見習い和装剣士達の箱庭

小山愛結

第1話 音西廻ここにあり

時は皐月上旬、とある日の寅の刻。二階子の部屋、その窓からカーテンの隙間を通り抜けた光が顔を照らす。その光で目を覚ます少年、その者の名、音西廻おとにしかい。ここ、音西神社の現神主である。


「もう朝か・・・そろそろ起きて境内の掃除をしないとな」


 廻は微睡から自分自身の意識を引っ張り戻し、弐階にある自室のベッドから起き上がる。そして、いつもの白い着物と浅葱色の袴を着込み、玄関に置いてある竹箒を持ち、外に出る。

 外に出ると、巫女装束に身を包んだ黒い長髪に紅い瞳が特徴的な少女が既に、俺と同じ竹箒を持ち、境内の落ち葉を掃き集めていた。


「あ、今日は起きるの早いね、お兄ちゃん」

「おいおい、その言い方だと、俺がいつも寝坊してるみたいに聞こえるんだが?」


 この巫女装束の少女は、廻の義妹の音西羽月音西羽月。廻の義理の父親の連れ子で、年も廻と同じ十六歳。ただ、生まれた月が廻の方が壱月早かった為、廻が兄で羽月が妹となっている。因みに廻と羽月の両親は既に他界、今はこのバカでかい神社を廻と義妹の羽月、それから母方の祖父母で維持している。


「聞こえる。じゃなくて、いつも本当に寝坊してるじゃん、まぁ今日はお兄ちゃんが早起きしてくれたおかげで、学校にも遅刻ギリギリで行く事にはならないね」

「いつも遅刻ギリギリなのかよ・・・ちゃんと余裕をもって登校しなきゃダメだろ」


 俺や羽月の通っている学校は中高一貫の『和装剣士育成校 安倍あべの学園がくえん』と言う、陰陽師、安倍晴明の子孫が管理している学園だ。因みにだがその学園の敷地は、うちの音西神社のすぐ横である。


「それはお兄ちゃんが境内の掃除手伝わないわ、掃除が終わった後でも全然起きてこないわ、準備も遅いわ・・・全部お兄ちゃんのせいだからね」

「あはは~、そうだっけか?」


 そんな微笑ましい?兄妹の会話をしている二人ふたりに近づく一つの人影。そして、二人もその人影に気づきそちらの方を向く。すると廻も羽月も険しい表情になる。


「あらあら、お二人共そんな怖い顔をして、ずいぶんな歓迎の仕方ね」


 険しい表情をしている廻達とは対照的に、笑顔を浮かべている少女。ピンク色の腰ほどまでの長髪、そして、空色の瞳を持つ。彼女の名は安倍あべの葉月はづき、安倍学園の生徒会長を務めており、学園長の娘だそうだ。


「私がここに来た理由。解ってるわよね?」


 安倍葉月が音西神社に来た理由。それは、学園側がこの神社の敷地を買い取る為・・・いわゆる地上げ見たいなものだ。この土地を買い取り、学園の敷地にしたいらしい。それを廻達は頑なに拒んでいる。

 そんな折、生徒会長様から決闘の申し込みがあった。内容は音西神社の若神主である廻と、安倍学園生徒会長である葉月の一騎打ち。相手を殺す事は禁止、それ以外なら無制限のほぼ実戦に近い、賭けの有る決闘。賭けの内容は、生徒会長が勝てば音西神社は土地の買い取りに応じる事。廻が勝てば金輪際音西神社の土地は、学園に対していかなる売買、譲渡も一切受け付けない。と言う内容だ。


「勿論、理解してますとも。本日の決闘、よろしくお願いしますね。生徒会長様」

「えぇ、こちらこそよろしくね。学園最底辺の音西君・・・それと、音西神社の家宝、千子村正せんじむらまさを楽しみにしてるわ」


 そう言って生徒会長、安倍葉月は音西神社を後にする。

 葉月が去り際に口にした千子村正とは、妖刀として名高い村正の別称である。だが、音西家の家宝である千子村正は『妖刀』ではなく『神刀』数少ない神が創りし刀だ。


「ねぇ、あの生徒会長さん、お兄ちゃんの千子村正を楽しみにしてるって」

 元々千子村正は神刀ではあるが、広く知られている訳では無い。そもそもあまり表立っての活躍が無い刀、知っている者は殆どいないはずなのだが・・・

「まぁどうやって調べたかは分からないが、こんなことになったんだ、俺も本気でやってみるさ」

「でも生徒会長さんも言ってたけどお兄ちゃんって、筆記は問題ないけど、実技は・・・」


 廻の成績、筆記は優秀と言っても過言ではないが、実技は最底辺。妹の羽月にすら表記上勝てないレベル。正直、そんな廻が、筆記と実技共に学年最優秀の葉月に勝てるかと言われれば、まぁ十中八九、不可能だ。恐らく葉月が廻にあんな条件で決闘を挑んだ理由の一つでもあるんだろう。

