少女と精霊の冒険 「帰ってきたら」

 鏡の前で、セーラは耳をふさいで目を閉じて泣いていた。

 鏡の向こうの世界にある鏡に映った映像。

 小さくとも、そこに映し出された映像は、幼い少女にはあまりに残酷なものであった。

 傷だらけになっていくハーミットと妖精王。

 恐ろしい異形の者。

 怖かった。


 そのセーラの耳に、小さく、それでも鋭く響いた自分を呼ぶ声。


 セーラは思わず目を開いた。


 そこには虹色の水晶が映っていて。

 まもなく、ハーミットの絶叫が聞こえて。

 荒れ狂う嵐が、水晶の中に現れて。

 そして嵐が消えて、水晶が砕けた。


 何があったのかは解らない。

 鏡は全体像を映しているわけでもなく、断片的にしか見えていない。


 けれど、どうしてだろう。

 涙が出た。


 何が起こってるかなんてわからない。

 今、自分が何を感じているのかもわからない。

 けれど、それでも、涙が出た。


「セーラ!」


 サリエルがしっぽの先でセーラの涙をぬぐう。


「大丈夫だ、ジニアとハーミットとネイサンを信じろ。フランは絶対に無事で帰ってくる」

「う、うん」

「お前はそうだな、おやつの心配とかしとけばいいんだよ」

「おやつ?」

「おう。フランが帰ってきたら、一緒にどんなおやつ食べようかとかさ、フランが好きなおやつはなんだろうとかさ。そういうこと考えてろよ!」

「う、うん!」


 サリエルにそう言われて、とてもそんな気分にはなれないような気もしたけど、きっと自分にできるのなんてそのくらいなんだ、とも思った。


「ママの目が、見えたらな……。あの、お花のケーキ、作ってもらいたいな」

「ああー。そうだな~。セーラ。お前が作ってみたらいいじゃないか」

「えっ! で、できるかな?」

「できるさ! ハーミットあたりに手伝わせればいいだろ?」

「サリーちゃん、だめだよ。どうしてかと言うと、ハーミット、王様なんだよ? 手伝わせるだなんて、失礼だよ」

「今更それ言う? 別にいいだろ、今は王様じゃないんだし」

「う、うん……一緒に作ってくれるかな?」


「ああ……」


 サリエルが、当たり前だろうと言おうとしたときだった。


『わああああっ!』


『フラン!!』


 フランの悲鳴が、学院長か、ハーミットかわからない叫び声が、鏡の中から聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る