隠者の決意

 森の入り口で、学院長は境界警備に、許可証を持つものが来ても中には入れないように指示を出した。そして、全ての出入り口にいる警備たちにも同じ指示を伝えて貰えるよう頼んでから、もし、少しでも異変が起こったら、馬宿まで撤退のうえ、ラジェール公爵本家に即刻連絡するよう命じた。

 事情により、詳しい話はできないと前置きしてから、もし公爵本家に連絡するときに渡すようにと、馬車の中で学院長が書いた書簡を手渡すと、警備たちは緊張した面持ちで敬礼をした。


「しかし、詳細な事情を話せなくとも動いてくれるとは、本当に私は人に恵まれています」


 学院長は森に入るなり、ぽつりと呟いた。


「お前の人望だろう」


 ハーミットが前を見たまま小さい声でそう言うと、学院長はわざとらしいくらいにぱあっと顔を輝かせて、嬉しそうに言った。


「おや、珍しい。お褒め下さるのですか?」

「みな、騙されているんだ」

「ふふ、相変わらずで嬉しいですよ」


 そんなやりとりをしながら、二人は早歩きで進んでいく。気持ちとしては走りだしたいところだが、無駄な体力の消費も抑えなくてはならない。

 森を定期的に巡回している学院長は、中心部までの無駄のないルートを選んで進む。


「それで、フランを誘拐したのはセスで間違いないと?」


 学院長は、今までのおどけた口調から少しだけトーンを落として言った。

 ハーミットはちらりと学院長の顔を見てから、暗い声で答える。


「ああ。宮廷魔術師、グラキア・セス・シャックス。ヤツで間違いない。昨日も話したが、森で私を殺そうとしていた。ヤツが、あの呪術師の正体だったんだ……あの時、リナリアを殺した……呪術師の」


「セス……元同僚として、今まで尻尾を掴めなかったことは、我ながらまことに情けないことです。弁明の余地もありません」


「お前のせいではない。そもそも、お前は私のせいで、王宮を追い出されたのだ。どうしようもなかったろう。悪いのは全て私だ」


「私が王宮を去ったのは、貴方のせいではありませんよ。一族の厄介者ですからね。元々、貴方の教育係をおおせつかったのは、お父上のご厚情のおかげ。貴方の行動に関係なく、お父上が崩御なさったときに、既に私の退官は決まっていました」


「――父上も、母上も、救えなかったのは、私の無能ゆえだ」


「殿下……」


 学院長は、ハーミットの、怒りとも悲しみとも取れる、暗い横顔を見て、言葉を失った。


「私はフランを取り戻す。妖精の里も守ってみせる。今度こそ、守ってみせる」


「……微力ながら。お力添えいたします」


「頼む」


 数秒の沈黙。

 ハーミットは、すうっと息を吸って、杖を取り出してすばやく組み立てた。いつでも、魔法を放てるように。


「それから、今の私はハーミットだ。ハーミットで、いさせてくれ」


「御意に」


「感謝する」


 ハーミットの最後の一言は、小さくて、風にまぎれてしまっていたが、それでも、学院長にはしっかりと聞こえていた。



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