呪いの果て
ハーミットの背に守られて、ハーミットの手のひらの中で、ジニアは無事だった。
「……アルバート?」
斜め上から下に向かって、ハーミットの肩に突き刺さった真っ黒な棘から、ジニアを大事そうに包む手のひらに、真っ赤な血が流れる。
持っていたはずの大事な杖も手放して、自分を抱えている両の手のひらが、みるみる真っ赤になっていくのを見て、ジニアは驚いていた。
――なぜ……?
ハーミットは、ジニアの身体に、傷ひとつついていないことを確認すると、安心したように、にっこりと笑った。
――なぜ、笑う?
「何をするアルバート! 私は……っ」
五年前、怒りに任せて、悲しみに打ちひしがれるお前の手から、妹のなきがらを奪ったのは私だ。
この、両の手から、お前が何より愛していた妹を奪ったのは、私だ。
何もかもを、お前ひとりの責任と押し付けて。
なのに、どうして、どうして笑う?
こんなに、血だらけになってまで。
「よかった……ジニア。君を、守れて」
「何を……言ってる?」
ずるりという嫌な音がして、ハーミットの肩を貫いていた棘が、一気に引き抜かれた。
全ての棘が、一斉に爆心地に収束していく。
ハーミットも、肩の傷を抑えて振り向き、すばやく手放した杖を拾いに向かう。
「ジニア! 君は隠れていろ!」
そう言うと、ハーミットは貫通した肩口を押さえて、杖を掴んで身構えた。
ジニアは、その後ろで「は?」と、呆然といた声を出したが、ハーミットには聞こえなかった。
棘が集まり、重苦しいほどの濃さの黒い霧が晴れると、そこに立っていたのは、ぼろぼろのローブを、申し訳程度にひっかけた、異形のものだった。
黒く、鉱石のように鈍い光沢を放つ表皮。落ち窪んだ眼窩は漆黒で、その中に瞳が赤く、不気味に光っている。
長い髪は、セスであった面影を残しているものの、毛先が赤く変色している。
破れたローブが申し訳程度に肩や腰にひっかかっているだけで、もはやこれが威厳ある宮廷魔術師だと、誰が思うだろうかという変貌ぶりだった。
「何だ……あれは……」
あまりの驚きに、ハーミットは痛みを忘れて見入った。
すると、穴の開いた肩にジニアがそっと触れた。ジニアの指先には、小さな噛み傷があり、一滴の血が肩の穴に落ちる。
ジニアの囁くような呪文に呼応して暖かい光が灯ると、ハーミットの肩の傷が癒えた。
「ジニア……?」
「以前、私の母がお前に、呪術を使えば、必ず術者に報いがあると教えたろう。あれが、あの者の呪いの報いを受けた姿だ」
ハーミットが、ジニアに治してもらった肩を、驚いた顔で見つめていると、ジニアがハーミットの前に出た。
「お前ごときが、妖精王である私を守るなど、驕りがすぎるぞ。お前は私を守るよりも、同じ人間の子供を守れ。お前なぞ、私に守られているくらいがお似合いよ」
真っ赤な耳で、つっけんどんに言うジニアの背中に、ハーミットは「感謝する」と言った。ジニアは、振り向かないまま「感謝の意とかいうものならば、全て終わってから盛大に表明せよ」と言った。
「わかった」
「さあ、今はあの呪われた人間の成れの果てよ。あれは良くない。そこにいるだけで、禍つものどもが反応をしている。一刻も早く、森から排除せねば」
二人は並んで、敵を睨み据えた。
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