破壊の黒炎
「お話は、終わり、ですか?」
漆黒の異形のものと化したセスが、顔面に亀裂が走ったような口を歪めて笑った。
「すばらしい。私は、今、寒くも、暑くも、ない。何も、感じない。全く、新しい、感覚」
恍惚としているのか、自分の身体のあちこちを見つめてから、天を仰いだセスは、ゆるゆるとハーミットの横に浮く、ジニアを見た。
「羽虫、の、王よ。さあ。私の。モノに」
そう言ったセスの右腕が、ボコボコと不気味な音を立てて波打った。直後、肘のあたりから赤黒い炎のようなものが噴出し、ゆらゆらと揺れ、そこから、ずるりと音を立てて、大きな歯車のようなものが滑り落ちてくる。
歯車をセスの左手が受け止め、握り締めると、歯車の中心からまっすぐに、槍のような形状の黒く鋭い棘が一本飛び出した。
まるで腕と、太く大きな槍が一体化したような形状のそれを、まっすぐに構えて、セスが突進してくる。
ジニアとハーミットは左右に分かれてかわしつつ、それぞれに魔術を展開する。
ジニアはエメラルドの結晶で結界を紡ぎ、ハーミットは雷を杖に纏わせる。
セスは笑ったのか、単に口を開いたのか解らないような顔で、槍を横凪に払うと、エメラルドの結晶をたやすく砕き、その背中を狙うハーミットの雷も、片手ではじき返した。
ジニアはセスの槍をすんででかわして、上空へと逃れる。それを追いかけて棘を放とうとする黒い槍を、ハーミットの雷の杖がはじきとばす。
セスが槍をはじかれた勢いのまま、ハーミットの胴体に向かって蹴りあげる。反応が追いつかないハーミットの脇腹にセスの膝がつきささる寸前、エメラルド色の水晶の壁がハーミットを守る。
ハーミットは、壁が砕ける直前に転がって距離をとり体勢を立て直す。
セスはその間も、ジニアにしか興味がないとでも言いたげに、間合いから離れて術を紡いでいるジニアに向かって行く。
一枚、二枚とエメラルドの結晶を叩き潰し、踏み潰し、不気味な呼吸音で息を吐いて、宙に浮くジニアよりも上に飛び上がると、槍を構えて急降下。
そこにハーミットの魔術の雷が落ちる。
ジニアは一瞬の隙を見て、エメラルドの水晶の檻にセスを再度閉じ込めようと試みるが、やはり砕かれる。
だが、砕かれる直前、ジニアはすばやくセスから離れて距離をとっていた。
砕け散るエメラルドの破片を浴びながら、セスが苛立ちを抑え切れないとでも言うように、唸り声を上げた。
「邪魔、ですね」
その声に応えるように、セスの右手の槍の先から、黒い炎が燃え上がった。
まるで、右腕が黒い炎で出来ているかのような見た目になったセスは、先程よりもさらに早い速度で踏み切り、ハーミットに距離をつめる。
胸元までほとんど一瞬でつめられたハーミットは、ぎりっと歯を食いしばりながら槍を杖で受け止める。
セスの口が笑ったように見えた直後、ハーミットの腕を、杖ごと黒い炎が包んだ。
「っ!」
ハーミットは苦痛に顔を歪めながら、セスの胴体を蹴って後ろに離れようとするも、びくともしない。そのうちに、セスは左手でハーミットの杖を握る。さらに黒い炎が、ハーミットの腕を這い上がって、焼き始める。
「殿下。ああ。さよならです」
嬉しそうな、名残惜しそうな、恍惚とした声でセスがそう言った。
「そうだな」
ハーミットが苦痛に歪む声でそう言った。
セスはそれを諦めと受け取って、ニタリと笑った。
その笑顔を、巨大なエメラルドの大剣が、上から叩き潰した。
セスが大剣の下敷きになってすぐ、その腕から逃れたハーミットが、痛みにひどさに杖を取り落としそうになりながら、後退する。
ジニアはハーミットの側に、飛んできた。
「動くな、すぐに治す」
ジニアは早口でそう言うと、自分の指先をかじって血をにじませると、ハーミットの腕に垂らして、治癒の術をかけた。
「ありがとう」
「終わってからちゃんと借りは返してもらう。気にするな」
二人が会話している間に、エメラルドの大剣が儚い音を立てて折れ、腹部に水晶の刃が突き刺さったままのセスがゆらりと立ち上がった。
「邪魔。ですねえ」
セスは、右腕の槍から放つ炎を強めて、腰を低くして不気味に呟いた。
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