邂逅から覚めて

 ハーミットが目を覚ましたのは、妖精の王によって二人が元いた場所に転移させられた直後だった。


「――う……リナリア……?」


「ハーミット! 起きたのか?」


「……フラン?」


 そうぼんやりと呟いて、突然ハッと目を見開いたハーミットは、起き上がろうとして右肩に力を入れて、わずかに鈍い痛みを感じた。


「……っ!」


 そして思い出した。自分がどこで何をしていたのか。


「フラン! 無事か?」


 ハーミットは肩の痛みなど忘れて、跳ね起きると、フランの肩をがっしとつかんだ。

 あまりに必死な形相だったので、フランはびっくりした。


「俺はなんともないって! ハーミットこそ大丈夫なのかよ」


「わ、私は……私は、どうして大丈夫なんだ?」


 ようやく我に返ったハーミットが自分の身体をまじまじと見て、必死に記憶をたどろうとする。


「あの、カラスにやられて……それから……そうだ、アイツが……」

「変な靴ヤローなら、外に出たって、妖精の王が言ってぞ! もう大丈夫だってよ! それからさ、これ、飲んでくれよ。妖精の王が、ハーミットが寝てるときに無理やり少し飲ましてたけど、起きたらちゃんと残りを飲ませろって言われたんだ」


 フランはそう言いながら透明な液体が入った小瓶を差し出す。


「妖精の王だと?」


 ハーミットの記憶が唐突によみがえった。


 痛みと毒で意識を失う直前、あの憎たらしい男の背後に現れたのは、褐色の肌にエメラルドの髪の妖精。

 見まごうことなき、現・妖精王。


「そうか……彼女が、助けてくれたのか」


「おう。偉そうだけど、いいやつだったぞ!」


 フランがニカッと笑って言った。

 ハーミットは何故か吹き出して、声を殺して笑い出した。


「そ、そうか。偉そうだったか」

「? おう。それより、早くこれ飲めよ」

「これは? 泉の水か?」

「おう! すごいだろ? ちゃんとセーラの母ちゃんの分もくれたんだぜ!」


「そうなのか……よかった」


 ハーミットは安心したように、肩の力を抜いた。


「ならば、あとは夕暮石榴ゆうぐれざくろだけだな」


 そう呟いて小瓶を受け取ると、一気に飲み干した。

 水が身体の中に入っていく感覚と同時に、徐々に疲労や肩の鈍い痛みが消えていくのが解る。

 大昔、万能薬とまで言われた泉。

 決して万病に対して万能なわけではないが、強い疲労回復の効果からそう言われていたらしい。


「なあ、ハーミット」

「ん。どうした?」


 フランは、手のひらに何かを乗せて持ってきた。


「これ、その夕暮石榴ゆうぐれざくろじゃないかな?」


 おずおずと差し出してきた手のひらには、小さな石が二つ乗っていた。

 藍と橙のグラデーション。ところどころに、真紅がさしている。

 間違いなく、目当ての石だった。


「おお! そうだ! これで間違いない! すごいな。どこで見つけたんだ」


「あのカラス、最後に木を切っただろ? その木から落ちてきたんだ。妖精の王がさ、あのカラスの巣があって、そこにカラスが集めてたものじゃないかって」


「木を切った?」


「ああ、ハーミット気絶してた。俺もよく覚えてないんだけど、目の前で木が燃えたんだよ。すごい勢いで燃えて、消えちゃって、助かったんだ」


「なんだって?」



 ――その子供は殿下とネイサン殿の大切な切り札と言ったところですか?



 憎たらしい声が耳に残っている。



 どういうことだ? まさか。フランが何かしたのか?



 考え込むハーミットに、フランがそわそわして声をかけた。


「なあ、ハーミット、急いだほうがいいよな? 夕方までに学院に戻れるか?」


「あ、ああ、そうだな。急ごう。心配をかけたな、ありがとう」


 ハーミットが言って立ち上がると、フランは真剣な顔で頷いた。


 二人で立ち上がり、来た道を戻ろうとしたとき、フランが何かを思い出したように立ち止まって、ハーミットを見上げた。


「そう言えばさ。妖精の王がさ、アルバートって人に、次はないぞって伝えてくれって言ってたんだ。ハーミット、知ってるか?」


 ハーミットはその問いには答えず、悲しそうな顔で微笑んだだけだった。

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