禍つもの
フランは息を整えると、地面に落ちていたナイフを取りにいった。
刃にさきほどのカマキリの体液のようなものが付いていて、思わず拾うのを躊躇した。
そのためらう手を、ハーミットが止めた。
「あのカマキリは、瘴気を吸って変質したものだ。このナイフについた体液も、無害だという保証はない。少し待っていろ」
そう言いながらハーミットは、杖の先をナイフに向けた。
「ロス」
白金色で蔦のような模様が彫られた杖の先から、水色の、小さな光がキラキラと輝いた。まるで、小さな小さな星屑が、光りながら杖の先に集まっているようだった。
「フリュウ」
次のハーミットの囁きで、光は一点に集まって、輝く光のしずくとなり、透き通るような水音を立てて、ナイフの上に落下した。
ナイフは水色の光に包まれて、数秒後、すうっと光が消えた頃には、元通りのきれいなナイフに戻っていた。
「すげえ……」
フランが驚いていると、ハーミットがナイフを拾い上げてフランに手渡した。
「もう大丈夫だ。浄化した」
「お、おう」
フランがどきどきしながらナイフを受け取ると、ハーミットが頭にそっと手を置いた。
「さきほどは助かった。礼を言う」
「へっ?」
「お前が隙を作ってくれなければ、魔術で攻撃ができなかった」
「おっ……おう!」
頬を蒸気させて明るく答えるフランを見て、ハーミットはふっと微笑んだ。
そして杖を手早くたたむと、その微笑みをすぐに消して、真剣な声で言った。
「少し前。この森は、奥に行けばいくほど危険だと、話しただろう。それは、あのカマキリのようなものたちが多くいるからだ」
「へ?」
「この森の奥には瘴気という、有害な……危険な空気のようなものが流れている場所があってな。その瘴気を多く吸うと、生き物はみな変質してしまう。植物も、動物も、虫も」
「へんしつ?」
「さきほどのカマキリも、もとは普通のカマキリだったはずだ。よほど濃い瘴気を吸ったのだろうが、異常に大きくなって、凶暴になったのだろう」
「虫が、大きくなるのか?」
「虫だけじゃない。生きているものは全てそうなる可能性がる。それから、大きくなるだけではなく、見た目は変わらなくても、体の中に毒を持ったり、時には石や砂になって死んでしまうこともある」
フランには、ハーミットの言っているこが解らなかった。想像すら難しい。学院でだって、森については「危ないから行ってはいけません」としか教わってない。
「しょうきって何なんだ? どうしてそんなことが起こるんだ?」
「瘴気とは、妖精たちが使った幻術によって生み出された副産物。
「????」
フランには全く解らなかった。ハーミットはそんなフランの顔を見て、悲しそうに微笑んだ。
フランが解っていないことには気付いたようだったが、説明はしてくれなかった。
ただ、遠くを見て、
「みんな、人間が悪いんだ」
そう、ポツリと小さく呟いた。
「さあ、行こうフラン。急がねば。本来、瘴気に当てられたものがこんな浅い場所に出てくることはない。何かがおかしい。早く材料を集めて、急いで帰ろう。セーラが、待っている」
「あ、ああ!」
フランは、最後の「セーラが待っている」という言葉で、不安も恐怖も全部吹き飛んで、大きく答えた。
張り切って走り出すフランの背中を、ハーミットは警戒を強くして追いかけた。
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