ほんとうのこと

 学院長とハーミットと一緒に、セーラは図書室塔の地下室に来た。

 昨日の目隠し状態から回復して、いつもどおりの見た目に戻っていたサリエルは、急な訪問に何かを察したようだった。


「何があった。話せ、ネイサン」


 学院長が地下室の扉を開けた途端、サリエルはそう言った。

 学院長から手短に説明を受けたサリエルは、ハーミットの鼻先に飛んで行った。


「それで? お前なぜ、セーラを連れてここに来た」


 その問いに答えたのは、学院長だった。


「セーラはあの使い魔に見られてしまっています。ここにいるのが、何より安全だと判断しまし」

「それだけじゃないだろ?」


 サリエルは学院長の言葉を遮って、低い声でハーミットに詰め寄った。

 ハーミットは、真剣な目でサリエルを見つめ返した。


「そうだ。それだけじゃない」


「お前。初めてここに来たとき、本を探しに来たって言ってたけど、嘘だろ? ネイサンは知ってるのか?」


「……いや」


 セーラは、サリエルが怒っているような気がして、どきどきして、学院長のマントの裾をきゅっと握った。

 それに気付いた学院長は、セーラの方を見て、にっこりと微笑んだ。


「私は気付いていましたよ。薄々ね。ここの蔵書にご興味があるのも嘘ではないでしょうし、ここの蔵書で、妖精の里に頼ることなく、輝石病の治療薬を作るための術をお探しだったことも、本当でしょう? でも、なんとなく、ね。

 嘘をついてらっしゃるわけではないのでしょう? 私に、話しておられないだけだ」


 ハーミットはサリエルとにらみ合ったまま、少しだけ眉を歪めた。


「ネイサンにはかなわんな」


 ぼそりと呟いたあとで、ハーミットは一度目を閉じて、小さく深呼吸をした。


「ネイサン。サリエル。黙っていたことは謝罪しよう。

 私がここに来た理由は、ネイサンの言うとおりだ。妖精の里に頼らない、輝石病の治療薬の開発のためと、もうひとつある」


 サリエルは少しだけ後退した。目を細めてハーミット睨み付ける。



「この図書室塔にあるという、妖精王の鏡を探しに来た」



 ハーミットの言葉に、学院長とサリエルが息を呑んだ。

 セーラには意味のわからない言葉だった。

 けれど「ようせいおう」というのは、セーラの大好きな御伽噺に出てくる、妖精の王様のことなんじゃないか、とは思った。

 大昔、ラジェール公爵様と仲が良かったという、御伽噺の中の存在だ。

 やはり本当にいたんだろうか。


「その鏡。本当にあったとして、お前はどうするつもりなんだ?」


 サリエルが、今までにないくらい威圧をこめた声を出した。

 セーラは、サリエルはもう間違いなく怒っていると思った。


「……解らない」


「……あ?」


 ハーミットの答えを聞いたサリエルの声が、更に威圧を強めた。


「サ、サリーちゃん! 怒らないで!」


 セーラが慌てて駆け出す。

 学院長がその肩を抑える。


「怒っていませんよ、サリエルは。大丈夫です」


 学院長にそう言われても、セーラには信じられなかった。


「ううん、怒ってる! ハーミット、何かいけないこと言ったの? 私も一緒に謝る。許して、お願い、許して!」


 セーラが必死になって言うので、サリエルは内心困ってしまった。けれど、守護精霊としてはここでいつもの優しい「サリーちゃん」に戻ることは出来ない。


 ハーミットが探していた「妖精王の鏡」こそが、サリエルが守護しているものなのだから。

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