重なる心

 アルバートは、目を見開いたまま固まっていた。

 リナリアは、なんと声をかけたらいいものか、困ってしまった。


 アルバートが今、何を考えているかわからない。

 両親の不治の病を治せるのが、妖精の血だと知って……どうするだろう?

 姉さまの言うように狡猾で獰猛なら、騙して、殺して、血を採ろうとするのだろうか。


 そこまで考えて、リナリアは、自分が今、アルバートの両手の中にいることに、ちょっとした不安を覚えた。


 あ。私、ここに座ってて、良かったのかしら――


 そう思ったときだった。

 アルバートの瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれた。


「あっ……アルっ?! どうしたの?」


 リナリアが慌てて声を上げるが、アルバートは、肩を震わせて、しゃくりあげて、しくしくと泣き出してしまった。


「ど、どうしよう! アル? お腹が痛いの? どうしよう!」


 あわあわと慌てながら、自分の頬に、小さな小さな手を伸ばしてくるリナリアを見て、アルバートは、そっと彼女の乗って両の手を、自分の額に寄せた。


「すまない。私は……なんとひどいことを……姉上がお怒りになるのも、当然だ」


「アル?」


「私は、つまり、君たちの仲間のご遺体を犠牲にした呪いを解きたいと……君たちの血がないと解けないものなのに……なんて、なんてひどいことを言ってしまったんだ」


「アル! 気にしないで? 知らなかったんだから、仕方ないじゃない!」


「知らなかったで……済ませていいものか……こんな……こんな、あまりにも傲慢で、愚かだ」


 リナリアは困り果ててしまった。

 まさか泣いてしまうとは。

 病気が呪いだと知ったら、悲しむかもしれないと思ったけれど、治す方法があると知って、自分を責めて泣き出すとは思ってもみなかった。


「アル、そんな、自分を責めないで」


 ひっくひっくと泣きながら、アルバートは、幼い少年のような目をして、リナリアを見あげた。


「……嫌いに、なったか? 私が……人間のことが……」


 リナリアの身体は、考えるより早く動いていた。

 小さな小さな身体、全部を使って、アルバートの顔を抱き締める。

 顔の半分も抱えられなかったけど、心さえ通じれはいいと、その一心で。


「嫌いになったりしないよ。解るよ、アルの気持ち」


 少しの間、二人はそうして泣いていた。

 声も上げずに、そっと、涙を流していた。


 すると、頭上から、穏やかな女性の声が響いた。


「二人とも、入り口を開けますから、こちらにいらっしゃい。彼に、泉の水を分けて差し上げましょう」


 リナリアがハッとして、アルバートから離れた。


「お母様?」


「母上? リナリアの? 今の声が?」



 二人がそう言った直後、辺りに白い霧のようなものが広がり、視界が回復するころには、三日前に始めてリナリアに会ったときの、色とりどりの花畑の中にいた。


「ようこそ。妖精の里へ」


 背後から声がして、アルバートが振り向くと、美しい琥珀色の髪の、虹色の六枚羽根を背負った女性が、にっこりと微笑んでいた。

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