実戦
振り向くと、自分の眉間に照準を合わせて持ち上げられたカマが待ち構えていた。ハーミットには、のこぎりのように細かくギザギザした刃が、いやに鮮明に見えた。
そのカマが振り下ろされる瞬間、フランの視界はハーミットの外套に包まれた。
ガキン! という金属音のようなものが聞こえて、視界が回復したとき、フランに見えたのは、青空と、銀色のたなびく髪だった。
慌てて上体を起こすと、ハーミットが三本の棒でカマキリのカマを受け止めていた。
「な……なんだコイツ……」
声が震えた。
カマを受け止めるハーミットに向かって、シャアアと音を立てて牙を向く巨大カマキリ。どこを見ているかも解らない目が不気味でならない。
フランは、自分が怯えていることを自覚した。
「下がっていろ……フラン!」
ハーミットが苦しそうに言った。
ハーミットは魔術師だ。接近戦も肉弾戦も苦手なのだ。子供のフランにはそこまで気付くことはできないが「ハーミットが大変そう」ということだけはわかった。
「う……」
一緒に森に来たのに。
弱いから、弱い子供だから、怖いものが出たら、
情けない。
悔しい。
こんなもんが怖いなんて、ただの子供だ。
「うわああああああ!」
このままじゃ、子供で終わりだ!
「このやろーーーーー!」
フランは叫んだ。
叫んで地面を蹴った。
草が、土がえぐれた。
少しつまづきながら、腰のベルトからナイフを引き抜いて、ハーミットの脇を駆け抜けた。
全身の力をこめて、地面に踏ん張っているカマキリの脚の付け根めがけてナイフを振り下ろした。
途中ナイフにかすった、関節以外の表皮は硬く、刃が当たると不快な金属のような音をたてたが、足の付け根にはナイフが刺さった。
カマキリは痛みでのけぞり、ハーミットに向けられていたカマも上に振り上げられる。
「うわっ」
フランは振り払われて、地面に叩きつけられる。思い切り腹を打ったため、呼吸が出来なくなった。ナイフは手を離してしまい、カマキリの脚に刺さったままだ。
フランが地面に転がっている間に、開放されたハーミットがすばやく体勢を立て直し、手に持っていた三本の棒を、ぶんと一振りした。三本の棒に見えたのは三節棍のような形の杖で、半回転したところで組み合わさり、一本の長い杖になった。
ハーミットはするりと手の中で杖を滑らせて、持ち方を変えて構えなおす。
一方カマキリは、フランのナイフを脚の付け根に突き立てたまま、空中でくるりと回転して、第二撃の為にこちらに落下してきていた。
フランがそれに気付いたのは、ようやく呼吸ができたときだった。
何か、何かハーミットに言わなくてはと思ったが、何を言いたいのか解らないし、どうしたらいいかも解らなかった。
「フラン!」
ハーミットが、鋭い目でカマキリを睨みすえたまま言った。
フランは、逃げろと言われるのだと思い、立ち上がろうとした。
「よくやった」
「え?」
予想と反した言葉に、フランが驚いた次の瞬間、ハーミットが何かを言った。
何と言ったか、さっぱり聞き取れなかった。
直後、ハーミットの杖の先から、渦巻く炎が生まれ、カマキリの上半身を飲み込んでいった。
「……っ!」
熱風がフランにも襲い掛かった。
熱くて、思わず腕で顔を守った。
カラン……という音がして、フランが恐る恐る顔を上げると、ハーミットはもう杖を下げて、構えを解いていた。
ハーミットから少し離れたところに、さきほどカマキリに突き立てたナイフが落ちていた。音の正体はこれだ。
フランが、ゆるりと上を見ると、カマキリのしっぽの先がサラサラと砂になって風に流れていくところだった。
「すげえ……」
フランは、ようやく大きく呼吸した。
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