第七章 真紅の炎は全てを焼き尽くす
少女と精霊の冒険 若き王子の浅慮
セーラは、鏡の向こうに映った、エメラルドグリーンの長い髪の、小さな女性に見とれた。
これが、セーラが憧れていた「妖精さん」なのか。
きれいで、可愛くて、きらきらしている。
セーラは胸がどきどきと高鳴るのを感じた。
「お前が妖精王か。俺は、こちら側の鏡の守護者、サリエルだ」
サリエルが冷静に鏡に向かって話しかけた。
エメラルドグリーンの妖精王は、サリエルをまっすぐに見るとたった一言「ジニアだ」と名乗った。
「ジニア。やはり人間とは違って、いいなあ。本名で名乗ってくれるんだからさ」
「? 何の話だ」
「いや、こっちの話」
「サリーちゃん、まだハーミットのこと、怒ってるの?」
セーラが思わず口を挟むと、ジニアがセーラの方を見た。
「ハーミット……あの子供も、アルバートをそう呼んでいたな。さてはお前が『セーラ』か?」
「えっ! あっはい! はじめまして!」
セーラは慌てて頭を下げた、顔が真っ赤になった。
「ふむ。いい態度だ。
して、なぜ悠久の封印を解いて、私とつなぎをとったのだ?」
「この前アンタに世話になった赤毛のガキ、フランが、人質にされて森に連れて行かれた。そいつの要求は、ハーミットとネイサンにアンタの幻術を解かせて、妖精の里への入り口を開くことだ」
「フランが?」
「ああ、森に、もういるんじゃないか?」
「森に、何者かが侵入したことは認識している。あれは、獣でも、使い魔でも、瘴気に当てられた禍つものでもない。呪いの使い魔だろう。なるほど、あれにフランがつかまっているのだな」
「呪いの使い魔だと? ふん。ハーミットのヤツ、まだ俺に全部話してないな?」
「それで、私にどうしろというのだ? フランの為に里への道を開けと?」
「いや。幻術を解くな、だそうだ」
「何?」
妖精王ことジニアは、驚いた様子で目を見開いた。
「だから、絶対に、何があっても幻術を解くな。だそうだ。フランは、ハーミットとネイサンが必ず守るからと」
「何だと? どうするつもりだ」
「それは俺にはわからんけど。ハーミットはああ見えて、かなりの魔力を持ってる。何とかするだろ」
「どうだかな。あの男の、何を信じろというのだ」
ジニアは暗い顔をしてうつむいた。
「サリエル。お前は人の世に長くいるようだ。ひとつ、教えてほしい。呪術師というのは、今の世に何人もいるものか?」
「う、俺はこの塔から出れないんだよ。外の世界について詳しくはないが、呪術師が生き残ってたってだけで驚きだな。それが何人もいるとは思いたくないねえ。ネイサンの学校だって、呪術の存在すら教えてないぞ? なあ、セーラ、呪術なんて、聞いたこともないだろ?」
サリエルがくるりと振り向いて、セーラに声をかけた。
ジニアもセーラを見て「そうなのか?」と聞いてくる。
「えっ、ええと……うん。それ、ずっと、なにかなあって思ってるの」
セーラは素直に答えた。
だが、その答えを聞いたジニアの顔は、更に険しく曇った。
「あの、私、何かいけないこと言いましたか?」
セーラがおずおずと聞くと、ジニアは特にセーラを見るでもなく「いや」とだけ答えた。
「その呪術師。私の妹を殺した者なのではないかと、思っているだけだ」
「へ?」
「アルバートが妖精の里から連れ出した、私の妹だ。アルバートは妃に迎えようとしたらしいが、浅慮にもほどがある。妹はその為に、何者かに呪術で殺されてしまった」
淡々と話しているようだが、ジニアの瞳は、昏く翳《かげ》りながらも、ゆらゆらと震えて怒りに燃えている。
セーラは恐怖を感じた。
だが、その恐怖よりも、アルバートが妃に迎えようとしたという言葉が気にかかった。
「お妃さまになるはずだった人……ハーミットの大好きな、大切な人のこと?」
「アルバートが、そう話したのか?」
「は、はい」
「そうか」
ジニアは鏡に背を向けた。
半透明とはいえ、広がる六枚羽根で、ジニアの顔は全く見えなくなった。
「妖精は、呪術師にとって、呪いのための素材程度の存在。ただ、我々の血に、解呪の効果がある以上、生きて世俗に存在されては仕事にならない。我々ほど、ヤツらにとって厄介な存在はいるまい。その妖精が、妃になるなど、呪術師が許すわけなどないのだ。
妹を、リナリアを妃に迎えるというのなら、呪術師を捕らえてから……この世から消し去ってからにしなければならなかったのだろうよ」
セーラは、どうしたらいいのか困ってしまい、サリエルを見つめた。
サリエルは、ジニアの背中を無言で見つめていた。
「リナリアの命が散ったことを察した母上の命で、私は即刻王宮と
私は、リナリアの遺体をその場でアルバートから取り上げ、人の世との断絶を宣言し、つながりを断った。
人は、我々妖精にとって、奪うだけの存在だ。
母上は、妖精王として、全ての妖精を守護するという誓いを立てておられた。それが、たとえ、里を追放されたものであったとしても。
その誓いを守れなかった母上も、リナリアを抱えて、共に結晶となった。
私は、母上の命に従い、妖精王の責を継いだ」
ジニアは、手を、拳を作って強く握り締めた。
か細い腕が、ぶるぶると震えている。
「リナリアと、母上を殺した呪術師に、復讐をしたい、何度もそう思った。だが、私は全ての妖精を、妖精の里を守る責を継いだ妖精王。感情に任せて、扉を開くことはない」
「そうか」
サリエルは、セーラに語りかけるときのような、優しい声で言った。
「アンタは、立派な王だ。どうか、里を、今アンタの手の届く場所に在る命を、大切にしてくれ。
何があっても、幻術は解くな」
「……解った」
そう言うと、ジニアは向こうを向いたまま、手をかざした。
すると、ジニアの向こう側の空間が波打って、その波の中からもう一枚鏡が現れた。
合わせ鏡のようになり、一瞬だけ、ジニアとセーラとサリエルが、幾重にも重なった像が映し出され、強く光った後、森の中の景色を映し出した。
「フラン!」
思わず、セーラは叫んだ。
そこには、右手首を引っ張られているような姿で虚空にぶら下がったフランの姿があった。
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