ふたり
「アル!」
光が消えて、森に戻ると同時に、リナリアが飛びついてきた。
「リナリア! 見送りに来てくれたのか?」
アルはそう言ってリナリアの顔を見て、驚いた。
「どっ……どうした? 何を泣いているんだ?」
「な、泣いてた? もう大丈夫! ごめん」
リナリアはごしごしと両腕で目をこすってから、ぐいっと顔を上げた。
「わ、私を、一緒に連れてって!」
「……え?」
「お願いします! 一緒に連れていって! 私なら、その、お母様が薬の作り方に書いた材料が、森のどこにあるのかもよく解るし、それなりに術も使えるわ。神術っていうの? 私たちはおまじないって言うんだけど。あっ、妖精の里に行く力はもう、その、なくなっちゃったんだけど。その……あの、私が、一緒に行けば、その」
アルバートは、そっとリナリアを両手で包んだ。
「いいのか? 私と一緒にきても……それに今、里に行く力はもうなくなったと……」
「あ……えへへ、あの、追放されなきゃ、アルと一緒に行けないって言われちゃったから、その……へへへ」
アルバートは目を見開いた。
「追放だって? 何と言うことだ。君は私と行くために、故郷を失ったというのか?」
「わっ、わわわ……! ごめんなさい! 許して!」
リナリアが目を閉じて身体を小さくした。
「どうして! ……どうして、私なんかに着いてきたんだリナリア……君は、どうしてそんなに優しいんだ」
アルバートは、リナリアを包んだ両手を、自分の額に当てた。
「ご、ごめんね、アル……迷惑だった?」
リナリアが泣きそうな声で呟いた。
「そんなわけない! 嬉しいさ……けれど、私は、君から故郷を奪ってしまった」
「アルは奪ってなんかいないわ! 私が勝手についてきたの!」
「リナリア……」
リナリアの優しく微笑む笑顔は、アルバートの心を暖かくした。
両親に呪いをかけられるのは、どう考えても王宮内の人間だ。
国民は皆等しく大切にせよと、いくら教わっても、同じ王宮にして毎日顔を見ている者や、自分たちの世話をしていてくれる者たちには、やはり情が湧く。
その、情の湧いた人間の中に、首謀者がいるかもしれないのだ。
ネイサンだって、その候補の一人になりえる。
アルバートは、誰も信じられないとさえ思っていた。
その、暗く厳しい淵に心を追い詰めて、少しだけ、壊れそうになっていた。
「私は、両親を尊敬している。こんなだめな息子のことも、きちんと愛してくださる。国民もみな、王である父と、妃である母を尊敬してくれていると、ずっと信じてきた。特に、王宮に勤める者は、皆私に優しい笑顔を見せてくれる。
その中に、両親を殺そうとした者がいるなど、考えたくなかったんだ。
けれど、もしそいつを野放しにしたら、今、妖精たちの力を借りて回復したとしても、また両親は命を狙われるかもしれない。
両親だけなら、王宮だけならまだしも、国民に、危害を加えるかもしれない。
それが怖い。怖かった」
「うん、アル。大丈夫、一緒に守ろう? 私も手伝うから」
「守る?」
リナリアの言葉に、アルバートは両手を広げた。リナリアが、ふわりと舞って、アルバートの鼻先に手をついた。
「そう! アルが守りたいもの、一緒に守ろう! ううん、守らせて! アルが、ずっと笑顔でいられるように!」
「リナリア……」
小首を傾げてにっこり微笑むリナリアは、まぶしいほどに愛らしかった。
「ありがとう。ならば、私は、リナリア。君を、この生涯をかけて守ると誓おう」
「へっ! ほ、ほんと?」
「もちろんだ」
「ありがとう! アル!」
リナリアははしゃいでアルバートの頬にすりよった。
そしてすぐに顔を真っ赤にして、離れた。
「あ、わ、私、人目に着かないように、森の外ではアルの外套の中に隠れていることにするわね!」
リナリアは早口でそう言うと、アルバートの頭の上にそっと乗った。
ここなら、耳まで真っ赤になった顔が、見られることもないはずだ。
二人は、妖精王に教わった材料を森の中で探して歩いた。材料が揃った頃には、空は赤く染まっていた。
「わあ、きれいね、アル。こんなに綺麗な世界が、あるのね!」
リナリアは感動して、アルバートの頭の上から、肩口に降りてきた。
アルバートは、夕陽に照らされるリナリアの笑顔を見て、素直に、美しいと思った。
「ああ、そうだな。これから、毎日、一緒に見よう」
「……毎日?」
囁いたアルバートの声に、リナリアがぴくんと跳ねた。
アルバートはにっこりとリナリアを見つめ返した。
リナリアは、夕陽に照らされて、真っ赤になった顔で、幸せそうに、にっこりと微笑んだ。
その日、木々の隙間から見た夕陽は、橙と、青と、藍がいりまじって、雲を美しく染め上げていた。
とりわけ美しく、さびしげで、いとおしい空だった。
こうして二人は、一緒に森を出て、世界を旅した。
ラジェール公爵領から、王都までの先を急ぐ旅路。
アルバートは馬を買い、リナリアを胸元に隠して馬を走らせた。
それでも五日かかったその旅路で、二人は絆を深めて行った。
時には野犬に襲われ、盗賊に襲われ、助け合いながら、お互いのことを知りながら、毎日を一緒に過ごした。
二人の旅は、楽しかった。
呪いのことなど忘れて、二人でただの旅人になれたらどれだけいいだろうと、何度もアルバートは思った。
けれど、王を、国を、見捨てることなど出来ない。
それに、王族という立場はずっと、自分には向かないとばかり思ってきたけれど、そんな自分でもやりたいことが出来た。
人間と、妖精の共存していた時代を、もう一度取り戻す。
リナリアが、隠れることなく、堂々と街を歩けるように。
妖精たちに、太古の過ちの償いをするために。
そのためにも、呪術師を必ず根絶する。
強い決意を胸に、城の門をくぐったアルバートだったが、そこで待っていたものは、あまりに残酷な現実だった。
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