衝突

 ハーミットが振りかざした杖の動きに合わせて、稲光が走った。

 フランの視界が真っ白になって、ものすごい轟音が響き、火花が飛んだ。

 セスが立っていた樹が、バリバリと音を立てて燃えながら倒れていく。


 セスは既に隣の樹に移動していた。


「ふふっ。貴方のそんな顔を見るのも、五年ぶりですね!」


 セスは叫びながら杖をふった。

 黒い霧がハーミットを包む。


「テンペスト」


 ハーミットの囁きで、電気をまとった大きな竜巻が起こり、霧を一瞬で消し飛ばした。

 ハーミットの瞳は、顔は、囁くような詠唱の声とは裏腹に怒りに満ちていて、いっそ不気味なほどだった。


「ふふふ、すばらしいお力だ!」


 馬鹿にしたようなセスの声。同時に、ハーミットの足元に真っ黒な泥のようなものが生まれて、足を飲み込もうとする。


「フュルグール」


 ハーミットは囁きながら杖を泥に突きさす。

 直後、バリバリと地面に雷が走り、泥は霧散させられる。



 セスとハーミットの攻防を、フランが息を呑んで見下ろしていると、近くから学院長の声がした。


「フラン。大丈夫ですか?」


 ふと振り向くと先ほど倒れた樹の、隣の樹の枝に、いつの間にか学院長が立っていた。


「へ、平気。ケガはしてな……」


 フランが答えようとしたとき、学院長とフランの間に、狼カラスが割り込んできた。


「おやおやネイサン殿じゃ。久しいのう。お元気そうでなにより」


 くっくっと笑う狼カラスを、学院長は怪訝な顔で見返した。


「貴方のような不可思議な知り合いはおりませんが」


 学院長が杖を構えながら言う。

 狼カラスは大仰にのけぞって見せると「おお、さびしいことを言う」と、演技がかった悲しげな声を出してみせた。


「わしの声を聞き忘れてしまったかえ? くくっ。王宮では、私の部下であったこともあったというのになあ」


 学院長はそう言われて、数秒困ったような顔をした後で、目を見開いた。


「まさか――」


「思い出してくれたかのう?」


「ラボラス卿……!」


「ふふふ、ふふふふ。嬉しいのう。覚えていてくれたのかえ」


 そう言いながら、狼カラスは翼を羽ばたかせる。

 その翼から突風が起こり、驚愕に動きを止めていた学院長に激突した。

 学院長は地面に落下したが、どうにかして受身を取って、ふらふらと立ち上がった。


「うそだ。ラボラス卿は亡くなった……高齢で……国王ご夫妻が崩御される少し前に……それで、正式に息子のセスが、卿の後を継いで……私は、王宮から身を引くことに……」


「ふふふ。ふふ。そう。そうよ。表向きはな。ネイサン殿。呪術はのう、術を放てば術者にも必ず反動が来るのじゃ。あの時国王と王妃を呪ったのは、セスだと思っておられるようだ」


 学院長は、フランが見たこともないほど、悲痛な、苦しそうな顔をして、その狼カラスを凝視していた。

 そんな、学院長の表情を、心を、可笑しくて仕方ないとでも言いたげな声で、あざ笑うように、狼カラスは続けた。


「あの二人を呪ったのはわしよ。強力な呪いよ。その分わしへの反動も大きい。だが、わしはその反動を利用して、進化したのだよう。この姿に。老いさらばえてやせ細った肉体を捨て、新たな存在へと、成り上がったのだよう」


 学院長は、真っ青な顔で目の前で大笑いする異形のものを見つめた。


 ――呪術師が使う使い魔は、魔術師たちの使い魔とは異なり、この世界で最も醜悪で呪われた存在である。


 昔読んだ古い本のことを思い出した。


「そうか……呪術師というのは、皆いずれ、その姿になるのですね? そして、皆、次の後継者の使い魔となり、後継者の限界がくるまで使役される……そうして継承されてきたのですね?」


「ふふふ。使い魔というのは、正しい呼称ではありませんなあ。ははあ。もっともっと、至高うえの存在だよう」

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