻に、葉月は思わぬ言葉を掛ける。


「それなら最初から発動させておけばいいんじゃないの?」


 葉月のその言葉に廻は言葉を失う。と言うか、確かにその通りだ。発動までに時間が掛かるのなら、先に発動しようとしておけばいい。廻の能力は発動としてから発動可能になるまで約伍分と言う時間がかかる。だが、逆に言えば伍分さえ立ってしまえば発動タイミングは廻の自由。戦いの数分前に能力発動をしようとし、戦いが始まったらすぐに使えるようにして置くのも一つの手である。


「た、確かにその通りだ・・・ありがとな生徒会長」


 廻は笑顔で葉月に感謝の言葉を述べる。その言葉を聞いた葉月はうれしさと気恥ずかしさから廻の顔を直視することが出来ず、反射的に顔を逸らしてしまう。


「わ、私に勝った貴方が一般生徒に負けたら私の家の名に傷がつくから教えてあげただけで、べ、別に貴方の為なんかじゃないから・・・その辺、勘違いしないでよね」


 誰がどう聞いてもテンプレートなツンデレ。赤く染めか顔を逸らし、弁明を取る。いつもは毅然に振舞っている生徒会長の意外な一面。このギャップで萌えるものもいるようだが、あいにくと廻はこういった趣向にはあまり興味が無い。

 そう言えば今まで意識して生徒会長の顔を見て無かったがよく見れば可愛い顔をしている。人前で見せる性格が今の生徒会長の性格であれば人気爆発間違いなしだが、あの性格じゃ一部の人間にしか受けないだろうな。


「はいはい、分かってますよ。美納剣舞では、知恵を貸してくれた生徒会長さんの顔に泥を塗らない戦いをしますよ」

「それじゃぁ、生徒会長命令です。廻、美納剣舞、並びに八月に開かれる和装祭で恥となる剣を披露しない事。良い?」


 生徒会長は、色々と無理難題を言い渡すのが趣味の様だ。と廻は思う。

 だが、宣言したからにはやり通す。俺は嘘はつかない。そして、一度した約束は何が有ろうと守り抜く。


「と言うか、しれっと呼び捨てにしてるし・・・なら俺も葉月って呼んでも」


 流れるように呼び捨てにされた廻は、自分も呼び捨てで葉月の事を呼んで良いか聞こうとした瞬間、廻の言葉を遮り、生徒会長が口を開く。


「それはダメ・・・だって私は生徒会長で貴方の先輩だもの」


 きっぱりと断られる。

 一応、生徒会長が神社のバイトとして入っている時は、俺はあんたの上司に当たるんだが・・・・等と思いつつも、渋々それを了承する。

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見習い和装剣士達の箱庭 小山愛結 @Kanzaki00

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