第五章 少女は上り 隠者は駆ける

少女と精霊の冒険 1

 セーラとサリエルは、地下室の扉の前にいた。

 セーラは、彼女の頭より大きく分厚い本を、両腕で抱きかかえていた。


「サリーちゃん、お部屋から出ても大丈夫なの?」

「俺は、塔の中にさえいればどこにいても大丈夫だぞ。いつもここにいるのは、上にたまに来る生徒たちが苦手だからさあ。騒ぐだろ? 俺のこと見たら」

「そうだったんだ」


 部屋から一歩出るための準備運動のように、二人は他愛もない会話をした。


 ハーミットと学院長は二人で森へ向かった。フランを助けるためだ。

 セーラとサリエルは、妖精王の鏡の封印を解くために、これから塔を上る。


『二人には、妖精王の鏡の封印を解いてもらいたい。そして、妖精王に、こちらの状況を説明し、フランは私が助けるから、何があっても幻術を解くなと伝えてほしい』


 ハーミットはそう言った。

 サリエルは納得がいかないようだったが、学院長が『妖精王の鏡の封印を解くことを許可』したので、了承した。


「俺は、この塔の守護精霊だ。この塔を管理するラジェール家の命令に従うよう、大昔に契約したからな。ネイサンの言うことは聞く」


 サリエルはぶすっとしてそう言った。


「セーラ、この塔は五階までだと皆思ってるけど、その上に屋根裏部屋があるんだ。扉も俺が、開けられないように隠してる」

「うん」

「まずは、五階まで上るぞ。その本で、屋根裏部屋の封印を解くんだ。その本重いし、疲れるかもしれないけど、がんばれよ」

「うん、大丈夫!」


「よし、行くぞ」

「うん!」


 二人――一人と一匹は、大きく深呼吸した。

 セーラが扉を開く。


 一歩を踏み出す。


 扉を閉める瞬間、セーラは隙間から見えた室内に、ハーミットと、フランと、肩にサリエルを乗せた自分が、楽しそうに笑いあっている姿を夢想した。


「明日のお昼は、全員で一緒に食べような」


 まるでそんなセーラの心を見たかのように、サリエルが言った。

 セーラはこくんと頷いて、そっと扉を閉めた。


『学院長の許可なき入室を厳禁とする』と書いてある貼り紙が見えた。

 いつも思うが、何とかいてあるのだろう。セーラには読めない難しい単語がいくつかある。学院長くらいしか、自信をもって読むことができないのだ。


 今はそんなことを考えているときではないと思い、セーラは勢いよく振り向いた。


「行こう! サリーちゃん!」


 声を駆けて、螺旋階段を駆け上る。

 必ず、必ず、みんなを助けるんだと心に決めて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る