焔を宿した少年

 フランは、肩を上下させてゼエゼエと息をしている。

 ハーミットとジニアは、揃って呼吸も忘れて、一瞬にして灰も残らず消え去ったセスがいた場所を見ていた。

 学院長は、フランから目を離せずにいた。


「あ。ああああ」


 弱々しい声がした。

 ハーミットは、ジニアが自分の手から浮き上がったことを確認してから、フランの方へ駆け出した。


「フラン!」


「ハーミット、俺……あの、あの人のこと……」


 だらりとぶら下がった両手は、まだごうごうと燃え盛る焔に包まれている。

 助けを求めてゆらりとゆらしたフランの右手から、燃え盛る火球が放たれ、ハーミットのシャツの裾を焦がして、向こうに見えていた樹を燃やした。

 驚いてフランは自分の手を見た。

 そこで初めて、自分の両手が燃えていることに気付いたようだった。


「うわ……うわあああああああ!」


「落ち着けフラン!」


 ハーミットはどうにかフランの肩を掴もうとするが、熱風が襲い掛かってうまく動けない。

 学院長は、フランの前に氷の壁を作り出すが、フランの両手の焔の熱で、うまく氷になることもできずに溶け落ちていく。


「くっ」


「フラン、聞け、あれは! あれはもはや人ではなかった。既に、人としての身体も捨て、理性も感情も消えていた!」


「でも! でも、俺が、ころ――」


「違う! あれは、呪いの報いで壊れていた。自分で壊れたんだ、自業自得だ」


「フラン、落ち着いて。授業でやったことを、思い出してください。今、魔力を制御する方法の基礎を教わっているところでしょう」


「無理だよ! 思い出そうとしても、できない、抑えられない!」


 フランの目からぼたぼたと涙が零れ落ちる。

 魔術を制御できない不安と、人を殺してしまったという恐怖が、少年の心をぐちゃぐちゃにかき乱している。

 大人であっても心が乱れていては、うまく魔力を制御することはできないのだ。こんな状態の少年が、制御するなど、ほとんど不可能だ。


 そうこうしている間にも、フランの手から焔がこぼれ、森のあちこちを焼き始める。

 更には、制御が追いつかず、術者であるフラン自身の手をも焼き始めている。バングルに締め付けられていた右手首の傷の部分から、じりじりと焔が侵食を始めている。

 フランは心にも、身体にも激痛が走っている状態だった。


「フラン、聞け!」


 ジニアが叫びながら、フランの鼻先に飛んでいった。


「お前が、自分をどう思っていようとも、どれほど自分のことを恐ろしく思っていようとも、お前は、間違いなく我々妖精の里を守った。守ってくれたのだ」


「妖精王……俺……」


「泣いてもいい、叫んでもいい。人の里が辛くなるのなら我らの里に来い。何も怖いことは起こらない。大丈夫だ。だから、どうか今、内なる焔に焼かれないでくれ! 生きてくれ!」


 ジニアの必死な訴えがフランの心に響いた。

 けれど、どうしたらいいか、わからない。

 どうしたら、この焔を止めることができるのか、わからない。



 ああ。俺は本当にだめだから。

 授業だって、まじめに受けないで教室から抜けだしてたから。

 こういう大事なときに、全然だめなんだ。


 アイツが泣いたときも、全然だめだった。


 何だかわからないけど、いつも何かが身体の中で暴れているような気がして、息苦しいくらいに心がざわざわしてた。

 辛かった。

 じっとしてることなんて、できやしなかった。


 今ならわかる。

 身体の中で暴れてたのは、この焔だったんだ。


 父上にも、兄上にもない、家族の誰も持ってなかった焔。

 だから、誰もわかってくれなくて。どうしようもなくて。

 俺は学院に来たんだ。


 今度は誰のことも傷つけないぞって。暴れたりしないぞって思ってたのになあ。

 全然できなかった。

 できなかったや。


 ごめん。

 ごめんな。


 セーラ。



「――フラン!! 帰ってきて!!」


 フランの耳に、セーラの絶叫が聞こえた。

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