少女と精霊の冒険 2
「大丈夫か、セーラ」
サリエルは五階に着くと、本を重そうに抱えて、必死に螺旋階段を上るセーラに声をかけた。
サリエルには羽根があるので、螺旋階段で、中央が吹き抜けになっている塔を上るのは、さほどつらくはないが、セーラは非力なうえに大きな本を持っているので、とても大変そうだった。
「だ、だいじょうぶ!」
セーラは息切れしながらそう答えると、少し速度を上げて、何とか五階にたどりついた。
「つ、着いた!」
セーラが腰を折って呼吸を整える。
サリエルが心配そうに顔を覗き込もうとすると、勢いよく振り上げられあセーラの頭に激突した。
「うぎゃっ」
「あれっ? サリーちゃんっ?」
セーラは何が起こったのかわからない様子できょとんとしていた。
サリエルのあごにセーラの後頭部が激突したのには、気付かなかったらしい。
「いや、なんでもない、大丈夫だ……」
サリエルはふらふらと飛びながら、セーラの肩に着地した。
「そ、それより、屋根裏部屋だ。えーと、久しぶりに来たからな。前来たときと棚の並びがちょっと違うんだよなあ」
「場所、わからないの?」
「わかるよ! 俺はすごい精霊様だぞ!」
「うん、よろしく!」
いつものように「はいはい」と返されると思っていたサリエルは、ちょっとだけ照れくさくなった。
「お、おう。じゃあ、まず、左に行って」
「うん」
「その、棚の奥に行って……」
「こっち?」
「そうそう」
疲れたのか、少しヨタヨタしながらセーラは歩いた。
室内は円形なので、やはりここも放射状に本棚が並んでいる。壁沿いも、カーブを描いた備え付けの本棚がぐるりと囲んでいる。
その棚が途切れた場所で、サリエルは止まるように言った。
棚と棚の間の壁は、すこし出っ張っていて、小さな星のような形の花びらの花がたくさん散らばっている、きれいなレリーフが刻まれていた。
「ここで、えーと、その本開いてくれ」
「う、うん」
本は重すぎて、セーラでは持ったまま開くことができなかった。
しかたなく床に置いて、ぺらぺらとページをめくっていく。
表紙に、蝶のような小さな花を円形に並べた、紋章のような図が描かれたその本のタイトルは「寓話のレシピ」というもので、おいしそうなお菓子やお料理の作り方が、挿絵つきで書いてあった。
「サリーちゃん、これ、お料理の本だよ?」
「うん……でもこれであってるんだよ。俺をここの守護精霊にしたときの公爵がさ、料理が趣味だったんだ。このページのパイとか、めちゃくちゃうまかったぞ」
「へえ……? 学院長先生も、お料理上手かな?」
「それはないな。料理作ってみてくれとか、絶対言うなよ。死ぬぞ」
サリエルが何故か、ものすごく暗い声で言った。
「う、うん?」
セーラは戸惑いながらも、ページをぺらぺらとめくっていく。
タイトルの意味はよくわからなかったけど、お菓子が多いような気がしたので、おやつの作り方という意味かもしれないと思った。
「セーラ! 止まって! そこそこ、そこのページ!」
「えっ?」
急にサリエルが声をかけたので、驚いて手を離してしまい、数ページめくれてしまったが、慌てて元のページに戻す。
そこには「お花のケーキ」と書いてあって、真上からケーキを描いたのであろう挿絵があった。
まん丸の円の上に、花びらが三角形を描くように散らされている絵だった。
「お花って、食べられるの?」
と、思わずのんきなことを聞きながらセーラが横をみると、肩にいたはずのサリエルがいなくなっていた。
「あれっ?」
驚いて前を見ると、サリエルは壁のレリーフの前に、こちらを見てふわふわと浮いていた。
サリエルが見ているのは、セーラの手元の本の、ケーキの挿絵だった。
サリエルの目が、ぼんやりと、白く光った。
真っ白な、白ではない、少し、ほんの少しだけ黄色が入ったような、暖かさのある白い光。
お昼過ぎに、天窓から差してくるおひさまの光みたいな、穏やかな光だった。
ぼんやりとセーラが見とれていると、今度は本の挿絵から、きらきらと、輝く粉のようなものが舞い上がってきた。
「えっ?」
驚くセーラの鼻先を掠めて、金色の光の粉は、まるで小さな星で川を描くように、サリエルの頭上を飛び越えて、レリーフへと進んでいく。
サリエルの瞳から光が消えて、セーラの横に戻ってきたときには、壁のレリーフ全体に、金色の星の粉がふりかかって、きらきらと輝いていた。
「きれいだね、サリーちゃん……」
セーラが呟くと同時、星の粉たちが一斉に強く光って、一瞬で、壁ごと消えてしまった。
「うわあ……すごい……! これ、サリーちゃんが封印したってことは、このきれいな魔法、サリーちゃんの魔法なの?」
「おう! すごいだろ? でも魔法とはちょっと違うぜ。俺たち精霊が使ってるのは、人間が扱う魔術や神術とはちょっと違うからさあ。力の源が違うっていうか……世界に直接作用するような空間を封印したり、結界をはったりできるのは、俺たち精霊か妖精たちだけだな」
「う……むずかしい……」
「セーラもそのうち解るようになるって! なんてたって、俺の相棒だからな!」
「う、うん!」
サリエルの「相棒」という言葉に、セーラの心に何かが灯った。
すごく、勇気の湧く言葉だった。
「行こうぜ、鏡はこの中だ」
「うん!」
一人と一匹は、暗い室内に一歩を踏み出した。
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