お姫様の葛藤

 アルバートは三日間、馬宿で大人しくしていられずに、森に訪れては草花を研究したりして過ごしていた。

 王宮のことは気がかりで仕方なかったが、森には今まで、本で読んだことしかない植物や鉱石、虫や動物の、実物が、生きた姿がたくさんあった。

 最初は観察していれば気が紛れていいと思ったのだが、気付けば紛れるどころか没頭していた。

 危うく約束の日を忘れそうになるほどだった。



 方やリナリアは、三日間、姉や母に、輝石病のことを教えてほしいと頼んで回っていた。


「あの人間のことが、気になっているのか。そんなこと、早く忘れろ。お前が知るにはまだ早い」


 姉にはそう言われてしまうし、妖精王である母も、優しく微笑むばかりで、なかなか真実を話そうとはしてくれなかった。


 このままでは約束の日が来てしまうと思ったとき、母が、ようやく話してくれた。


「悲しいお話ですよ? 聞いても、あなたは人を憎まないかしら……」


 そう前置きして、語ってくれた話は、あまりに残酷で、恐ろしい話だった。


 これを、あの王子様に話してしまっていいのだろうか。


 リナリアは葛藤に苦しみながら、待ち合わせ場所でアルバートを待っていた。

 アルバートがこの事実を知ったら、どれほど苦しむだろう。

 それとも、姉さまが言っていたように、人間は狡猾で獰猛で、恐ろしい存在だから、逆に私を捉えようとするだろうか。

 けれども、どうしてだろう、彼が自分に危害を加えるとは、どうしても思えないのだった。


 胸が高鳴ると同時に、不安が襲ってきて、胸が痛いような、息が苦しいような。自分は病気かもしれないと、顔を白黒させて待つリナリアの眼前で、茂みががさりと揺れた。


「リナリア? いるのか?」


 茂みの中から声がすると同時に、アルバートが顔を出した。


 緊張の糸で首がしまるかというくらいの気持ちで待っていたリナリアは、茂みから現れたアルバートの姿を見て、思わず固まった。


「む! 来てくれたのだな! ありがとうリナリア!」


 感謝を声に出して両手を広げる王子様は、背中にリュックを背負い、首からひもを通した板に、絵が描かれた紙を何枚も貼り付けたものをぶら下げて、紺碧色の外套のいたるところに土や葉や、枝をくっつけて、頬に引っかき傷をこさえて、ぼさぼさの銀髪のてっぺんには木の葉が一枚乗っているという、まあ、何というか、リナリアにとってものすごく予想外の姿をしていた。


「ど、どうしたの? アル……その格好……」


「ん? あ、ああ! その……すまない。いろいろと珍しいものが森には多くて。つい研究したくなってしまって……ここに来るまでの間も、その……つい……」


 アルバートは、自分の服装のぼろぼろさ加減に今ようやく気付いたようで、顔を真っ赤にした。


「ふふふ、アルって面白い人ね」


 リナリアは、自分の緊張などどうでもよくなって、力が抜けて、思わず微笑んだ。


「あのね、アル。輝石病の話、聞いてきたの」

「あ、ああ。ありがとう!」


「けどね、すごく、その、辛いお話だったの……すごく。聞いたら、人間のことも妖精のことも、嫌いになっちゃうかもしれないような……それでも、知りたい?」


 リナリアがどきどきしながらそう言うと、アルバートは少し驚いたような顔をしていた。

 そして、リナリアの眼前まで歩いてきて、どかっと地面にあぐらをかいて座った。


「聞く。そのために来た」


 リナリアは、下から真剣なまなざしで見つめられて、観念した。


「それじゃあ、話すわね?」


「よろしく頼む」


 そう言うと、アルバートは自分の両手をそろえて、手のひらを上に向けて差し出した。


「ずっと浮いていては疲れないか? ここに座って話してくれ」


「ええっ?」


 リナリアは驚いたが、そっとアルバートの手のひらに着地すると、おずおずと膝を折って座った。


 その手はとても、暖かかった。

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