 だが、これに勝てなきゃ廻の神社の敷地は学園に吸収される。今まで数百年にわたって継いできた大切な神社。こんな理由で潰してたまるか。と心の中で思う廻であった。


「って、早く掃除終わらせないと、今日も遅刻ギリギリになっちゃうよ~」


 今の時間は伍時半刻。掃除に朝食、登校の準備を考えればもうあまり時間が無い。だが廻は、そんな羽月の言葉を無視し、音西神社本殿内に入る。


「本当は、学園在籍中にお前を使うつもりはなかったんだけどな・・・でも、この神社を守る為だ、力を貸してもらうぞ、千子村正」


 はは、ようやく童を使う気になったか─────

 廻の頭の中に少女の声でそんな言葉が響いてくる。廻には稀に聞こえる声だが、これが千子村正の声・・・・・廻は本殿奥の壁にかけられている刀。千子村正を取る。




~決闘開始時刻〈模擬戦会場・選手控室〉~




 時刻は午の刻、控室には二人の生徒、学園の制服を着た音西羽月と朝着ていた着物の上から狩衣を着込んだ音西廻が居た。


「千子村正まで持ち出して、もし勝てなかったらどうするの?全校生徒の前で戦うんでしょ?」


 安倍学園生徒会長の決闘。それも、殆ど実戦形式での物。そんな条件での会長の決闘は相当珍しい、他の生徒からすれば、それを見学しない手はない。葉月は、学園内で一番和装剣士に近い存在なのだから。


「千子村正を使わずに全力で戦っても、それは俺の本当の意味での全力じゃない。それは対戦相手の生徒会長に対する侮辱だ。それに、千子村正なら勝てる可能性は、有る」


 自信に満ちた廻のセリフ、それは虚勢では無い。≪勝てる≫と言う確かな自信があった。それだけの信頼を廻は、千子村正に寄せている。


「さてと、そろそろ行ってくる」


 そう言って廻は控室を後にし、会場までの道を静かに歩いていく。


「お兄ちゃん・・・必ず勝ってね」


 羽月は両手を組み合わせ、神と呼ばれる存在に、廻の勝利を祈る。




〈模擬戦会場内〉




 廻が決闘会場の中に入ると、生徒会長は既に反対側で佇んでおり、俺の到着を今か今かと持っているようであった。そして、会場に足を踏み入れた廻の姿を見るなり、急に口を開き、こう言った。


「逃げなかった事は誉めてあげる。さてと、それじゃぁ早速始めましょうか」


 安倍葉月、和装学園二年で生徒会長、そして学園長の娘。安倍学園の生徒会長と言うのは学園最強を意味するものである。使用刀は妖刀・水孤影正すいこかげまさ。血液以外の水に関する物全てを操ることが出来る。


「そっちこそ、どこで調べたかは知らないが、千子村正を前によく逃げださなかったな」


 廻は生徒会長にされた挑発をそっくり返してやる。だがその挑発に対して葉月は笑顔を崩さずに、こう答える。


「私には逃げる理由は無いわね、だって学園最弱に負ける通は無いもの。でも、そんな生意気な口を利く最弱の後輩には、学園最強の名は伊達じゃないってところを見せてあげる必要があるわね」


 生徒会会長、安倍葉月は、安倍晴明の末裔、つまりは陰陽師の家系だ。和装剣士に必須の剣の腕だけでなく、御札による呪詛等も得意とする。呪詛や水孤影正の能力だけでなく。隠匿しているのか、表立った話こそ無いが、生徒会長には特異な能力も有る。それを何とかしないと、廻は、この決闘に勝てない。


「そうかよ。だがな、それは俺も同じだ。数百年、代々継がれてきた音西の名は、神刀使いの名は伊達じゃないってとこを見せてやるよ」


 これより、安倍学園弐年、生徒会長、安陪葉月対、同じく、安倍学園壱年、音西廻の決闘を行います。尚この決闘には両者の同意のもと賭けが成立しております。葉月選手がこの決闘に勝てば、廻選手は音西神社の土地を学園に売る事。廻選手が勝てば学園側による音西神社の土地に関する関与を金輪際受け付けない。と言うのが賭けの内容です─────

