真紅の焔
一秒、二秒。
十秒。
セスは動かなかった。
ジニアが前に突き出していた両腕の緊張を解く。
ハーミットが、限界を迎えたように片膝をついた。
「終わったか?」
ジニアが呟く。
数秒セスを見つめて、沈黙していることを確認してから、足から流れる血を止血しないまま、フランの方へと向かって飛んでいく。
「フラン、大丈夫ですか?」
学院長に声をかけらえて、フランは、ハッとした。
ずっと息を止めていたことに気付かないまま、フランは震えながら深呼吸をした。
学院長は、フランの右手首の拘束が解けていないことに、違和感を感じた。
術者であるセスがこと切れたとしても、呪いの術は消えないのだろうかと、考えた直後。
――ずるり。
嫌な音がした。
粉々に砕けながら、ガシャンガシャンと音を立てながら、セスが残った左腕を持ち上げた。
指先が、棘のようにとがっている。
「――っ!」
ハーミットの背筋が凍る。
魔術。術を、なんでもいい――
術を放とうとしたが、魔力が底をついているのか、自制を失っているのか、術が紡げない。呼吸もままならない。
学院長が、セスの方へと振り向くと同時、学院長の頬をかすめて、棘が、フランの方へと伸びていった。
棘は、一瞬にして、フランの右手首を、バングルごと貫いた。
「ぁあ……わああああああっ!」
フランが恐怖と痛みで泣き叫ぶ。
「フランッ!!」
ハーミットと学院長がほとんど同時に叫んだ。
ジニアが、唇を噛んでフランの元へ急ぐ。
ハーミットも、震える膝で立ち上がり、セスを警戒しながら動く。
フランの手首のバングルが真っ黒に燃え上がり、棘が引き抜かれる。
フランはその反動で氷柱の上に倒れこみ、皮膚が焼けただれる痛みにもがき苦しむ。
学院長の魔術による氷柱が、フランの手首から燃え上がる黒炎で溶け始めた。
学院長は、フランを支えると、溶け始めた氷柱を滑り降りた。
「妖精王!」
学院長が叫ぶ。魔術や神術では、傷を癒すことはできない。
ジニアがフランの元にたどり着き、足の血を、フランの手首に滴らせ治癒の術をかける。
手首の穴は塞がったが、黒炎は消えない。
振り向くと、セスが不気味に笑いながら、こちらに左手を掲げている。
何かの術を、かけ続けているのだ。
学院長が目をこらすと、バングルがどんどんフランの手首に食い込んでいっているのが見えた。
黒炎でよく見えないが、バングルがフランの腕を締めつけて、潰している。
「ああああっああ……ッああああ!」
フランが、痛みのあまりに暴れて泣き叫ぶ。
「妖精王、何か方法は思いつきませんか?」
「私の血で、呪いが解けても、あの男が耐えず新たに呪いをかけている」
「ならば、セスを消せば……」
学院長が、杖を構えてセスを睨みつける。
ハーミットの体力と魔力は限界だ。自分がやらねばと腹をくくる学院長を、ジニアは手をあげて制した。
「待て。もうひとつ。方法がある」
ジニアは、フランの鼻先へと飛んでいった。
「フラン! 痛いだろう。苦しいな。だが、頑張れ。お前は自分の力でそれを、跳ね返すことができる」
「妖精王?」
学院長が声をかけると、ジニアは振り返って早口で言った。
「フランには、アルバートをも凌駕する魔力が眠っている」
「! なぜそれを?」
「そんなことは、私には簡単に解るのだ! だから、この子がその魔力を、今、体内から外へと放出することが出来れば、この手首の術具を、拒絶することができる」
「拒絶?」
ジニアは、フランの耳元へと飛んでいく。
「フラン! よく聞け! 己のうちに眠る力に、お前は気付いているはずだ。恐れるな。それを解き放て!」
「痛い! 痛いよ! 助けてえ!」
「ああ、そうだ、痛いな! だから、その痛みを拒絶しろ!」
「できない!!」
「できなければ死ぬ! 自分を信じろ! お前を害する力を、お前の身体から押し出すんだ!」
フランとジニアのやり取りを聞いていた学院長は、ハッとして、駆け出した。
学院長は仰向けになっているフランの顔の横にしゃがみこむと、フランの瞳に自分の右手を置いた。
「フラン。聞いてください。痛いからむずかしいかもしれないけれど、私の言う通りにするんです」
「せんせぇっ……」
「落ち着いて、目を閉じて。大きく、息を吸って、大きく、吐いて。守りたいものを思い出して。貴方がどうしても、何を犠牲にしても、守りたいものを」
フランは両手を地面に突き立てた。
土がえぐれるほどに指に力を入れる。
そして、目を閉じて、必死に深呼吸をして、必死に考えた。
守りたいもの。
守りたい……もの。
あの、桃色の髪の……泣き虫で弱虫の――
「貴方の守りたいものを攻撃する者を、許してはいけません」
許……さない……あの子を、泣かす奴は……
「ここから、あなたの世界から出て行けと、強く念ずるのです!」
許さない……出ていけ……出て行け!!
「う……ああああああああああ!」
フランの絶叫とともに、フランの両手が輝いた。
真っ赤な光だった。
驚愕に目を見開くジニアを、背後からようやくここまでたどり着いたハーミットの手が抱えてかばった。
学院長は、反射的に後ろへ跳んだ。
フランの両手に、真紅の焔が、爆発的に燃え上がった。
その焔は、真っ黒な炎を飲み込んで、手首を締め付けていたバングルを焼き尽くした。
フランは起き上がると、血走った目でセスをにらみつけた。
完全に自我を失いつつあったセスは、いやらしい笑みをはりつけたまま、フランの真っ赤な焔を見つめた。
フランが自分の足元に両手の爪を突き立てると、真っ赤な焔が地面を走り、身体が半壊して地面にのめりこんだままの、笑顔のままのセスを、灰燼と化した。
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