翡翠の閃光
凛としたその声は、壊れかけたハーミットの心に鋭く響いた。
虚空にぶら下がるフランの右手首のバングルを壊そうと苦心しながらも、荒れ狂う魔術と呪術の余波からフランを守っていた学院長も、思わず手をとめた。
フランは、もう一度会えた妖精王の、前に会ったときとは違う雰囲気に、ごくりとのどを鳴らした。
「ふざけるなよ。人間風情が。我が里には、そのうざったらしい髪の毛の一本たりとも入れぬぞ」
小さな身体から放たれる、怒りの圧力。
全ての空気を震わせる、王の名にふさわしい気迫。
突然虚空に現れ、闇の存在を見下ろす、美しきエメラルドグリーンの瞳。
学院長が、五年前、アルバートの泣き叫ぶ声と、尋常ならざる気配で駆けつけた玉座の間で見た、ジニアの姿。
あのときよりも更に強く渦巻く憎悪に、空気が、森が震えた。
「これはこれは! 羽虫の王自らおいでですか! ええ、ええ、構いませんとも!」
すっかり身体の大部分が黒く変質したセスが、大仰に両腕を広げて歓喜の声を上げた。
「あなたの死骸ひとつあれば、当面は十分ですよ! 私はなんという幸運なのでしょうねえ! 羽虫の王の死骸を手に入れられるなんて! 代々の呪術師のなかでも指折りの幸運だ!」
「お前……!」
ハーミットは、あまりの怒りに、身体の震えが止まらず、うまく音にならない声で、うめくように言った。
そのハーミットの姿を、ジニアは横目で見下ろして、フンと小さくため息をついた。
「そこの呪術師。お前。なぜ私の死骸を手に入れられると思っている?」
ジニアがそう言った直後だった。
セスの足元から、エメラルドグリーンの光が差し込む。
「死骸になるのは、お前の方ぞ」
ジニアの声と同時に、光は壁となり、セスをエメラルドグリーンの巨大な水晶の中に閉じ込めた。
「……すごい……」
フランが呆然と呟く横で、学院長は禍々しい気配の増幅を感じていた。
それは、ハーミットも同じで、ほとんど反射的に駆け出していた。
ジニアが、ゆるゆると高度を下げて、ハーミットの近くまで降りてきた、その時だった。
突然、大きな音を立てて、水晶の内側にヒビが走った。
直後、水晶の内側が黒く変色し、ヒビから黒い霧のようなものが噴出してきた。
「なっ」
ジニアが驚きの声を上げた直後、霧の黒さが濃くなったと同時に、黒い棘が一斉に水晶を突き破って、森の木々を貫いた。
同時に、霧がもうもうとあふれ出す。
学院長はかろうじて氷柱を作ってフランを守った。フランは守れたが、自分の肩に棘がかすり、鋭い痛みとともに、血が飛び散った。
「先生!!」
フランが叫ぶ。
「大丈夫です、かすり傷だ。それより、ハーミットと、妖精王は……」
学院長とフランが、黒い霧が立ち込める地面のほうに目を凝らす。
霧がゆるゆると晴れていくなかに、銀色の髪が見えた。
「いた!」
フランが声をかけようとしたとき、銀の髪が、さらりと揺れて、ハーミットの背中が見えた。
真っ黒い棘に左肩を貫かれた、真っ赤な背中だった。
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