 放送部の女生徒の放送で軽く今回の決闘賭けの内容が語られる。それを聞いたギャラリーからは「無理だろ」や「諦めろよ」等の俺に対して批判的なヤジが飛んでくる。だがそんなのは関係ない。彼は、音西廻は、この決闘、必ず勝たなければならない。


「結構アウェーな感じだな。まぁそれもそうか、学園最底辺の俺が学園最強の生徒会長様に勝てる訳ないもんな~。でもな、生徒会長、俺は絶対に勝たなきゃいけない戦いは、一度も落としたことはないんだ。今回も勝たせてもらうぜ」

「ふふ、面白い事言うわね。絶対に勝たなければいけない戦いは落とした事は無い・・・だったら、貴方の絶対に落としてはいけない白星の中に、私が黒星を叩きこんであげる」


 『黒星を叩きこむ』その言葉は、廻が今まで戦ってきた相手に、何度も言われた事のある言葉だ。


「そんな事は関係ない、勝つといったら勝つ」


 廻は村正の刃を上に向け、両手で柄を握り上段で構えを取る。それに対して生徒会長は水孤影正の鞘、その鯉口を左手で握り、右手で柄を握り、居合の構えを取る。

 それでは、試合開始─────

 会場に響き渡る決闘の開始を告げる放送。それを合図に、生徒会長は構えをそのままに俺に向かって走り込んでくる。

 生徒会長はあの有名な陰陽師、安倍晴明の末裔だ、陰陽師としての資質も相当高い。今回の決闘にも呪詛や式神を使ってきても何ら不思議じゃない。何が飛び出すか分からない以上、警戒は怠らない。

 葉月は廻の目の前まで迫ると水孤影正を瞬時に抜き、廻の腹部に対して横方向の鋭い斬撃を放つ。廻はそれを後ろに大きく飛び回避する。


「水孤影正‼」


 彼女が影正の切先を廻に向け、そう叫ぶと、何もない空間から水が影正の廻に向けられた切先に集約するかのように出現し、一定の量が集まると廻めがけて針の様に次々と飛翔する。廻はそれらを村正で斬り落としながら、少しづつ後退し、葉月との距離を取る。すると、斬った水の針が次々と村正に吸収されていく。


「成程、それが殆ど誰も見た事が無い千子村正の能力、絶無」


 葉月の水孤影正と同じ様に、廻の千子村正にも能力が有る。それは、相手の特異な力を吸収する『絶無』と呼ばれる力だ。この力の対象となる『特異な力』と言うのは陰陽師が使える呪詛、巫女の破魔の矢、神職が使用する祝詞のりと等、様々な物が対象となる。勿論、和装剣士の共通武器である聖刀や神刀、妖刀の能力。和装剣士、個人の能力も効果適用内となる。


「よく知ってるな、どこで調べたんだ?」

「学園の情報網を甘く見ない事ね、貴方に関する事なら一通り調べたわ」


 自信満々な生徒会長の言葉。だが、廻はこの時、ひとつの確信を得ていた。


「一通り・・・・・ねぇ~」


 音西神社の情報ではなく、音西廻自身の情報を調べた・・・すなわち、廻個人の情報しか葉月は持っていない。しかし、廻の本当の切札はにはない。


「でもそうね~・・・・・音西君。貴方、まだ何か隠してるわね?」


 そう言いながら葉月は廻の事を睨みつける。その眼つきはいつもよりも数段鋭く、眼光だけで相手を殺す。と言わんばかりだった。それ程までに何かを隠されている事が嫌なのか、それとも個人的な廻への嫌悪か、まぁ廻にとってはどちらでもいい事。それに隠し事ならお互い様。


「それをおっしゃるなら生徒会長こそ、何かを隠しているんじゃないですか?例えばそうですね~・・・・・ご自分の能力・・・とか?」


 笑顔で、それでいて挑発混じりに、そして何かを見透かしたかの様に廻は生徒会長に言い放つ。それにより、生徒会長の眼光はより鋭い物になる。


「何が言いたい」

「おぉ、怖い怖い」


 廻は、生徒会長の言葉と眼光にわざと怖がる振りをした後、すぐに向き直り、真剣な表情で続ける。


「別に何も・・・・・ただ生徒会長、貴女の能力は隠す様な物ではないはずです。さっさと使ってくださいよ」


 廻のその言葉により、生徒会長の能力を知らない生徒がざわめき始める。そもそも、陰陽師『安倍家』の家系にも関わらず、学園内であの動物に関する話が持ち上がらないのがおかしかったのだ。しかし、それに気づいているのはこの学園の生徒じゃ殆ど居ない。

 そして葉月は、心の中でこう思う。『彼には私の能力の事が知られている・・・まぁそれが普通よね。今まで隠し通せてきたのだもの、それで御の字』っと


「音西君、ずいぶんと余裕ね。それと、私が能力を使わない理由は簡単よ、奥の手は最後まで取っておく物だもの」


 余裕?そんな物、今の廻には微塵もなかった。ただ、今はどんな手を使ってでも自分のペースに持ち込む必要がる。廻がそう判断した結果、葉月にはそう見えただけの事。しかし、その葉月の勘違いが、廻に多少の猶予を与えた。


「さてと、無駄話はここまで。ここからは少し本気で行くわよ」


 葉月はそう言うと、廻との距離を詰める為に地面を強く蹴る。その跳躍にも似た走行は、たった一蹴りで、さっきまであった筈の廻と葉月の距離を無い物とする程だった。

 廻の目の前に来ると同時に、葉月は影正を廻の腹部辺りで左から右に振り抜く。先程と全く同じ攻め方だが・・・・・そんな訳はなく。

 廻は葉月の斬撃を、上体を後ろに逸らし回避。そのままバク転で後方移動、それと同時に下向きになった影正の刃の側面に蹴りをたたき込み、上方へと跳ね上げる。


「水孤影正、陣撃」


 空に向けられた影正の切先から、刃をかたどった水が伸び始め。直後、急角度で曲がり廻めがけて伸び続ける。


「面白い攻撃方法だが、その程度なら防げる」


 伸びてきた水の刃を、廻は村正で斬り裂こうとするが、その直前で急に曲がり方向を変えた為、村正は水の刃に当たらない。それどころかさらに方向転換を重ね。刃の先端が廻に向き直る。


「自由自在かよ、面倒だな。だが」


 廻は水の刃をギリギリまで引き付け、村正の刃を斬り返し、迎撃する。村正が水の刃に触れると同時にその水の刃は村正に吸収される。これで弐度目・・・だが、今の水孤影正の能力上限は空気中に含まれる水分による。それどころか水素と酸素さえあればいくらでも生み出せる。

 だが、いくら何でも効果範囲が無制限な訳が無い。


「これも防ぐのか・・・本当にこれが実技学園最下位の実力なの?」


 先ほどからの廻の身のこなしは、学園最底辺の動きとは思えないほど華麗で、洗練されている。この学園の中で葉月の影正に直接蹴りを入れたのは廻が初めて。その蹴りが無ければ今頃、影正の『陣撃』で廻の右肩からは大量の血が流れている頃合い。それは事実、それに、陣撃を防いだのだって廻を入れても数人しかいない・・・今までの実技試験で本気を出していなかったのか。それとも、村正を持つと身体能力に上方修正がかかるのか。どっちにしろ葉月にとっては、面倒な事には変わりない。


「なぁ、生徒会長さんよ~。あんたの水孤影正の能力って無制限に水を創り出せるのか?」


 彼は私の事を煽って、自分のペースに持ち込もうとしているだけ・・・水孤影正の能力の考察も本来、私に聞く必要はない。それに彼も自分の手の打ちを明かす馬鹿はそうそう居ないという事を知っているはず。それと気になるのは彼の動きだ、明らかに私から距離を取ろうとする。今まで私と戦ってきた人間は彼とは逆に距離を詰めていた。それは、私の水孤影正の力を知っていて、発動前に倒そうとする為。だが彼は逆に距離を取り、私に影正の力を使わせている。確かに彼の千子村正の『絶無』なら私に影正の能力を使わせても問題はないだろう。けど、彼の実技の成績は『学年』ではなく、学園内で最底辺。もしもそれが本当に彼の実力で、彼自身が自分の実力を知っていれば、私が最初に距離を詰めた際の速度を見て距離を取る戦い方から、距離を詰める戦い方にシフトしてもおかしくない。それをしない、と言う事は・・・・・まさか、時間を稼いでいる?でも何の為に?仲間がいるならともかく、この決闘は私と彼の一騎打ち。私の実力なら二対一でも何ら問題はない。けど、羽月さんの成績は学年一位、学園内でも上位に食い込んでいる。その為、萬が壱に備えて音西廻との一騎打ちした、確実に勝つために。

 仲間が居ないのに時間を稼ぐ理由・・・考えられるのは発動までに時間がかかる能力や、呪詛の類。けど、神職の彼は呪詛ではなく、祝詞のはず、あれは時間がかかる物も有るが要は詩だ、声に出さなければ意味はない。それをしていない点から祝詞ではないのは分かるが・・・・・まさかとは思うけど、彼自身の能力!?でも、それなら―――

 葉月は廻の顔を見つめ、その空色の瞳を大きく見開き、驚きの表情をする。それに気づいた廻は、ほんの少し笑みをこぼす。

 生徒会長、やっと気づいたか。でもな、決闘開始から既に伍分経過している。発動条件は、クリアしたぜ。後は、タイミングだ。


「貴方が隠している物が分かったわ・・・・貴方、能力が有るわね?」


 葉月のその言葉に、また会場がざわめき始める。そも、和装剣士個人が能力を保有している例は少ない、それが実技の成績最底辺の廻が持っていた事に驚いたのだろう。だが、廻の能力は発動としてから発動可能まで五分と言う時間がかかる。つまり、それまで時間を稼ぐ必要がある上、戦闘における五分は相当長い。そこまでして実技試験であっても最低ラインの成績が取れればいいと考える廻は手を抜き、わざと、相手に勝たせて早く終わらせていた。その為、学園に義妹の羽月以外俺が能力を持っていることを知る者はいない。


「良く分かったな。だが、能力の内容までは教えないぜ。あんたが水孤影正の能力について詳しく教えてくれないようにな」


 もしも、彼の能力が発動に時間がかかる物で、その時間が既に稼がれているのだとすれば少し不味いことになる。発動に時間がかかる能力や呪詛、祝詞等は強力な物が多い。彼の能力も例外に漏れなければ強力な物のはず


「そう言えば貴方さっき、私の能力を見たがっていたわね。いいわ、見せてあげる」


 葉月がそう言うと、彼女の空色の瞳、その両の眼の真ん中にひし形にも似た黒い線が浮き出てくる。それと同時に廻が、葉月から感じる気迫が先程までの物とは比にならないくらい強力な物に変わる。

 これが安倍学園、生徒会長の安陪葉月の能力。『妖狐』

安倍晴明の母、葛の葉は妖狐であったとされ、その家系である安倍家の人間には稀に妖狐が生まれると言われていたが、生徒会長は本物の妖狐ではなく、能力として妖狐の血を受け継いでいたらしい。いや、能力その物が幻術系統である為、本当は狐の姿でそれを隠しているのかもしれない。


「本当に面白い能力ですね。会長の能力って」


 廻が『面白い』と言ったのは、まず瞳が狐の様になる点ともう一つ、圧倒的存在感を誇るその気迫だ。これはまやかしでも何でもない。『妖力』それは陰陽師や神職が払いのける対象である妖怪や幽霊の類が持っているもので様々な怪現象を引き起こす。『魔力』とは違い、陰陽五行思想で言えば『陰』の力に当たる。因みに魔力は使いたかによって『陰』にも『陽』にもなりうる。


「さぁ、見せてあげる。底知れない絶望を」

「この時を待っていた。さぁ行くぞ!千子村正。ここから逆襲の時間だ」


 直後、廻は突如出現した黒影に飲み込まれ、会場内から姿を消す。それを見た観客席にいる生徒たちは廻の行方について議論しているのか、ざわついている。

 だが、そんな議論は無意味だ、三十秒もすれば彼はこの場に戻り、そしてこう宣言する。


「『負けました』ってか?そりゃぁとんだ勘違いだぜ、生徒会長さんよ」


 どこからか聞こえるその声は、まごう事無き彼、音西廻の物だった。だが、どうやって、妖狐の幻術を破るのはほぼ不可能。それも、私の渾身の、全力全霊の幻術なのに・・・空間に亀裂が走り、砕ける。

 すると、そこから姿を現したのは、先程幻術を掛けられたはずの音西廻だった。

その姿は右手に持った千子村正の峰を右肩に置き、何も持たない左手をまるでそこに刀があるかのように握る。更にその切先を、葉月に向けるかの様に構え、笑顔で驚嘆の表情を浮かべる葉月にこう、言った。


「呼ばれて飛び出て僕が来た。さぁそこの可愛らしいお嬢さん、ここからは僕がお相手しましょう」

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